第9話 少しだけ働かせていただきます

 光を浴びた人々は、怪我や痛みから解放されていることに驚きますね。まさか治癒魔法を見たことがない……なんて言いませんよね? こちらの国は魔法こそ栄えていないはずですが、治癒魔法は別に滅びていません。私は救護室の木製ベッドを見ながら、少し考えました。光が私の手を包む瞬間、彼らの目が丸くなるのがちょっと面白いです。

 むしろ、この駐屯所の治療行為のやり方を見ればわかります。通常の治療をしたことがない。治癒魔法に頼り切った現場なんですね。だから、治療方法がわからない。だからこそ、彼らは治癒魔法を理解しているはず。であれば……治癒魔法使いがこの場にいることがおかしい。そういうリアクションでしょう。私は少し首を傾げました。


「ルミエさん」

「なんだ?」

「……もう一方の派閥は、王都中の治癒魔法使いを根こそぎ集めて何をしているのですか?」

「っ!? 君は……何か知っているのか?」

「いいえ、知らないから尋ねたのです」


 ルミエさんの表情は、やはり……という表情でした。やっぱり何か知っている様子ですね。私は彼の鋭い青い目を見つめながら、予想を立てました。予想通り、この王都ではヒーラーを一か所に集められている。問題はその理由でしょう。一応、尋ねてみますか。私は少し息を整えました。


「……君は部外者だ。知らなくていい」


 それもそうか。……私はこの騎士団の所属でもなければ、この国の人間ですらない。だからどうってことはありませんね。問題は、ここで治療行為を行うことで、派閥の違う騎士団から動きがあるかどうか。私は窓の外に目をやり、遠くの王都の灯りを眺めました。

 私がここで治療を続けられるか否か。それにもしここにヒーラーが来ないのであれば、私はいつまでここにいなければいけないのでしょうか。もちろん、い続ける道理はありません。でも、さすがに心配でしかないんです。せめて通常の治療さえ教えられれば良いですが、この騎士団同様、私も治癒魔法に頼り切っているので、ちゃんとした包帯の巻き方すら知りません。私は少し苦笑しましたね。とにかく、しばらくは普通に治療をしますか。私は騎士に指示されながら、怪我人の治療を行いました。

 みんながみんな、治癒魔法に驚く訳ではなく、治癒魔法を使える人間がいることに驚いているのが不思議でしょうがないんです。予想が正しければ……王都内の診療所にもいないのではないでしょうか。私は治療しながら、そのことを頭の片隅で考えました。

 だったら、そこでも治療行為を行えればと思いましたが……いくら私でもこの王都一つをカバーできるはずがありません。まずは目の前のこの騎士団の方々だけにしましょう。私は救護室の空気を感じながら、少し決意を固めました。

 一日の仕事は救護室に留まって治癒魔法をかけること。たまに演習場で大怪我をされる方の元に自ら足を運んで治療を行うことが仕事です。正直、常に怪我人がいるわけではないので、少し退屈ですね。救護室の木の匂いと薬草の香りが、私を少し眠くさせます。


「負傷者もいないのに……私は何をしているのでしょうね」


 救護室の椅子に座って窓の外を眺めます。ああ、治療がしたい。でも、負傷者を作りたい訳ではありません。……こんな退屈な仕事なんて引き受けなければよかった。でも、私が引き受けなければ、ここで治療は行われなかったでしょうね。私は少し目を閉じて、その矛盾を感じました。


「せめて私がいなくなってもいいようにしなくてはいけませんね」


 治癒魔法は才能がなければ使えません。だから教えることはできない。だけど、せめて……。私はふと、机の上に置かれた本に気づきました。


「これは?」


 医学書……治癒魔法を使わない治療方法ですか、どれどれ。私は暇な時間を医学書を読んで潰すことにしました。革の表紙が少し擦り切れていて、ページには細かい字がびっしり。治癒魔法が使えない場合の治療方法を知る機会はなかったので、いい勉強になりましたね。私はページをめくりながら、少し感心しました。


