焼き芋に捧げるエーデルワイス試験
ゴオルド
石焼き芋で大ヤケド
小学校低学年の女児だった私は、ある冬の日、お友達のミキちゃんと一緒に路上にしゃがんで、交差点を眺めておりました。
交差点というのは、さまざまな車や人が行き交うので、眺めるだけでも楽しいのです。
「あのオバアチャン、歩くの速いねえ」
「ねえ、あっちの車、なんか剥がれてるよ。事故に遭ったのかなあ」
「あっ消防車!」
「ほんとだ消防車!」
手を振る女児。手を振り返してくれる消防士さん。優しいですね。
「消防車、光ってー!」
「お願い、光ってー」
回転灯が点灯しないだろうかと願いを込めて叫びます。もちろん女児が叫んだぐらいでは光りません。というか消防士さんたちのお仕事を邪魔してはいけません。
そんな感じで、交差点ウォッチングを楽しんでいたとき、
「石焼き芋~。焼き立て~」という、あのお馴染みのフレーズが聞こえてきたのです。焼き芋の移動販売車が、交差点に進入しようとしていたようです。
早速真似する女児二人なのでした。
「石焼き芋~」
「焼き立て~」
すると、焼き芋屋さんは私たちを客だと思ってしまったようで、方向を変え、私たちのほうへ来てしまいました。
近くに車を停めて、運転席からオジサンが出てきました。
「ありゃ、お客さんじゃないのか」
オジサンは呆れ顔です。
「ごめんなさい」
「ただ歌ってただけなんです」
「そうかい。それじゃあ、オジサンはもう行くよ」
焼き芋屋さんは車に戻ろうとして、だけど、思い直したように私たちのほうへと向き直りました。
「お嬢ちゃんたち、焼き芋を食べたいかい?」
「うん、食べたい」
「焼き芋って美味しいもんね」
「そうかい」
オジサンはにんまり笑いました。
「じゃあ、いまからテストをしよう。歌のテストで合格したら、
「歌のテスト?」
「そうだよ。さっき歌っていたみたいに、歌ってみせてよ」
「うん、いいよ!」
ミキちゃんは、力いっぱい頷いてみせました。
「ゴオルドちゃんは歌が得意なんだもん。ねっ」
「えっ? 私?」
私は歌を得意だと思ったことは人生で一度もないのに、どういうわけか歌が得意だと人から思われがちです。
中学生のときも、私はアルトリコーダーを自信満々に演奏しておりましたが、クラスメートも音楽の先生も梅干しでも食べたような顔をして、「ううーん、ゴオルドちゃんは歌のほうが向いてるね」と言うのでした。おかしいですね。私としては断然笛のほうが得意のはずなのに。多分みんな耳が悪いのでしょう。きっとそうに違いありません。本当なら私の笛の音に酔いしれるはずなんですから。
そういうわけで、小学生だったこの時も、私はリコーダーやハーモニカのほうが得意であるにもかかわらず、「お歌ならゴオルドちゃんが頑張るよ、だって歌が一番得意なんだから」という謎の誤解のせいで、勝手に話が進んでしまいました。
「どんな歌をうたうのかな? オジサン、楽しみだなあ」
「ゴオルドちゃんはね、エーデルワイスが得意なんだよ」
「えっ?」
初耳です。そうなのぉ?
「そうかい、それじゃあ、今ここでエーデルワイスを上手に歌えたら、焼き芋をあげよう」
「えっ?」
今ここで? 交差点前の歩道でエーデルワイスを?
恥ずかしい!
しかし、ミキちゃんもオジサンも期待を込めて私を見つめています。
「さあ、歌って」
うう、もう歌うしかなさそうです。
私は歌いだしました。
直立不動で声を張り上げます。
歩道をゆく通行人の視線が集まりました。恥ずかしい。顔が真っ赤になってしまう。信号待ちの歩行者はみんなこっちを見ています。つらい。
恥ずかしさに耐えて、どうにか歌い終えました。歌詞がわからないところはラララで誤魔化しました。
おそるおそるオジサンの様子を窺うと、「ふーん」という感じでした。ミキちゃんも「ふーん」という感じです。
……。
微妙な間がありました。
「まあ、いいか、合格ね」
「はい……」
おじさんは小ぶりの焼き芋を私たちにプレゼントしてくれました。
「もっと上手に歌えたら、大きい焼き芋をあげたんだけどね」
「はい……」
石焼き芋のメロディとともに去っていくオジサンに、私たちはお礼を言って、手を振って見送りました。
「ありがとうございました……」
無料で焼き芋ゲットです。
それなのに、なんだか心に傷を負ったような気持ちがするのはどうしてなのでしょう。私は歌が得意だなんて自分から言ったわけでもないのに。理不尽な目に遭ったような気がします。
ミキちゃんのほうを見ると、既に焼き芋にかぶりついていました。
<了>
※ 車に声を掛けるのも、食べ物をもらってしまうのも、路上で歌うのも、よい子は真似しちゃダメですよ!
焼き芋に捧げるエーデルワイス試験 ゴオルド @hasupalen
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