第25話 合宿 6:尾琴岳
「はあっ、はあっ」
「頑張れー!あともう少しだよ!」
俺たちが必死になって階段を上っているとき、優希は上から俺たちのことを応援していた。上を見る余裕がないのでわからないが、多分青木部長と池沢先生も上で待っているんだろう。
というか優希、悪いんだが、応援するよりもまず荷物持つとか下から体を押すとかしてくれた方が、俺的には嬉しい。
そんなことを考えながらも、俺は重い足を一歩一歩ゆっくりと動かして、頂上を目指す。
「着いたー!」
「疲れたー!」
「お疲れ様」
頂上に着くなり、俺と琴音は荷物を放り出して地面に倒れこむ。それを見て、優希は少し苦笑しながらも俺たちに労いの言葉を掛けてくれた。
「小鳥遊さんも、お疲れ様」
「はっ、はいっ」
優希に声を掛けられて、一瞬ビクッと体を震わせて返事をする小鳥遊さん。顔が赤いが......この暑さのせいだろう。
「あと少し歩いたら今回の目的地に着くんだけど......どうする?」
池沢先生が倒れこんでいる俺たちのことを覗き込みながら尋ねる。
「えー、私は少し休んでから行きたいですー」
ぐでーっと寝転びながら返事をする琴音。先生に対してひどい態度だな。
「俺は今からでも大丈夫です」
「えっ?」
俺は一旦上半身を起こしてから池沢先生の問いに答える。
「ひどい!樹は私のこと裏切らないと思ってたのに!」
「なんだよそれ」
両手で顔を覆う琴音、つーか寝転んだまま話すなよ。
「あの、私も今から出大丈夫です」
「そっか。じゃあ、赤岸さんには悪いけど、もうちょっと歩くよ~」
「えー」
琴音は文句を言いながらもゆっくりと立ち上がり、そして歩き出した。
俺たちは階段を上りきった先、雑木林の中のくねくね道を歩いていく。緩やかな上り坂になっているのが少しきついな。
「そういえば、結局聖地って尾琴岳のどこなんですか?」
歩きながら、この中で唯一『心予報は雨のち晴れ』を見たことがない琴音が池沢先生に質問する。
「えっとね~、ここからもう少し歩いたところにある展望台だね。そこはもともと景観がいいから地元の人たちがよく来てたみたいなんだけど、『心予報は雨のち晴れ』の舞台になって、しかもその展望台で告白シーンがあったから、聖地としては一番有名みたいだよ」
「へえー......展望台ってことは、また階段上らなきゃなんですか?」
「いや、階段はないと思うよ。頂上に無理やり大きいウッドデッキ付けた感じだったから」
「?」
琴音にはうまく伝わらなかったようだ。
「あっ、広場に出た!」
先頭にいた優希が声を上げた。俺も優希がいるところまで行くと、そこには見渡す限り広い広い草原、というほどの広さはないが、それでも走り回れるくらいの広さの原っぱが広がっていた。
その端の方には、さっき池沢先生が言っていた大きいウッドデッキのような展望台が見えた。地面には乗っておらず崖にくっついているような形をしていて、確かに無理やり付けた感がる。
「結構広いんですね~」
「そうだね~」
広場には絶えず涼しいそよ風が吹いていて、火照った体を冷ましてくれた。夏なのに温風が吹いてないなんて、素晴らしい。
「人、いないね」
「まあ、平日ですしね~」
青木部長の言葉に、俺はシャツをパタパタとさせて涼しい空気を取り込みながら適当に返事をする。
「ああ~、涼しい~」
最後尾にいた琴音がようやく来たようだ、両手を広げて全身で風を感じようとしている。
「ほら、あとちょっとだし早く行こう~」
「急かしますね」
「まあ、僕も早くあの景色見たいからね~」
池沢先生もだいぶ楽しみにしていたみたいだ。
展望台に着いた。
「おおー!実際見るとすごいですね!」
「だね~!映画見たときもかなり感動したけど、こうやって実際見るとやっぱり違うね!」
展望台からの景色は予想以上に素晴らしかった。
青く澄み渡った大空の下には先程訪れた南海町があり、そのすぐ向こうには空よりも深い青の海が広がっていた。
また、展望台のすぐ下に見える尾琴岳の木々の緑も非常に美しく、空や海の青ともよく合っていた。
「本当は夕方に見たかったんだけどね~、スケジュールの都合上無理だったけど」
「ですね~」
ここで主人公が告白したのがきれいな夕焼けで海まで赤く染まった夕方だったからな~。本当ならその時間にここからその景色を見てみたかった。
「わあー!きれい!」
若干遅れて来ていた琴音も来てこの景色を見て、感嘆の声を上げる。
「それにしても涼しいね~、小夜ちゃん」
「そうだね~」
小鳥遊さんも絶えず吹いている風を受けて気持ちよさそうに目を瞑る。
「しばらくここでゆっくりしようか~」
「そうですね~」
そうして、俺は展望台にあったベンチに腰掛けた。
◇◇◇◇◇◇
「......っと、田中君?」
「......ん?」
目を開けると、池沢先生が俺の顔を覗き込んでいた。いつの間にか眠っていたようだ。
「んん、今何時くらいですか?」
「もう六時だよ」
「えっ!マジですか?」
ってことは俺、二時間以上寝てたのか?
