第33話 私たちの仕事。

未空がおろおろと叫んだ。


奥の奥の部屋から,ぐったりとした男の子がサムと共に出てきていた。


身動きがほとんど取れないから,サムは珍しく緊張ぎみに集中して応戦している。


すぐに蘭華も気がつき,蘭華はサムの援護に回った。


けれど,ケニーの足が何かに引っ掛かる。


サムは驚いて反応し,1度離れた。


敵の弾が邪魔で,助けられない。




「未空。ごめんなさい。周りをよく見渡しながら待っていて。誰か来たら,すぐに叫んでちょうだい」




他に手が無いなら,私が行くしかない。


少数が良かったとはいえ,2人は流石に少なすぎたみたいだ。


いくらトップとその部下とはいえ,どちらも同じ1人の人間だから。




「ね,ねぇ,嘘でしょ? この中に,は,入るの……? 凛々彩は普通の女の子なのに……?!」


「いいから,すぐ戻ってくるわ」





迷いなく,駆け出す。


比較的安全な移動も,注意するべき方向も。


先の争いで学び,慣れた。


大切な人のためなら,怖くない。




「ケニー,大丈夫? 返事が出来る?」


「ぅ……。?」




ぎりぎり呼吸が出来ている。


ケニーのもとにたどり着くと,足の裾に剥がれた壁が刺さっていた。


釣り針のように食い込んで,直ぐに離せなかったことにも頷ける。




「?! 凛々彩さ」




ケニーを気にかけて,振り向いた私にサムが気づいた。


その驚愕した表情に向き合って,私は頷く。





「大丈夫。これなら直ぐに戻れるから! それよりサムは自分の事を……!」


「わ,分かりました。命懸けてでも守りますけど,怪我しないで下さいよ!」


「うん!」




意外と,ズボンの生地が分厚い。


千切ることはできないから,刺さった通りに抜くしかない。


それは難しいことではないのに,いかんせん脱力したケニーが重たかった。


サムの負担になる。


早くしなくちゃ……


「もう! 何やってんのよ凛々彩! あんまり遅いから私まで来ちゃったじゃないっ!!」




ふわりと,重みが無くなった。


驚いて見上げた先には,肩で息をする未空が必死にケニーの胴体を持ち上げている。




「未空?!」


「ケニー,ごめんね,もうちょっと頑張ってね」




抱き締めるように抱える未空は,私の反応など気にしていなかった。


早くしろと,私に渇をいれる。




「急いで!!」




こくんと頷いて,今度こそケニーと壁を離した。


そしてベキンと嫌な音に冷や汗をかきながらも,何とか私達は交戦中の倉庫から脱出した。


「もう,ビックリしましたよ凛々彩さん!」


「そうだよ凛々彩。あんなことをするなら,今度からは屋敷に置いてくるからね」




あらかた片付いて,倉庫を離れたあと。


私は早速2人の保護者に叱られる。




「だって」




とそう返すと,さらに倍のお叱りが返ってきた。




「ケニー……」




後ろから,ケニーを支えて歩く未空の切なげな声が聞こえる。


振り返ると,泣きそうになりながら気絶しているケニーの顔を見ていた。




「ケニーは未空の恋人なの?」


「ううん,違うわ。私の片想い。ずっと好きだったのに,こんな目に遭わせて……きっと嫌いになっちゃったわ。それより,ケニーは本当に大丈夫なの?」




はらはらと,騒がしい胸のうちが見える。


私もそこに項垂れているのが蘭華だったら,同じ様に思っただろう。




「凛々彩さん。今向かってるのは,カイさんのお友達で,夜雅との交戦の時にも手を貸してくださった人の家です。治療の心得があるとおっしゃっていましたから,ケニーもきっと大丈夫ですよ」


「ですって,未空。それにそんなに悲観しないで。ケニーもあなたは何も悪くないって分かってくれるわ」


「でも……」




ぽろりと,その目から涙が零れた。


落ちた涙はケニーの頬を伝い,唇で止まる。


そっと,脱力した手が持ち上がった。


驚く未空の頬に1度添えられて,目を開くことの無いまままた落ちる。




「ほらね,きっと聞こえているの。起きたら誰よりも優しくしてあげてね」


「……う"んっ……っ」


「泣くのはケニーが元気になってからにした方がいいわ。未空もまだ,"告えて"ないんでしょ。想ってるだけじゃ意味がないわ」



ふふと微笑むと,未空はきゅっと口を閉じた。




「これは私の知り合いの,強くてかわいい女の子からのありがたいお言葉よ」


「いじわる……自分だって結局まだなのに」




苦笑していると,ふと蘭華が振り返る。




「凛々彩も,って,何の話?」




まさか会話に入ってくるなんて思っていなくて,私は焦った。


ふんとケニーを持ち直して,もう泣いてはいない未空がにやりと笑う。




「ないしょです! 女の子だけのね。夜にでも聞いたらいいんじゃないですかっ」


「な,なんてこというの未空! ほら,早く行きましょうサム!!」


「あ,こ……こっちです」




未空と共にケニーを抱えて,私達は1秒でも早くとカイの友達のもとへ向かった。




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