第27話 合宿 8:露草温泉街

 池沢先生の実家から歩いて約五分。


「ここが露草温泉街だよ~」


「「「おお~!」」」


 そこには、アニメ『妖お宿でごゆるりと』で出てきたものとほぼ同じような街並みが広がっていた。


 かなり険しい坂の上に温泉街が作られており、その真ん中には川、それもおそらく源泉が流れている川が上から下まで通っていた。


 その川からは湯気が立ち込めており、また、温泉地特有の硫黄の匂いもした。本当に腐った卵みたいな匂いがするんだな~、腐った卵の匂いなんて嗅いだことないから憶測だけども。


 その源泉が流れている川の両側には温泉宿や土産屋などが立ち並んでおり、温泉があると思われる建物の煙突からは湯気が昇っていた。


「本当にアニメのまんまだな、感動するわ~」


「まあ、欲を言えば建物に提灯とかを吊り下げてたらもっとアニメっぽくなってたのにね」


 琴音が町を見渡しながらそんなことを言う。確かに、それがあればもっとアニメの方の街並みに近づくんだけど......


「実際になるよ~」


「「えっ?」」


 池沢先生の言葉に俺と琴音は思わず声を上げる。


「えっとね......ほら、これ~」


 池沢先生はスマホを取り出して何かを検索して、それを俺たちに見せる。


「えっ!これ実際の写真ですか?」


「ほんとだよ~、お盆の時の写真かな」


 琴音が思わず池沢先生に尋ねる。


 スマホには、ちょうど俺たちがいるところからの温泉街の街並みの夜の写真が映し出されていたのだが、さっき見たものとは全く異なる雰囲気の光景だった。


 温泉街の建物には提灯がいくつも吊るされていてそれら全てに火が灯されており、アニメで見た街そのものだ。妖怪が住んでいる街のような妖しい雰囲気が漂っている。


「えっ、これってここの写真なんですか?祭りか何かのとき撮ったんですか?」


 すぐ横から優希の声がしたと思ったら、いつの間にか全員が池沢先生のスマホの写真を見ていた。


「ああ、これはね。ここではお盆の時期になるとこんな風に建物とかに提灯を飾るんだよ~」


「へえー、ここの伝統行事みたいなものですかね?」


 優希の問いに池沢先生は首を横に振る。


「いや、こんなことし出したのは最近だね、僕が小学生くらいの時から始めてたから、大体二十年前くらいからかな~」


 意外と歴史は浅いんだな。それよりも、二十年前に小学生だったってことは、池沢先生は三十歳くらいってことになるな......まあ、あらかた予想通りだったけど。


「この行事の由来とかって知ってますか?」


 また優希が質問した、知りたい欲求が多いな。


「さあ?お盆の時期にしてるから、死者を弔うみたいな意味があるんじゃないかな?あっ、あと客の呼び込みとかね~」


「客の呼び込みって......」


 池沢先生がふっと思いついたように出した言葉に、俺は思わず苦笑する。


「いやいや、これを見に結構な数の人が来るんだよ?県外から来てる人もいるみたいだし」


「へえー、結構すごいんですね」


 実際、俺も内心、どうせならお盆の時期に来てみたかったと少し悔やんでいる。まあ、お盆の時期だからみんなも予定があるだろうし、こんな風にみんなで行くのは無理だろうけど。


