第3話 学校周辺での取材
週刊成倫の記者であると名乗ると、住人の中年女性が顔を出してくれた。
上ずった声で、やや興奮気味に話してくれる。
「昨夜ね、びっくりしたのよ。遅くにピンポンが鳴って、警備員さんがタオルをくれって。女の子が二人刺されてる。止血のためにできるだけ清潔で大きいタオルをくれって。洗濯済みのバスタオルを何枚か渡して、近所にも声をかけて、お手伝いしてくれる人を呼んで。警備員さんが指示してくれたから、タオルで押さえて女の子に声かけてたのよ。救急車来るからね、頑張んのよって。ぐったりして、可哀想でね。最近不審者見たかって? んー、覚えはないわね」
「この高校の生徒さんはどういう感じですか」
「素行がどうこうって言う事? 恰好はね、髪を染めたり制服着崩したりはしてるけど、学校の外でも挨拶はするし、そんなに悪い子はいない印象よ、あたしは」
「学校でトラブルがあって警察が呼ばれる事態になった事など、今までありませんでしたか」
「ここに三十年ほど住んでるけど、なかったわよ」
「ありがとうございました」
応急処置を手伝ったという貴重な話を入手できた。
別の住人は、ナイフの柄が刺さった生徒はうっすらと意識があったと教えてくれた。
まるでうわごとのように、
「痛いよ、ごめんね」
と繰り返していたという。
取材を続けて二時間半が経った頃、外村からメールがきた。
本文に、山岸由依の出身小学校と中学校、住まいと家族構成が書かれていた。
外村
入社は芙季子より五年後輩だが、記者としては彼のほうが先輩。そのため芙季子より情報源も多いし、警察の知り合いも多い。
メールには添付資料もあった。開いてみると卒業アルバムからだろう山岸由依と下部に書かれた写真だった。
健康的に日焼けした肌。ふわふわのショートヘアは、天然なのか毛先があちこちに向いている。まん丸く大きな目は邪気がなさそう。にこりと笑いたいのを我慢しているのか、口角の上がった唇から上の前歯が覗いている。
じっと見ているとリスみたいで可愛く思えてきて、芙季子はふふっと笑みを零した。
外見は天使みたいな子。無垢で、純真で、無邪気。
異質といえば、そうなのかもしれない。
15歳で生まれてきた幼児といわれてもおかしくないような、不思議な魅力があった。
会ってみたいが、入院中の山岸由依には会えない。おそらく家族に会うのも今は難しいだろう。ならば、周囲の情報から人となりを窺うしかない。
唯一の手掛かり山岸由依について調べるため、出身中学へ向かうことにした。
スマホの地図アプリで確認すると、今いる場所からタクシーを使えば30分ほど。
大通りでタクシーを待ってみたが、通らない。呼ぼうかとも考えたが、少し疲れを感じたので、ランチをとることにした。
立ち寄ったファミレスでハンバーグランチを注文してから、30分後にタクシーをお願いした。
ICレコーダーのデータをノートPCに移し、外村に聞き込みの音声データを送る。
鉄板の上で音を立てるハンバーグが届き、火傷に気をつけながら手早く胃に収めて、席を立った。
呼んだタクシーで移動中、行き先を変更した。
時刻は午後1時過ぎ。
午後の授業はもう始まっている。それ以前に、部外者である芙季子は学校に立ち入ることはできない。放課後を狙うことにして、先に山岸由依の自宅へ向かうことにした。
コンビニで降ろしてもらい、地図アプリを拡大して、目的の家を探す。
「あった。ここだ」
昨年廃業届が提出されたが、山岸造園という造園業を営んでいた。世帯主は山岸正男。妻妙子、娘
黒ずんだブロック塀に囲まれた広い敷地の中に、二階建ての日本家屋が佇んでいた。
塀から玄関までは3メートルほど距離があり、アスファルトの上に車輪の跡がある。車1台分の駐車スペースがあったが、今、車はなかった。
奥には丁寧に手入れされた日本庭園が見えた。
高い木と低い木がバランスよく配置され、陽の光が室内に注ぎ込むのを邪魔しないようになっている。
縁側の前には飛び石が埋め込まれていて、苔とのコントラストがきれいで目を奪われた。
うっとり魅入ってしまい、あやうく本来の目的を忘れてしまいそうになる。
芙季子は玄関に向かう。建物は築年数を重ねていそうだが、インターホンはカメラがついた新しい物だった。
チャイムを押す。ピィンポォンと少しのんびりした音が鳴る。
少し待ってもう一度鳴らしてみたが、応答はない。木造の引き戸も開きそうになかった。
居留守を使われている感じがしないから、やはり留守なのだろう。
学校で血を流して倒れていた生徒の一人が山岸由依で間違いがないのなら、家族は病院にいるはずだ。近くの住人に取材をしてみようと、芙季子は山岸邸を離れた。
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