あの時
@jurakachan
第1話 再会
スマートフォンの写真アプリが、思い出の写真を通知する。春香は画面をタップして、写真を表示させた。
日付は10年前の今日。学生時代のバイト仲間の結婚式の写真だった。
あれからもう10年も経つのか。みんな元気にしてるかな。
月日の立つ早さにも驚いた。日々の忙しさに追われて、もう連絡すら取っていない。
高橋くん…もうお子さんもいるんだろうな。
春香はスマートフォンをバッグに戻すと、短い昼休みを終え、デスクに戻った。
***************
本社での打ち合わせを終えて、高橋はオフィスをあとにした。東京に来るのは年に2回。いつ来ても冬の寒さと人の多さには驚く。帰宅の新幹線の時間まで、どのくらいの余裕があるかー。
確認しようとスマートフォンを手に取ると、写真アプリが思い出の写真を通知してきた。見ると、自分たちの結婚式の写真だった。結婚記念日は入籍の日と決めているから、挙式が冬だった事を忘れていた。
あれからもう10年も経つのかー。みんな元気にしているだろうか。
スマートフォンを上着のポケットに戻すと、東京土産を買いに駅へと向かった。
***************
16時になると、春香は即座にパソコンをシャットダウンした。
3人目の育休取得後、時短勤務を選択した。小学校に上がったばかりの、上の子の宿題を見るためだ。
「お先に失礼します。」
春香は周囲に挨拶をすると、オフィスを後にした。そして足早に駅に向かう。
なぜ毎日、こんなに時間に余裕がないんだろう…。
朝のうちに、夕飯の味噌汁とサラダの準備はしてきてある。あとは卵焼きを焼いて、しらすご飯にでもすれば、朝食のようないつもの我が家の夕食だ。仕事に忙しい夫は、一緒に食卓を囲む事はない。
夕食の事を考えながら、改札を通った時、
「ハルちゃん?」
誰かに声をかけられた。声の主は、目の前に立っている男性のようだ。突然昔の呼び名で呼ばれて、頭がフリーズする。
しかし男性の目を見た瞬間、春香の口が自然と動いていた。
「高橋くん?」
その優しい目は、全く変わっていなかった。
「やっぱりハルちゃんだよね?全然変わってないからすぐにわかったよ!久しぶりだね。いつ以来?」
「変わってないって、お世辞でも嬉しいよ。ちょうどさっき、結婚式の写真見てて、懐かしいなと思ってたんだ。あの時以来じゃないかな。いやー、びっくりした。元気?東京出張?」
「元気、元気。そうそう、東京出張。今から帰るところだよ。俺、まだ少し時間あるんだけど、ハルちゃん時間ない?その辺で少しお茶でも…。」
「えーと…30分くらいなら大丈夫!あ、保育園と学童に、お迎えの時間少し遅くなるって連絡入れるね!」
さっきまで気持ちが焦っていたのに、春香に断るという選択肢はなかった。全然変わらない高橋の優しい目が、春香の心を知り合った頃にタイムスリップさせていた。
****************
その辺でお茶でもと言ったものの、駅構内のコーヒーショップはどこも混んでいた。それに春香には、席が空くのを待つ時間もないようだ。
高橋は1番近くのコーヒーショップで、ホットのカフェラテを2つ買うと、春香の元に戻った。
「はい。こんな機会ないから奢らせてね。ごめん、席空いてないからここでいい?保育園、大丈夫?」
高橋はカフェラテを1つ春香に手渡した。春香は受け取りながら、答える。
「ありがとうー!保育園、大丈夫だよ。」
「よかった!あれ?子供何人いるの?さっき学童って言ってた?」
「3人。小3、年中、2歳。もう毎日死にそう。下2人男の子だし。」
「男の子も女の子もいるの?いいね!うちは女の子だけ2人。小1と、年中。」
「姉妹いいじゃん!パパはメロメロでしょ?」
「うん、そうだね。メロメロ(笑)。でも父親側からすると、ママも合わせて女チームになっちゃって、ちょっと寂しいんだよね。」
高橋はカフェラテを一口飲む。自分が本当に寂しい表情にならないように誤魔化すためだ。
「そういえば、さっき結婚式の写真見てたって言ってた?写真アプリが教えてくれるから?俺も今日ちょうど見てたわ。」
「まさしくそう!あれから10年だってー!信じられない。そういえばさ、いつぶりって話もあるけど、高橋くんっていつからバイトにいたっけ?オープニングスタッフではなかったのは覚えてるんだけどー。」
「えー、覚えてないの?大学2年の夏休みからだよ!」
まさか春香があの時を覚えていないとはー。高橋は、初めて春香にあった日の事を思い出した。
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