「嘘嘘、まだ四時前だよ~。みんなが寝てからまだ三十分くらいしか経ってない」
「みんな?」
俺はその言葉が少し気になって、周りを見回してみる。すると、俺と池沢先生以外の四人が、さっきまでの俺と同じようにベンチで寝ていた。
「長時間の車移動で疲れてたみたいだね~」
「池沢先生は大丈夫なんですか?」
「うん、僕もさっきまで寝てたし」
そうだったのか。
「そろそろ起こした方がいいですかね?」
「そうだね、まだ時間には余裕はあるけど、できるならそろそろ出発したいかな~」
「じゃあ、起こしましょうか」
俺は早速ベンチで寝ている琴音の方へと向かった......よだれ垂らして寝てやがる、ひどいな。
「おーい、琴音~、起きろ~」
「......う、うーん」
琴音の肩を掴んで体を揺すると、琴音は体を少しくねらせて目をゆっくりと開ける。
「......何?今何時?」
「もう日が沈むぞ」
「えっ、ほんと?」
俺が池沢先生にされたことと同じことを、俺は琴音にした。
案の定琴音も驚いたようで、さっきまで半開きだった目をぱっちりと開けている。
「冗談だよ、まだ四時前」
「えっ......あっ、そうだったの?もー、そういうのやめてよ、焦ったじゃん」
「それよりもまずよだれ拭け」
琴音は、俺の言葉を聞いて自分の頬に手をやってから初めてよだれが垂れていることに気が付いたようで、慌ててぬぐう。
「青木君~、起きて~」
「......はっ」
池沢先生の方は青木部長を起こしたようだ。
「じゃあ、優希と小鳥遊さんの方も起こすか」
「待って」
なぜか琴音が俺のことを止めてきた。
「まず優希のことを起こして、それから優希に小夜ちゃんを起こしてもらおうよ~」
にやにやしながらそう提案する琴音、ぶれないな~。
「まあ、俺は別にそれでもいいけど」
そうして、俺は今度は優希の方に近づく。
「おーい、起きろ~」
「......ん、ああ、おはよう」
目をこすりながら優希は目を覚ました。
「優希、起きたばっかで悪いんだけど、小夜ちゃんのことも起こしてくれない?」
「ん?ああ、わかった」
琴音が横からさりげなく優希に言った。優希は琴音の企みに勘付くこともなく、ベンチですやすや寝ている小鳥遊さんの方へと向かう。
「小鳥遊さん、起きて~」
さすがに勝手に女子の体に触れることはまずいと思ったのか、優希はそっと声だけ掛けた。
「......んん」
小鳥遊さんがゆっくりと目を開ける。
「......え?あっ、おはようございます......」
優希の顔が目の前にあったので小鳥遊さんは顔を赤らめ、優希から少し目を逸らして挨拶をした。相変わらず反応がぶれないな~。
「うん、おはよう」
優希はそんな小鳥遊さんの心なんて気づくはずもなく、挨拶を返した。
ふと琴音の方を見ると、いつものようににやにやしながら......ではなく、どこか微笑ましいものを見るような表情をしていた。
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