第二章:新領主・アリステリアの最初の仕事
第4話 楽しみを胸に
カタカタと音を立てながら走る馬車の中から、外の風景を眺める。
流れていく景色は草原だ。
広く、平らで、障害物はかなり少ない。
もちろん街の外ではあるけれど「それにしたってのどかだ」というのが、私の最初の感想だ。
「ここクレーゼンの名産は全て第一次産業に傾いている。それなりには田舎だと思っていたけれど……」
「名産といえば、牛でしょうか」
向かい側に座ったメイドのフーが、小首を傾げながら言った。
彼女は、物心ついた時からずっと私の身の回りを整えてくれている、気心の知れたメイドである。
今回の移住への同行にも、秒で手を上げてくれた。
嬉しかったし、心強い。
そういう相手が傍にいてくれて、私はとても運がいい。
「えぇ。他にも鳥や豚を生産・出荷しているみたいね。しかしやはり、一番はフーの言う通り牛。よりおいしい食肉を作るために飼料を工夫しているらしいわ」
「よくご存じですね、そのような事まで」
「すべて、彼ら自身が事細かに成果を書いて王城に提出している内容よ」
将来王家に入る者として、これまで王太子・エストエッジの仕事を、いくらか手伝ってきていた。
年間税収に関する仕事もその内の一つだ。
各領地から上がって来る資料にも、一通りは目を通している。
その中で、特に報告書に熱心な記載があったのが、今向かっている場所である。
「もしかしてその熱心さが、あそこまでクレーゼンに拘った理由ですか?」
もう一人の同乗者、騎士服姿の男性・ダニエルがそう聞いてくる。
あの一件の後、私は当初の予定通り、親を説得してから、国王陛下との会談に臨んだ。
彼はその時に護衛騎士として側に居た人物である。
だから彼が言うあそこまでは、彼が自分の目で見て耳で聞いて思った事だ。
「殿下が言ったでまかせを本当にする事で、王族の虚言を隠し失態の程度を軽くする。そういったあちら側の利と、お祖父様がなさったように、私も自分の目と耳で民の為にできる事を見つけたいという私の要望。それらが交わる最も合理的な場所があそこだったから、というのも理由一つだけどね」
それでも彼の言葉は、否定しない。
かの地・クレーゼンには、報告書から、統治者たちの領地への誇りと献身が見て取れたのだ。
せっかく一代限りの領主として領地をもらい受けて、そこで祖父のように領民のためになる事を探すのなら、そういう土地がいい。
そういう気持ちは、たしかにあった。
「『お祖父様のように、私も市井に下りて彼らの暮らしを肌で感じたい』という希望を女の身でありながら抱くことは、この世界では異端と言っていいけれど、それでも為したいというのなら、それ相応の努力と覚悟を持つべきだ。そう言ったお父様から『お前一人の力でクレーゼンを国王陛下から勝ち取りなさい』と言われた時は驚いたけど」
それでもお父様は、正しい判断を下したと思う。
結果として、国中の皆が知る訳ではないとしても、領主になる前の拍付けには十分になった。
「婚約破棄の慰謝料代わりに、国母になるために作るべき実績の足場としてあらかじめ準備が進められていた土地を要求されるなんて、陛下はもちろん、他の方もさぞ驚いた事でしょうね」
「驚いたどころか泡食ってたぞ、陛下も宰相も誰もかれもが。非常識だという者もいた」
フーの声に、ダニエルが少し楽しそうに言う。
私は「あまり楽しむものではないわ」と釘を刺してから「それに」と続ける。
「彼らの反応は、正当なものよ。領地経営が安定した土地だからこそ王太子妃の箔付けに使われる予定だった場所を、一代限りとはいえ、妃にもならない人間に明け渡すのだから」
「王族としては、痛かっただろうなぁ」
「ヴァンフォート公爵家を蔑ろにしておいてその程度の事で済むのですから、むしろありがたいと思うべきなのでは?」
フンと鼻を鳴らしたフーは、いつもと変わらぬポーカーフェイスで王族への怒りを隠しもしない。
もちろん外で言動に出すような愚かな事はしないし、こうして怒りを露わにしているのは、私を思ってくれるからこそでもある。
本当に、心優しいメイドだ。
「しかし良かったのですか? 早々に王都を離れてしまって。お嬢様が居ない王都で、今頃どのような噂が流されるか」
「そうね。おそらく今頃『こうして私が辞令交付直後にクレーゼンへと向かったのは、陛下の逆鱗にふれた上殿下の後ろ盾も無くして居場所をなくしたからだ』などという噂が囁かれているところでしょうね」
私があちらの立場なら、既にそういうプロパガンダを打っている。
クレーゼンをもらう代わりに、少しでも早く現地に着任してほしい。
元々彼らはそういう条件を出し、私はそれを了承した。
その時点で、既にあちらはその気だったのだ。
実行しない手はないし、手を回すのなら、なるべく早い方がいい。
「そんな!」
「別にいいのよ。当分の間、私が社交に出る予定はないし、家族には少なからず迷惑をかけてしまうだろうけど、既に了承済みなのだし。――それよりも」
そう言って、アリステリアは再び窓の外に目をやった。
「楽しみだわ。この先が」
そう言って眺めた窓の外には、既に小さくクレーゼンの街が見え始めている。
「どんな人が領主代行をしているのかしら。資料では、現場の叩き上げの文官がしているという事だけど」
あの報告書を作った人。
クレーゼンを、安定した税収を生む土地として維持する手腕を持つ人。
その人が領主館で、働いている。
市井で暮らし、皆の生活を知るために、私はこの土地を陛下からいただいた。
しかし一代限りとはいえ、私は領主になったのだ。
なったからには、きちんと立場に相応しい行いをする責任が私にはある。
クレーゼンは今、ある欠陥を一つ抱えている。
やりたい事をやるためにも、まずはそれと向き合う必要がある。
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