第30話 合宿 11:美諏訪神社
池沢先生の実家を出て車に揺られること約一時間半。
「着いたよ~」
俺たちは、今日巡る聖地の一つである『美諏訪神社』へとやってきた。
『美諏訪神社』とはアニメ『
アニメ第四話で主人公である神薙虎とヒロインがお祭りに行くのだが、そのお祭りが開催されていた場所こそがここ『美諏訪神社』なのだ。
俺としては、虎がヒロインに思わず告ってしまいそうになった本殿前に一番行ってみたいな。
「わあー!こっからもう見たことある!楽しみだなー!」
車から降りるなり、琴音はテンションマックスではしゃいでいる。
ちなみに、もう言わなくてもわかっていると思うが、ここの聖地に行きたいと言ったのは琴音である。
「ほらほら、駐車場なんだから走り回ったら危ないよ~」
「はーい」
池沢先生が琴音のことをやんわりと注意する。というか、注意した内容が小学生にするようなものなんだが。
「さて、じゃあまずは本殿に行こうか」
「はーい!」
「ほえー、鳥居おっきいですね~」
「そうだね~」
琴音が鳥居を前にして驚いたような声を出す。
まあ、確かにデカいな~、三階建ての家くらい、かな?うちの近くにはちっちゃい神社しかないからこれくらいの大きさが普通なのかどうかよくわからないが。
「アニメと同じで、神社全体が森に囲まれているんですね」
「そうだね~、それでも日当たりは結構いいのは不思議だけど」
「神社の向きとかが関係してるんじゃないですかね?」
なぜか優希が神社の日当たりと向きについての関係性を考え出したんだが。
「ほら、そんなことより早く本殿行こうぜ」
「ん?ああ、そうだね」
俺は優希に早く進むよう声をかける。すると、優希は考えるのをやめてまた歩き出した。
「あっ、あれが本殿ですかね?」
「みたいだね~、参道がまっすぐだからすぐわかったね」
俺たちが歩いている参道をずっと進んだ先に本殿が小さく見えた。距離にして約二、三百メートルってとこか、意外と遠くにあるんだな。
「じゃあ、行こう!」
「っておい、走るなよ~」
琴音が俺たちを置いて全速力で本殿に向かって走り出した。昨日行くはずだった『辻市廃総合体育館』に行けなかった分、テンションが高くなってんのか?
「元気だね~」
池沢先生が走る琴音を見てどこか年寄りくさいことを言った、琴音よりも体力あるのに。
「ぼ、僕たちはゆっくり行こうか。景色も楽しみたいし」
「そうですね」
俺は青木部長の意見に賛同して、ゆっくりと本殿に向かって歩く。
「やっぱりアニメの祭りの時の雰囲気とはずいぶん違いますね~」
「そ、そうだね。だけど、構造はほとんど同じだね」
まあそりゃ、ここが舞台になってるわけだからな。
カア、カア、カア
「なんかこの辺カラス多いですね」
「ほんとだね~、誰かが餌付けしてるのかもね」
カラスに餌付けする人とかいるんだな~、物好きもいるもんだ。
「あっ、確かこの辺で虎がりんご飴買ってたんだよね」
「えっ、あっ?そ、そうでしたね」
優希にいきなり話しかけられて顔を赤らめてテンパる小鳥遊さん。ほんと、いつも通りだな。
優希の方は普通に話している、特に小鳥遊さんのことを意識もせずに......本当に今日告白していいのか?せめてもう少し時間を......
