第21話 恋とか。
翌日,遅めの昼食を取りじっくり入浴をした私は,部屋にサムを呼んだ。
久しぶりのお話タイムである。
「……ところで,サム,ほんとに呼んでくれた???」
「あ,ほんとですね……あの人,呼びに行ったときうつむけでぐっすり涎垂らして寝てたんです。声かけてもだめだったので,書き置きしたんですけど……」
「まあっ」
私はくすくすと笑った。
そうか,サムはまだ知らないのね。
「カイは1人じゃ目覚めないわ。根気よく声をかけるか,信頼している人や暗殺者でも呼ばなきゃね」
一緒に行きましょうと声をかけると,サムは慌てて立ち上がる。
「サムはカイとどれくらい関わったことがあるの?」
「殆ど初対面と言っても良いくらいです。たまに屋敷をふらついてる程度で,多分向こうは俺のことなんてしらないかと」
考えるように視線をあげたサムは,むむむと眉を寄せた。
「でもすごいですね」
ふいに,サムが私を見る。
笑い声をとめると,サムはにこりと純粋な笑顔を向けた。
「だって,ずっと離れ離れだったのに,お互い大事に想ってるのが伝わります。朝の事だって変わってるかもしれないのに,長年一緒だったみたいに断言するから」
ちょっと妬いちゃいますと,サムは続ける。
そして,自分で言ったくせに,その数秒には照れて弁解を始めた。
「……そうね,また逢えるのが夢のようだったから,きっとはしゃぎ過ぎたんだわ」
「そんなに……ですか? もしかして,蘭華さんよりも大切なんじゃ……」
不安げな瞳を向けられて,驚いた私はサムの頭を撫でる。
曲がり角を曲がったところで,その手は下ろした。
「やだ。蘭華はまた特別よ」
サムに柔らかく微笑むと,サムは顔を真っ赤に染め上げる。
「あっ,いえ,その……すみません,俺が余計なことを言いました。そうですよね,はい,すみません」
軽く口にしてしまったことがどんなに恥ずかしいことだったのか,サムの反応に気付かされた私は。
熱い頬に手を当てて,これ以上溢してしまわないように口を閉じた。
「ここ? サム」
「はい,あの人が選んだんです。何でも,外に出やすいんだとか」
ヤンチャなカイは,門なんかくぐらない。
敵の侵入と何度も間違われるような訪問は,朝飯前なのだ。
それでも蘭華が許可したのだから,きっともういいと思われているんだと思う。
「カイ,入るわね」
襖を軽く叩いた。
中で跳び跳ねるような音がして,着地した物体はバタバタと私達に近づく。
ザンッと襖は開けられた。
一瞬目を丸くするも,ボサボサの頭と対面する私。
「おはよう,カイ。もうお昼過ぎよ。起きてたの?」
「ううん,おはようリリー。リリーが来たから目が覚めたんだ」
「そうなの? すごい」
カイは一瞬サムを見て,またすぐに私を見る。
「何しに来たの? リリー。別に用がなくてもいいけどさ」
「久しぶりに話したいなって思って。ごはん食べたら,来てくれる?」
「もちろん。蘭華がだめって言わなかったら,もっと早く俺から行ったさ」
大人しく言うことを聞くんだもの。
私の体調を考慮してくれたんだろうけど,カイにしてはえらい。
「遅くなったけど,こっちはサム。優秀な組織の一員で,最年少。私の友達でもあるの」
「ふぅん?」
それで? と言わんばかりの顔に,私は言葉を続けた。
その顔は,今から自分に関わるなんて思ってもいない。
「カイはきっとサムと気が合うわ。きっとよ。私よりも。だから紹介しておこうと思って」
私の言葉に,カイは怪訝な顔でサムを見る。
サムが年下なのもあるせいか,こいつが? という思考が全て顔に出ていた。
「俺,気が合うなんて思ったの,そんなに回数ないんだけど。でもリリーが言うなら興味あるなー」
キラリと瞳の色が変わる。
まるで実験対象でも観察するように,カイは研究者のような目でじろじろとサムを眺め始めた。
サムは困惑しつつも,文句ひとつ口にしない。
「……ほんとに?」
やがて,カイは疑うような声をだす。
散々な態度に,サムも苦笑した。