「じゃあ、ここら辺をぐるっと回ってから家に帰ろっか~」


 そうして、俺たちは露草温泉街を巡る。



「はあっ、意外と坂が急できついですね......」


「そう?まあ、確かに坂は急だけど.....」


 あまり息も上がっておらず涼しい顔をして答える池沢先生。優希と青木部長も大して息が上がっていないな。


「はあっ、はあっ」


 琴音と小鳥遊さんの方は俺と同じでだいぶ息が上がってきているようだ、尾琴岳の時とまったく同じだな。


「三人とも大丈夫?そろそろ戻る?」


「そ、そうですね......」


 池沢先生の提案に俺は乗って、俺たちは池沢先生の実家に戻ることにした。



 ◇◇◇◇◇◇



「あら、おかえり~」


 池沢先生が玄関扉の鍵を開けて家の中に入ると、その音で気が付いたのか池沢先生のお母さんがリビングから顔を出す。なぜか菜箸を持っていた。


「おーい、揚げ物揚げてるときに離れたらだめだぞ~」


「あらいけない、そうだったね」


 リビングから聞こえてきた池沢先生のお父さんの言葉にうっかりおばちゃんははっとしていそいそと戻る。菜箸持ってたのはそのせいか。


 俺はその光景にクスッと笑ってしまった。そして、リビングに入る。


「あと少しでできるから、そこのテーブル座っててね~」


 池沢先生のお母さんの言葉を聞いてそのテーブルに目をやると、すでにたくさんの料理が並んでいた。肉じゃが、生姜焼き、刺身、卵焼き、豚汁、漬物各種......どれも美味しそうだ。


 俺たちはテーブルを囲うように座っていき、今池沢先生のお母さんが作っているであろう揚げ物が来るまで待つ。



「はい、お待ちどうさま~」


 五分くらい待っていると、池沢先生のお母さんが大皿を持ってやってきた。中には唐揚げとエビフライが入っている。ちなみに、エビフライは俺が想像していたまっすぐしているものではなく、エビらしくくるっと丸まって揚がっているものだった。


「じゃあ、いただきます!」


「「「「「いただきます!」」」」」


 池沢先生が手を合わせたので、俺たちもそれに続いて手を合わせる。


「はい、遠慮せずにどんどん食べてね~、あっ、ご飯のおかわりが欲しい人は、あっちの炊飯器にご飯がまだたくさん入ってるからね」


「「はい!」」


 俺は箸と取り皿を手に取って、まずは揚げたてのから揚げに箸を伸ばす。


 いったん取り皿に唐揚げを置いてからそれを口に運ぶ。


「旨っ!旨いです!」


「それはよかった、どんどん食べなさいね~」


「はい!」


 俺が思わずそう口にすると、池沢先生のお母さんはにっこりと笑って答える。


 唐揚げは外はカリっと、中はジューシー!って感じがした、ベタな感想だけど。味は醤油だな、若干甘めにしっかりとした味付けがされていているからご飯が進む。


 そうして、俺たちはしばし夢中で夕ご飯を食べた。



 ◇◇◇◇◇◇



「ごちそうさまでした」


「はい、あなたよく食べたわね~」


「あ、えっと、はい......」


 最後に青木部長が食べ終わり、手を合わせる。


 それにしても、青木部長がこんなに食べるとは思わなかったな~、俺の二倍は食っただろ。


 まあ、青木部長のガタイならこれだけ食べるのも納得かな......


 俺が一人で納得していると、池沢先生がおもむろに立ち上がる。


「今からお風呂行くけど、みんなは行く?」


「お風呂って......銭湯ですか?」


「うーん......まあ、そうだね。厳密には共同浴場っていうみたいだけど」


 共同浴場か......何か違いでもあるんだろうか?


「風呂行くんならタオルとか石鹸とか持ってけよ~」


「あっ、そうだった。すっかり忘れてたよ~」


 池沢先生のお父さんの言葉を聞いて池沢先生はポンと手を叩く。というか、銭湯にはタオルとか石鹸とか持って行かなきゃなんだな~、俺銭湯行ったことないから知らなかったわ。


「父さんと母さんも風呂一緒に行く?」


「いや、私たちはあんたたちが来る前にもう行ってきたからいいよ。みんなでゆっくり入ってきなさい」


 手を左右に振って断る池沢先生のお母さん。俺たちが来る前って言うと......五時前にはもう入ってたってことか、早いな。


「そう?じゃあみんな、お風呂行こうか~」


 そうして、俺たちは池沢先生のお母さんが用意してくれたタオルやら石鹸やらを持って外に出る。


 外は若干生ぬるかったが、少し風が吹いていたので案外涼しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る