「なるほど……勉強になりました」


 私は本を閉じ、また外を眺めます。冷たい風が窓枠を叩き、遠くの灯りが揺れているのが見えました。すると、一人の騎士が私の前に現れました。


「あの……メアリーさん?」

「はい、なんでしょう?」

「少しちょっとお腹が痛くて、休ませてもらえますか?」


 腹痛ですか。一応、それも治癒魔法で治療できますね。私は治癒魔法を使おうと手を上げると、彼は慌てて私を止めました。


「ま、待ってください! 休みたいんです! 魔法は使わなくて薬もらってベッドで寝かせてください!!」

「? ……それは難しい相談ですね。私が治癒魔法を使えることはルミエさんもご存じですし……何より私も早く貴方に元気になって欲しいです」


 どういうことでしょうか。腹痛は治したいものかと思いますが、治癒魔法を嫌がる理由がわかりません。とっとと治してしまっても良いのですが、気になったので直接聞いてみることにしましょう。私は少し首を傾げました。


「腹痛を治したくないのですか?」

「いやその……治したいですけど」

「では、何故?」

「……その、治ったら訓練に戻らないとですよね?」


 なるほど……サボりたいと……。治療拒否は今まで幾度か経験がありますね。魔法は信用できないとか、女に治療されたくないとか、まぁ、理由は様々です。私は少し目を細めました。


「治療拒否ですね……お断りです」


 私は治癒魔法を使って彼の腹痛を治療しようとして気づきました。……この人、治療拒否どころじゃない。仮病だ。私は光を放つ手を止めて、彼を見ました。こんな人が騎士をしているなんて信じられませんね。ただし、彼のメンツも護ってあげましょうか。私は小さく微笑みました。


「もう痛くないですか?」

「あ、えっと……はい。訓練に戻ります」


 騎士はひどく落ち込んで訓練に戻っていきます。この救護室もそうですが、この騎士団は大丈夫なのでしょうか。私は窓の外を見ながら、少し心配になりました。そう思っていたら日が暮れましたね。救護室にルミエさんが訪れます。


「メアリーさん、食事にしましょう」

「ええ、それではこちらに運んでください」


 私がそう言うと、ルミエさんは驚いた顔をしています。私は少し首を傾げました。


「ここで食べるのですか?」

「当然です、負傷者がいつ来てもいいようにしておくべきです。今は私しかいませんから」


 そう言うと、ルミエさんは「わかった」と言って、しばらくして戻ってきました。運ばれてきたのは、私一人が食べるには明らかに多い、四人前はありそうな食事です。私は少し目を丸くしましたね。


「これは?」

「ああ、今日は私もここで食べよう。二人分にしては少なかっただろうか?」


 え? 四人分ではないのですか? まあいいでしょう。私は少し笑いました。


「それでは有難く頂きます」


 私がそう答えると、ルミエさんは椅子に腰かけます。そして、彼は少し悩んだ後、私に質問をしてきました。私はスープの入った皿を見ながら、彼の声を聞きました。


「メアリーさんはずっとこの救護室にいるつもりかい?」

「そうですね……好きでいる訳ではありませんが、どう考えてもここから離れられないでしょう? 他に人員がいないのですから」


 私がそう言うと、彼の眉間の皺が深くなります。私はスプーンを手に持ったまま、彼を見ました。


「それは……すまない」

「? ここに治療ができる人がいないのは……ルミエさんのせいなのですか?」

「……」


 黙秘? いえ、引き抜きに対して何もできなかったことに対する責任で自責と捉えているだけ? 私は少し首を傾げましたね。


「ルミエさん、もし責任を感じられているのなら……今まで何をしていたのですか?」

「君は痛いところを突くな」


 彼はばつが悪そうな顔をして答えます。私はスープを一口飲んで、少し考えました。


「私は一応、騎士団をまとめる立場にあるのだが、派閥争いをしている貴族出身の騎士たちの元に治癒魔法使いを全て奪われてしまった時に抵抗することができなかったのだ。それも王都中から」

「王都内の民間の治療はどのようにされているのですか?」

「そちらは魔法を使わずに治療ができる医者が走り回っているよ。我々はその治療を辞退して、自分たちだけで治療をすることにしたのだ」


 なるほど……私は別にどちらで治療をしてもいいのですが、王都内の方が患者が多そうですね。しかし、それは騎士団の方々を見捨てる理由にはなりません。一時滞在の私が王都に出ても……救われるのはその一時だけ。私はスープを飲み干して、少し目を閉じました。


「なるほど……病原はわかりました」

「病原?」


 そう……患っているのはこの国で、病原はもう一つの騎士団ですね。私は少し苦笑しました。人間って、争いだけでなく、こんな複雑な問題まで作るんだなって。私はルミエさんを見ながら、少しだけ思うことがありました。ここにいるのも、悪くはないのかもしれませんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る