「そのうち分かるわ。邪魔してごめんなさい。アンナに頼んでおくから,もう顔洗って食堂に行っていいわ」
「いや,飯はいいよ。俺夜食べすぎるから」
「そう,分かった。着いてきて,カイ。水道は私の部屋にもあるの」
とことこと無防備に着いてくるカイを,サムはチラリと振り返る。
屋敷のどのタイプの人間でもないカイに,興味を抱いたようだった。
サムは元々気性の優しい性格ゆえに,他者を受け入れやすい。
小動物のようなその反応に,私は密かに唇を綻ばせる。
「へー,前のとことは違うんだ」
「そうよ。前の部屋は,ほんとは蘭華の寝室なの。私を心配して,蘭華が屋敷内で多く過ごす部屋から近いあそこを譲ってくれていたの」
「……仲,いいんだな,リリー。意外……でもねぇけど」
天の邪鬼で気まぐれなカイはそっぽを向いた。
「凛々彩さんのことは,蘭華さんも大事にしています。多分初めての,ほんとの恋人だからだと思います。屋敷の皆も,今じゃ殆ど凛々彩さんと話すのを楽しみにしていますし」
そうなの? と,後ろから聞こえた補足につい私まで振り返る。
ここを離れる前に,料理だけでなく洗濯などの手伝いを継続していたのも良かったかもしれない。
1番の理由はアンナが喜んでくれるからだけど,その時間は他の人とも会話をする機会が多くあったから。
「恋……人?」
ほんとは少し違う。
その複雑さを説明しきることは出来なくて,私は固まるカイに向き直った。
「そう言えば,リリー。なんでこんな危ないとこに? しかも蘭華なんて……その」
騙されてんじゃないの?
そう非難する視線に,私は苦笑した。
私や蘭華の立場を順に説明していく。
大事にはされているのだと,だから助けにも来てくれたんだと強調するのも忘れない。
「私が好きだから,いいの」
カイは瞳を揺らして顔を伏せた。
何かを察したようなサムも,気まずそうに目をそらす。
「大事にされてるうちは,いい。リリーが腹決めてるなら,今は黙ってる。でもそのうち,拐っていくから」
危なくなったら,と言うことなんだと。
私は微笑みながらお礼を伝え,来た道を曲がった。
私が友達だからと,蘭華からの扱いに腹を立てながらも,それは今すぐじゃない。
赤く燃えた真っ直ぐな瞳は,取り引きがあろうものならぶっ壊す。
そう言う優しさだと思った。
部屋も近くなると,サムはカイへ歩みを見せる。
「あの,大丈夫ですか……? もしかしなくても……」
「うるさいな……もしかして,お前も?」
「……はい」
よくは聞こえない,潜めた男の子の会話。
私はそれを壊さないようにゆっくり歩いて,着いてしまっても静かに扉を開けた。
「さ,いらっしゃい! まぁ,蘭華に借りてる部屋なんだけどね。2人とも,座って」
サムのこと,カイのこと,近状の事。
順番に,私達は楽しく時間を過ごした。
夕方にもなると,少し疲れてきて,喉も乾く。
「何か飲み物を取ってくるわ。カイは何がいい?」
気分屋のカイにだけ尋ねると,カイは首を横に振った。
「いや,俺はいいよ,リリー。俺はもう戻ることにする,充分楽しかったからさ。また明日来てもいい?」
「もちろんよ」
私は微笑んで,素直な気持ちの乗った瞳で見返す。
「……サム」
呼ばれると思っていなかったサムは,気の抜けた顔でカイを見た。
カイがふと大人びた顔で笑う。
「カイ·バーナード。カイでいい」
「えっ……あ,はい」
それがどれだけ凄いことなのか,サムは理解していない。
私は思わず声をあげそうになった。
「サム,お前いいやつだな」
恥ずかしげもなく真っ直ぐに褒められて,逆にサムが恥じらうようにはにかんだ。
返事を待たず,カイは颯爽と扉を抜ける。
私が特別に何かしなくとも,気の合う2人の友情は再建されていた。
何もかも戻ったような気持ちで,私は嬉しくなる。
「じゃあ,私もいって……」
「あっ俺も行きます!!」
「うん。一緒に行こっか」
夕日が,希望の光のように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます