第32話 合宿 13:三栗浜

 いつもより若干重い空気の車内で揺られること約一時間。


 俺たちは、アニメ『俺の家庭教師(同級生)が可愛すぎて勉強に集中できないっ!』の舞台となった、主人公がヒロインに告白した三栗浜へとやってきた。


 本来はここで小鳥遊さんがここで優希に告白する予定だったんだけど......ってそんなこと考えるのはだめだな、やめておこう。


「じゃあ、降りよっか~」


 池沢先生の言葉で、俺たちは車を降りていく。


「わあーっ!」


 車から降りた先に広がっていた景色は、広く真っ青な海、白い砂浜、そして!


「......なあ、なんかカップル多くないか?」


「......そうだね」


 俺は小声で琴音に話すと、琴音も小声で答える。


 三栗浜には何故かカップルがたくさんいた。そこら中に、とまではいかないが、ここから見えるだけでも十組くらいいる。


「カップルばっかりだね~」


「どうしてでしょうね?」


 俺がふとした疑問を口にすると、池沢先生が答える。


「そりゃあアニメの効果でしょ。それにここ、舞台になる前から結構デートスポットとして有名だったみたいだからね」


「へえー、そうだったんですね」


 それでこのカップルの数か......納得かな。


「そういえば、今夏なのに海で泳いでる人がいませんね」


「そりゃそうでしょ、ここ遊泳禁止だもん」


「えっ、そうだったんですか?」


 それは意外だったな、結構広い砂浜だったからビーチとして利用されているとばかり思っていたんだが。


「この辺、潮の流れとかでどんどん沖の方に流されるみたいでね。それで遊泳禁止になってるみたいだよ」


 そういうことか、確かにそれは危ないな。


 池沢先生が解説を終えたのでみんなの方へ行く。


「あのー、ちょっといいかな?」


「ん、何ですか?」


 俺もそれについていこうとすると、後ろから男の人に声を掛けられた。


 振り向くとそこには俺よりも少し年上、大学生くらいのカップルがいた。二人で腕を組んでいる、なんか少しむかついた。


「良ければでいいんだけど、写真を撮ってくれないかな?」


「ああ、いいですよ」


「ほんと?ありがとね!」


 彼氏さんの方は、顔をほころばせてポケットの中からスマホを取り出し俺に手渡した。


 そして、俺から少し離れた背景に海が見える場所まで行って二人でポーズをとる。顔を近づけてピースサインをしている、うん、なんかむかつくな。


「いいですかー?はい、チー」


「ちょっと待って!」


 彼女さんの方がそう叫んで俺のことを止める。


 そして、何やら二人で話し合っている。


「いいよー!」


 少ししてから彼氏さんが俺にそう言ったと思ったら、次は違うポーズをしてきた。二人の手でハートを作っている、うん、なんかじゃなくて普通にむかつくな。


「いきますよー、はい、チーズ」


 俺は少し面倒になりながらもボタンを押す。


「撮れましたよー!」


 俺がそう言うと、二人とも俺の方へと駆け寄ってきた。


「わっ、結構いい感じに撮れたね!」


「ほんとだ、みっちゃん可愛く映ってるじゃん!」


「もー、たっくんだってかっこいいよ~」


 なんか二人の世界に入ってしまったようなんだが。何?もう俺帰ってもいいの?


「あっ、写真撮ってくれてありがとね!」


「いえ、じゃあ俺はこれで」


 俺はこれ以上ここにいたくないので早々に立ち去ろうとする。


「おーい、何してるの?」


 すると、みんながいたところから琴音がやってきた。俺が誰かと話していたので何をしているのか気になったのだろうか?


