第36話 平和な日々に。
僕に姿を見せた途端に,無防備に破顔する凛々彩。
「今日の朝ごはんはパンとスープよ。トマトが上手く煮えたの!」
ご機嫌な様子に微笑んで,僕も身支度を始める。
顔を赤らめた凛々彩が小さく可愛いい文句をいいながら振り返る後ろで,僕は直ぐに着替えを終えた。
凛々彩と声をかけ,振り向いてくれた凛々彩を心置きなく抱き締める。
「ど,うしたの?」
ぎこちなく,凛々彩が頬を染めた。
どきどきしてる,と,僕は口には出さない。
代わりにその強さを上げると,堪らず凛々彩は声をあげた。
「蘭華! ご飯だってば。サムに変に思われちゃうわ」
自覚なく,こんなときはいつも他の男を挙げる。
それも,自分に気のある要注意人物ばかり。
やすやすと奪わせてたまるか。
「そうだね,じゃあ後20秒だけ」
僕の"お願い"に抗えない"婚約者さん"は,今日もそんなところを僕に利用されて。
僕は他者への威嚇を繰り返す。
こんな朝が,1番平和だ。
耳の赤い凛々彩に連れられ,食堂に向かうと,何やら騒がしかった。
「サム! リリーはまだ来ないのかー?!」
ムッキーと,朝は何一つ口にしないはずの男の声がする。
途端に隣から嬉しそうな声が上がるので,僕としては余計に面白くない。
いつか知らないふりをしてあげた凛々彩の花束が,誰から贈られたものかをしっている。
それが,どういう意味を持つのかも。
再開した日の会話を思い出せば,紐付けるのは容易だった。
「カイ。何しに来たの? 君はもうベルトゥスに子守される一介の部下じゃない。西のトップを語るなら,条約も守ってもらおうか」
夜雅が姿を消したことで,3年前,西の所有と処遇をどうするかという問題だけが残っていた。
『んじゃあ俺にくれよ。蘭華,ベルトゥス·ボーン。いいだろ? 2人はそれぞれの土地を守ればいい。そして俺はリリーを中心に動く。ほら,バランスだって悪くない』
そこで,話を横で適当に聞いていたカイが名乗りをあげたのだ。
「堅いこと言うなよ,蘭華。ベルトゥス·ボーンだってこのくらい守ってなかっただろ? 現に今も向こうで飯食ってるよ」
流石に驚いて顔を向けると,確かにベルトゥスが寛いでいる。
集会でもなく,島のトップが揃ってやってくるなんて
「ま,気にするなよ蘭華。西も前の乱戦で連れてきたトモダチ置いてきてるから」
「そうじゃない,そもそもが色々間違ってる。どうしてどいつもこいつも,いつも僕のところに集まるんだ」
「ベルトゥスは元から,俺はリリーがいるから」
なんか文句あるのかと言いたげな顔は,いかにもわざとらしい。
「いいよな,リリー」
「さぁ,いいんじゃないかしら。皆がいた方が楽しいもの」
「ねー!」
ほら見ろと,凛々彩を利用する。
甘え上手で更には小賢しいと思ってはいても,凛々彩の手前文句ひとつ言ってやれない。
「ま,まあまあ。今日はお二人ともすぐ帰るそうですし,いいじゃないですか蘭華さん」
ついにはサムまでいらぬ仲介に入った。
サムは従順に見えて,誰より跳ねっ返りなメンバーだ。
納得できないことは僕にも当たり前に逆らうし,僕の仲間でありながら,何故かカイの味方をすることの方が多い。
不服に思っていると,空いた席に僕たちの分の朝食が運ばれた。
「ベルトゥス,用件は」
空いていたのは,ベルトゥスの周辺だった。
前にも隣でもない席に凛々彩を座らせるため,自分が目の前に座る。
思った通り凛々彩は僕のとなりを迷わず選んで,ベルトゥスの隣にはサムが着席した。
カイと同じで特にないのだろうと思いながらベルトゥスに用件尋ねると,当たり前のように
「ない」
と返ってくる。
「直ぐに帰ると聞いたけど,またただのただ飯食らいのつもり?」
ベルトゥスが気まぐれにやって来る頻度は高く,更には大食いのせいで,よくうちのアンナも口をこぼしていた。
ここらで一言言っておかないと,こちらとしてもいい迷惑だ。
「いいだろ。こっちに来たときはご馳走してやるよ」
「そんな時は来ない。僕は君たちと違って真面目に働いてるんだよ」
「……ハッ。凛々彩は来たそうだけど? ま,俺としては凛々彩が一生の期限付きで,1人で来てくれた方が嬉ぃんだがな」
まだ諦めてなかったのかと,ベルトゥスを睨み付ける。
どいつもこいつも諦めが悪く,更には凛々彩が冗談だと受け流してるせいで僕は毎度ひやひやさせられた。
