その2

 魔導飛行機での旅は順調だった。

 なにせこの世界は空を飛ぶものと言えば鳥ぐらいしかいない。大型の魔獣はその重さ故飛ぶことができない。

 ただしドラゴンは別格だが。


 べらぼうに不正確な地図は初日に空から投げ捨てた。地球世界の宗教時代に描かれた地図のように、概念だけの図であったからだ。

 幸い、目的地は馬鹿みたいに目立ってるし、少しずつではあるが樹影が大きくなってきている気もする。

 しかし予想していた進捗具合にはほど遠かった。

「スイカ姫、向こうの街に狼煙が立っているのが見えました。今日はそこで休息と言うことですね」

「え?また今夜もなのですか。これでは野営ができないではありませんか」

 召喚勇者とはいえ、得体の知れない男であることに変わりなく、そんなのに姫を一人で同行させている今の状況でもおかしいのに、二人で野営なんてもってのほかだ。

「姫はそんなに野営がしたいのですか?」

「ええ!怪しい森の中、たき火を囲う勇者と姫君。姫、寒くはないですか?はい、私は大丈夫……くしゅん。ああ、こんなに身体が冷えてしまっているではありませんか。こちらに来て私のマントの中にお入りなさい。でも……。勇者のマントの中は温かくて、たくましい身体と汗の香り。姫、あまり抱きつかないでもらえますか?貴女の柔らかくて良い香りに迫られると、邪な心が沸いていまいそうです。まあ、誘ったのは勇者様、貴方ですのよ?そう言って姫はマントの中に潜り込むと……」

 駄目だ。城での3日間、少しやり過ぎたらしい。アウド村は反省した。姫はすっかりアブノーマルな展開がお好みになってしまったようだ。

 幸い夜が寒い季節ではないようだが、暑いときはそれはそれで、計画的ポロリとかで迫ってくるだろうことは明白だった。

「スイカ姫、着陸する!あまり喋っていると舌を噛みますよ!」

「ミギャ!」


 迎えられた屋敷の寝室。アウド村は見張りの兵士に、夜の間スイカ姫を絶対に近づけないようお願いした。

「求められて悪い気はしないのだが……」

 姫はアウド村から搾取する魔力で体力を回復するのだから、疲れ知らずだ。勇者としてはそれを打ち負かさなければならず、消耗も通常の数倍にも及ぶのだ。

 不可視の魔法インビジブルを行使してまで、侵入を試みる姫に対しては結界を張ることでしか対応できないが、あまり拒絶すると姫の機嫌を損ねるだろう。

 結局、1日三度までということで交渉は成立した。

「それは、分割でもよろしいのですよね?」

「……ヒメサマノオノゾミノママニ」

 スイカ姫は変態にクラスチェンジした。


「小世界樹の街ですか」

「はい、世界樹はその張り巡らせた根からも、株別れをするのです。ここから先は世界樹の森。ここは森の入り口を守る街なのです」

 この街は小さいが治めるのは公爵だという。それほど重要視されているということだ。

「因みに、私の将来の嫁ぎ先でもあります」

 初耳だ!姫に手を付けてしまったアウド村。ドラゴンを滅ぼしたらさっさとこの世界から逃げなければと強く思った。

「できれば私、アウド村様と添い遂げたいのですが……こればかりはどうすることもできません。ですのでこの旅の間だけは……」

 スイカ姫はアウド村の手を取ると、納屋創造の魔法クリエイトスモールハットで小部屋を出現させると、転移魔法ムーブアビスでアウド村をそこに引き込んだ。さすが王国の筆頭魔導師、一般的な魔導師であれば十人掛かりで行使する魔法もたった一人で詠唱すら省略。ただ、今ので世界カウントが一つ減った。

 

 夜、公爵の館に到着したアウド村。

 出迎えるキンシウリ公爵は、若くてイケメン、よく鍛えられた肉体は立ち姿もイケメン。

「スイカップ姫。長旅ご苦労様でございます。今宵はゆっくりとお休み下さいませ。勇者アウド村……その、たいそうお疲れのようですが……マジ死にそうですよ?」

 公爵はすでにスイカップがアウド村にゾッコンだという情報を得ていたのでイヤミの一つでも言ってやろうと待ち構えていたのだが、アウド村のあまりにも疲弊した姿に心配心が勝ってしまった。優しい青年なのだ。

「公爵閣下、お優しい気持ち……このアウド村感激で胸がいっぱいです!」

 勇者と恋する姫の二人旅、何が起こるか想像は付く。悔しくないと言えば嘘になるが、この勇者の衰弱ぶりは「そういうこと」の激しさなのだと、若き公爵は身震いした。

「姫、私なぜか・・・魔力が枯渇してしまいまして。ドラゴンの調査をすぐなでも始めたいのですが……2日ほど休息に充てさせていただきたいのです」

「勇者アウド村。貴方の魔導飛行機のお陰でずいぶん旅が捗ったのです。数日の休息をとっても何の問題もございませんよ?」

 アウド村には姫の舌なめずりの音が聞こえた。幻聴だろう。

「魔力回復のために特殊な結界を張りますので、何人も近づけないよう、人払いをお願いしても?」

 アウド村はもう駄目な姫ではなく、公爵にお願いする。

「ああ、もちろん構わないとも。ゆっくりと休息をとってくれ。本当は今夜、歓迎の宴をするつもりだったのだが、貴殿は部屋で休んでもらって構わない。後で料理を運ばせよう、姫以外の者に!」

 二人の仲に嫉妬する公爵?いや、アウド村の事を心から案じているのだ。

 心を通わす二人の青年。それすらも姫の好物だとは知らずに!


 2日後、アウド村は回復した。

 公爵に快癒の挨拶をしようと彼の部屋に向かったアウド村だったが、そこで見たものは床に伏せる公爵の姿だった。

「キンシウリ、その姿は……!」

「私としたことが、見積もりが甘すぎたということだよ。……兄さん」


 小世界樹の街からは深い森の中を進む。

「薄暗い森ですね……アウド村様、お足元に気を付けて下さい」

 森に入った途端、「この先は徒歩で三日、野宿ですわ!」とスイカップが興奮して叫んだので、アウド村はお姫様をお姫様抱っこして森を駆け抜ける羽目になった。

 ドラコンを恐れよその森に逃げたのか、森の中には魔獣は出てこない。

 走りやすくはなったのだが、その分暇になったスイカ姫がアウド村の身体をペタペタ触りまくる。耳たぶを噛んできた時は流石にたしなめたが。敵はドラゴンではなくこの姫なのではないかと、アウド村は本気で思い始めていた。


 そして、何事もなく走り抜け、とうとうアウド村達は世界樹の麓にたどり着いたのであった。

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