「ん?ああ、この人たちに写真撮るように頼まれたから、撮ってた」


「え?あ、ああ、こんにちは」


「「こんにちは」」


 琴音は俺に言われて初めて二人の存在に気が付いたようで、少し驚きながらも挨拶をする。


 二人も琴音のそれに対して挨拶を返す。


「ってそんなことよりさ、早く行こうよ!」


「ああ、はいはい」


 琴音に急かされて俺はみんなのもとへと走っていく。


「じゃあ、さようなら!」


 俺は二人に別れの挨拶をした。


「はーい、さようなら!」


「二人で楽しんでねー!」


 大学生カップルの二人は手を大きく振ってそう挨拶を返してくれた。


 っていうか、二人?俺たち部員全員で来たんだけど......


 まさか、琴音と俺がカップルとか勘違いしたとか?って、そんなわけないか。


 俺はふっと頭に浮かんだ考えをすぐに捨てて、みんなが待っている場所へと走っていった。



 ◇◇◇◇◇◇



「あっ、やっと来た~!」


 みんなのもとへと行くと、池沢先生が俺を見てそう言った。


「何してたの?」


「なんかカップルに写真撮ってくれって言われたので撮ってました」


「そうだったんだ」


 そういえば、優希と小鳥遊さん大丈夫か?微妙な空気になったりしてないか?


「ん?どうした、樹?」


「いや、なんでも」


 じろじろ見ていたのか、優希にそう尋ねられてしまった。


 でもよかった、変な空気になっていなくて。


「じゃあ、そろそろ戻ろうか~」


「えっ、早くないですか?」


 池沢先生の言葉に俺は思わず驚きの声を上げる。


「っていっても、別にもう見るもんないでしょ?」


「それもそうですね」


 この辺にあるのは海と砂浜、それと大量のカップルだけ。うん、別にもう見るもんなんてないな。


「そ、そういえば、もう太陽が高いですね」


「うーん、確かにね。あっ、もう十二時だ、そろそろお昼ご飯にする?」


 青木部長が天を仰いでそんなことを言った。その言葉に池沢先生は反応して、ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。


「そうですね、私もそろそろお腹が空いてきました!」


「この辺で昼食が取れる場所とかありますかね?」


 琴音と優希は昼食をとることに賛成のようだ、俺と同じく。


「えーっとね......あっ、この近くにファミレスがあるみたいだよ。そこ行く?」


「へえー、そうですね、そこに行きましょうか」


 そうして、俺たちはファミレスに行くために一旦車を止めている場所まで戻っていった。




 ◇◇◇◇◇◇



「着いたよ~」


 俺たちは車に乗ってファミレスへとやってきた。というかこのファミレス、うちの近くにあるみんなで打ち上げに行ったとこのファミレスと同じ奴だ。


 池沢先生が車を止めると、俺たちは車から降りていく。


 そうして、ファミレスの中に入って店員さんに席を案内された。


「ねえねえ、樹は何頼むの?」


「チキン南蛮」


「また?ぶれないね~」


「一番安いからな」


 ラノベを買うために余計な出費は押さえないと、だからな。



「ご、ごちそうさまでした」


 小鳥遊さんを最後にして、俺たちは全員料理を食べ終わった。


「それにしても、青木部長、よくそんなに食べれましたね~」


「そ、そんなにかな?大体いつもこのくらいは食べるんだけど......」


 いつもそんな量食べてるのか、すごいな。


 ちなみに、青木部長が頼んだのは『ハンバーグ&チキンステーキセットのライス大盛りに唐揚げ二個とエビフライ一本トッピング』だ。量だけ見れば打ち上げの時大山が頼んでいたのとそう大差はないな。


「それじゃあ、そろそろ出よっか~。あっ、その前に、自分の分の料金は僕にくれないかな?僕が一括で会計しておくから」


「あっ、はい」


 俺たちはそれぞれ池沢先生にお金を手渡していく。


「じゃあ、先に出てていいよ~」


 そうして、俺たちは池沢先生より先に外に出ておく。



「お待たせ~」


 少しすると、池沢先生が店内から出てきた。


「じゃあ、行こうか」


 俺たちは車に乗ってファミレスを後にした。

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