現に,僕の返事と同時に残念そうな声をあげた凛々彩が,バツの悪そうな顔で口を押さえている。
「なら……"2人で"なら,いつか泊まりに行こうかな。ねえ凛々彩」
「……いいの? 忙しいんじゃなくて?」
「それくらいの時間,いつでも取ってあげる」
凛々彩の気持ちも汲み取りつつ,僕はしっかり反撃もした。
「で,行くんだろ。今日」
「ああ……それを聞いて来たのか。心配しなくともすぐ戻ってくるよ」
「誰がお前の心配なんか。寧ろ国ごと乗っ取ってこないか心配だっつーの」
今でも夢に見るあの日,僕たちと教会の4つに分かれていた体制は大きく崩れた。
教会は僕らとの対立に怯え,僕たち3つのトップは協力を深めることになった。
夜雅によって明かされた,この島の外側の存在によって。
あれから3年間で,僕達トップの3人は秘密裏に外へと働きかけ続けてきている。
西で想像より簡単に見つかった船から1人拐い,情報,ここにはない武器の扱い方,何もかもを聞き出して。
船に僕の右腕のラムを,ひっそりと侵入させ。
ついには先月,島を保有しているという国の王と接触することに成功した。
だから今日,奪った1隻の船で,乗っていた武器,それからそれらを扱えるように訓練した部下のみを連れて,僕と凛々彩は1度島を出る。
文通した内容では,僕達が国の傭兵として動く代わりに,僕達は供給の続行と国との往来·望む島民へ国の永住を許可するよう求めた。
ラムの情報では,現在,外からも中からも攻撃を受け,僕達の事まで気にかける余裕はないと言う。
ほぼ100%,僕達は要求を押し通す事が出来るはずだ。
住民たちはまだ何も知らない。
重要であるはずのカイとベルトゥスが残るのは,非常時に島を守り,統率を固めるため。
凛々彩も残していきたいけれど,本人も拒否をした。
それに,僕が殆どを連れていく今,凛々彩を島に残す方が不安を感じる。
ということで。
島を出る僕達一行は,国民に存在を知らしめる,いわば見世物になりに本国へ向かうのだ。
「心配してくれてありがとう,ベルトゥス。ほんとは,私もちょっとだけ不安なの。明日の夜には帰ってくる予定だから,もし空いていたら迎えに来てね」
話を聞いていた凛々彩が,最後のスープを口に運んで,そんなことを言った。
「リリー。ベルトゥス·ボーンじゃなくて俺がいるでしょ? 心配しなくても,無事に帰ってこれるように上から張ってるよ」
カイは僕達の中で一番物騒だったりする。
トップになって間もないくせに,死人同然だった島民を端から端まで回復させると,直ぐに森の影になった壁の上に人知れず装置を設置していた。
夜雅が使用した大砲や船につまれていた武器を参考に自作したらしい。
ただでは転ばないどころか,転びそうな僕らを支え,1番有効利用している。
凛々彩さえいなければ気を抜けない,ちゃっかりした人間。
それがカイ·バーナード。
帰宅する僕らを追うように何者かが仕掛けてきても,迷いなく沈めるとカイは宣言しているのだ。
「ふふ。そうねカイ。もし本当に待っててくれるなら,皆でご飯を食べに行きましょう」
凛々彩が微笑んだそのとき,後方から声が上がる。
「カイ·バーナード。時間じゃないかー?」
「おー。そうかも。助かるよ」
よいせっと,カイがイスから飛び降りた。
「帰るのは構わないけど,せめて僕の部下を好きに使うのはやめてくれないかな。カイ」
「時間になったら教えって言っただけさ」
鼻で一蹴して,カイは走り去っていく。
「蘭華と凛々彩も。そろそろ準備しなきゃいけねぇんじゃねーか?」
「そうだった。私達,寄るところがあるの。またね,ベルトゥス。来てくれてありがとう」
凛々彩は僕の手を引いて席をたった。
板についたその仕草に,僕は緩みそうになる口元を自覚する。
「あ,蘭華さん。僕も…」
「いや,サムはいい。屋敷の中だし,3人は入るには狭すぎる」
これから向かうのは,出発する前に凛々彩が見せて欲しいと言った部屋。
過去の遺跡の残る,小さな部屋だ。
そこは,凛々彩と夜雅の話を聞いて,僕が見つけた。
古くから存在するこの屋敷にも,何かしらの過去の痕跡がないかと探した結果だった。
長年使われていないホコリとクモの巣だらけの不清潔な物置部屋に,地下を発見した。
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