いや、これに関しては俺が言うべきことじゃないな。小鳥遊さんが自分で考えて、そして今日告白するって決めたんだから。
「田中君?大丈夫?」
「え?あ、ああ、はい」
いつの間にか立ち止まっていたようだ、俺は慌ててみんなの後を追った。
◇◇◇◇◇◇
「あっ、やっと来た」
「おい、そんなとこ座るなよ」
本殿に着くと、若干疲れている様子の琴音が本殿前の地べたに座っていた。
「いいじゃん、どうせ誰もいないんだし」
「いや、そういうことじゃないんだが」
「まったく、樹はいちいち面倒くさいな~」
ぶつぶつ文句を言いながらゆっくりと立ち上がる琴音、面倒くさいのはどっちだよ。
「ねえねえ、どうせ来たんだからお参りしない?」
「そうですね、しますか」
池沢先生の提案に優希が反応した。まあ、俺もお参りしていこうかな、願い事は......小鳥遊さんの告白の成功祈願にしとこうかな。
俺はお賽銭に入れるお金を探すために財布をリュックから取り出した。うーん、五円がないから十円でいっか、五十円はなんかもったいないし。
「じゃあ、いっせーのせでお賽銭入れよっか~」
全員がお賽銭用の小銭を準備できて池沢先生がそう言った、その時。
「カアー!」
「なんかあのカラス、こっち向かって来てない?」
一羽のカラスがまっすぐ俺たちに向かって飛んできていた、その狙いは......
「......え、私?」」
カラスはまっすぐに小鳥遊さんの方へと向かって飛んできていた、まずい、このままじゃ!
「小夜ちゃん!」
琴音が小鳥遊さんを助けようと走るが、ぎりぎり間に合いそうにない。
「っ!」
小鳥遊さんは咄嗟に目を瞑り両手で顔を覆う、そして、カラスは小鳥遊さんに向かって襲い掛か
「っと!」
ることができずに空を切り、そのまま空高くへと飛んでいった。
「ふうー、大丈夫?」
俺の目に映ったのは、優希に体を預けて驚いたような顔をしている小鳥遊さんの姿だった。
優希がカラスから小鳥遊さんを守ろうと咄嗟に腕を掴んで自分の方へと寄せていたのを見た。よかったー、怪我がなくて。
「え、あの、その......」
「あっ、ごめんね、ずっと掴んだままで」
小鳥遊さんの反応を見て変な勘違いをしたのか、優希は掴んでいた小鳥遊さんの腕を離して少しだけ距離を取る。
「あっ、その、手......」
「え?ああ、さっき掠ったのかもね」
優希の手には掠り傷のようなものがあった、さっきカラスにつけられたものだろう。
「あ、あの、ごめんなさい、私のせいで......」
「いやいや、小鳥遊さんが謝ることじゃないよ。悪いのはあのカラスなんだから。それよりも、大丈夫?怪我とかない?」
「あ、その、はい......」
「そうか、よかった」
若干目を潤まして俯きがちに小鳥遊さんは優希の問いに返事をする。その涙は、カラスに襲われかけた恐怖からか、それとも、優希に傷を負わせてしまった罪悪感からなのか。
「じゃあ、気を取り直してお参りしよっか~」
池沢先生が手をパンっと叩いてそう提案する。
「そうですね」
優希もその提案に賛同して、俺たちもまた気を取り直してお参りをしようとした。
「あっ、あのっ!」
すると突然、小鳥遊さんが大きな声を上げる。俺たちはその声に反応して揃って小鳥遊さんの方を向いた。
「さ、斎藤君!」
小鳥遊さんは優希の方を向いて、優希のことを呼ぶ。
「な、何?どうしたの?」
優希は若干混乱しているようだが、ちゃんと小鳥遊さんの方を向いた。
「あ、あのっ、そのっ」
小鳥遊さんは少しの間言葉が出てこない様子でおどおどしていたが、一度深く深呼吸をして、俯きがちだった顔を上げて優希のことをしっかりと見る。
「上手く言えないけど、斎藤君の優しいところとか、頼りになるところとか、それ以外にも、いっぱい、あって。私がプリント落とした時も、真っ先に拾うの、手伝ってくれて、その、だから、その......」
そして、覚悟を決めたような顔をして、想いを、伝える。
「斎藤君のこと、前から好きでした!付き合ってください!」
静かな夏の神社に、小鳥遊さんの想いが詰まった言葉が、響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます