第23話 合宿 4:コラボカフェ

 「あっ、これは!一話目から読者の涙腺を崩壊させたあの、龍人君が虎君を救ったと言っても過言ではない感動的なシーン!」


「確かに、このシーンは泣けたな」


 俺たちは『茨餓鬼バラガキ』原画展の最初のあたり、もうすでにアニメで放送されている部分のコーナーにいた。


 琴音が興奮したように早口で話して、俺はそれに対してうんうんと深く頷く。というか、琴音は誰に解説してるんだ?


「アニメで見たここのシーン、原作の方ではこうなっていたのか......漫画の方も買ってみようかな」


 顎に手を当て小さい声で呟いている優希。はたから見たらだいぶ落ち着いているように見えるかもしれないが、本人はあれでもかなり盛り上がっているんだろうな。


「あっ、これ......すごい、尊い」


 両手を口元に当て目をキラキラさせて原画を見る小鳥遊さん。見ているのは友情溢れる一枚の原画。うん、尊い、その一言に尽きる。


「すごい、原画だけでこの躍動感......」


 青木部長も感動しているようだ、口に手を当てて眉をひそめて原画をじっと見ている......怖いな、普通に話せているから忘れかけてたけど、こうしてみるとやっぱ青木部長怖いな。心なしかみんな青木部長のことを避けている感じがする。


「この絵、どこかで......って、えっ?」


「どうかしましたか?」


 池沢先生が原画を前にして少し驚いたような声を出したので、俺は気になって声をかけてみる。


「あっ、田中君。この絵、十年前くらいのあるラノベのイラストに似てるんだけど、気のせいかな?」


「えっ、なんていうラノベなんですか?」


「ちょっと待ってね......」


 池沢先生はポケットからスマホを取り出して文字を打ち検索する。


「ほら、これなんだけど」


「確かに、似てますね......」


 池沢先生が俺に見せてくれたスマホの画面には、おそらくラブコメであろう、男女が描かれていたラノベの表紙のイラストが表示されていた。


 確かに、イラストの方はまだ少し荒があるけど、似ているな。まさかの同じ人?


「あっ、おんなじ人みたいだよ、ペンネームが全く一緒」


「へえー、『茨餓鬼バラガキ』の作者って前はイラストレイターやってたんですね」


「そうみたいだね~」


 そういう人もいるんだな、ちょっと意外だったかも。


「樹!こっちにアニメの八話目のあの名シーンがあるよ!」


「八話目って言うと......あれか!えっ、どこどこ?」


「こっちこっち!」


 俺は琴音が手招きする方へと向かっていく。


「おおー!原画はこんな感じなんだな、アニメの方も感動したけど、こっちもこの一枚だけでぐっとくるな......」


「だよね!私このシーンはアニメのよりも原作の方が好きかも。なんか、このシーンは映像で見るより一枚の画として見たいというか、そっちの方がこのシーンの魅力が伝わるというか......わかる?」


「あー、なんとなくだけど、わかる気がする......俺、アニメのこのシーンだけ一時停止させたから」


「あっ、それ私もやった!やっぱ樹はわかってるね~!」


 琴音はそう言って俺の背中をバシバシと叩いてきた。琴音は力がないので大して痛くはないが、若干ウザい。


 ......その樹と琴音のやり取りを見ていた池沢輝彦は、


「青春だね~」


 少し面白がるような表情で微笑んだ後、しみじみとそう言った。



 ◇◇◇◇◇◇



 カラン カラン


茨餓鬼バラガキ』原画展の展示を見終わり、俺たちは、アニメ『異世界ファミレス、本日も営業中です!』のコラボカフェへと来ていた。


「わっ、すごい!アニメで見たのと一緒だ!」


「ほんとだな~、壁の色とか机とか照明とかもアニメのまんまだ」


 俺と琴音は感嘆の声を上げる。他のみんなも驚いているようだ。


 店内は、このアニメの主人公が営業しているファミレスを忠実に再現しており、壁や床や天井の色、机や椅子の形、照明など、内装にかなりこだわっていた。


「いらっしゃいませ。失礼ですが、身分証の御提示をお願いいたします」


「はい」


 池沢先生は財布を取り出して、その中から身分証らしきものを取り出して店員さんに見せる。


「はい、御予約頂いた池沢様ですね。お席へご案内いたします」


 俺たちは店員さんについていく。


「こちらでございます、ご注文がお決まりになりましたらそちらのベルを押してください。では、失礼いたします」


 店員さんは一礼してその場を後にした。


 店員さんが去ったのを確認してから、俺は静かな声でこっそりと琴音に尋ねる。


「......コラボカフェって予約制なのか?さっき初めて知ったんだけど」


「あー、予約制のとそうじゃないのがあるけど......まあ、予約制の時は予約番号とか予約した人の身分証とかが必要になるね。それよりもさ、店員さんの服装!あれ、わかりにくいけどアニメで出てきたのじゃない?」


「ん?......確かに、言われてみれば!」


 琴音に言われて他の店員さんの服装を見てみると、アニメのファミレスの従業員の服装にそっくりだった。こんなところまでこだわっているのか......なんかテンション上がるな。


「はい、メニューだよ~」


「あっ、ありがとうございます」


 俺は池沢先生が手渡してくれたメニューを受け取って、どれを頼むか決めるために開いて......


(高っ!)


 俺は思わずそう言ってしまいそうなのをぐっとこらえて、もう一度よくメニューを見る。


 ......うん、見間違いじゃなかった。


 2500円、2900円、2300円、900円、1900円、3200円、1200円......どれも高い、うちの近くのファミレスの倍以上の値段がある。(ちなみに、900円と1200円はデザートとドリンクである)


 俺は、みんなはこのメニューに対してどんな反応を見せているのかと思って見てみたが、特に驚いていたりすることもなくメニューを眺めていた。


 ......ま、まあ、コラボカフェだからな。料理だけじゃなくて、アニメの世界観とか、頼んだらもらえるグッズとか、そういうの全部合わせてこの値段ってことだよな!


 俺は心の中で自分にそう言い聞かせて、とりあえず値段は見ずに頼みたい料理を決めることにした。


 

 ◇◇◇◇◇◇



「あー、美味しかった!」


 俺たちは料理を食べて、コラボカフェを後にしていた。


「予想以上に料理のクオリティが高かったな~、飯テロが多いアニメだけあってそこはこだわったんだろうな」


「そ、そうだね。グッズもちゃんとしてたし、結構よかった」


「そうですね、良かったです」


 みんな楽しめたようだ、俺は値段が気になってあんまり......


「あれ、どうしたの?浮かない顔だけど」


 そんな俺の様子に気付いたのか、琴音が話しかけてきた。


「あ、ああ、実は......」


 そうして、俺は値段が気になってあんまり楽しめなかったことを伝えた。


「ああー、そういうことか」


「店の雰囲気とか、アニメの世界観に忠実なところは入ってみて結構テンション上がったんだけど......」


「樹はそういうの苦手なのかもね、グッズとかにお金使うの。私は結構グッズとかにお金費やすからよくわからないけどさ」


「僕もどちらかというとグッズとかは買わない派だから、気持ちはわかるよ~。なんだろう、キャラじゃなくて物語自体が好きだから、キャラグッズとかには魅力を感じない、のかな?」


 池沢先生がフォローを出してくれた。確かに、俺もキャラじゃなくて、アニメ自体、物語自体が好きで見てるからな......特別好きなキャラとかもいないし。


「ま、気持ちを切り替えて!次の聖地に行こう!」


「......そうだな!」


 優希が背中を叩いて励ましてくれたおかげで俺は少し気持ちを切り替えることができた。


「次の聖地は、『心予報は雨のち晴れ』の舞台の南海町だね~。じゃあ、まずは車止めてる駐車場まで戻ろうか」


 そうして、俺たちは車を止めてある場所まで戻っていった。

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