Snow Story
氷魚
第1話
わたしには好きな人がいる。
毎週金曜日の放課後、北校舎の図書室にその人はいた。
夕日の光に照らされて光る短めの金髪。右耳につけている翡翠色のピアス。
――――今日も来ている。
その人は決まって、毎週金曜日の放課後にいるのだ。そして、本を読むわけでもなくただ、窓の外から誰かを見ている。
「あの」
わたしは図書委員。本が好きだからだ。主な仕事は、本の貸借受付や本の整理、図書室の清掃などがある。
わたしはそろそろ図書室が閉まる時間だと伝えるために、その人のもとへ近づいた。
その人は何の返事もなく、こちらを振り向いた。
初めて真正面から見たその人の瞳は力強かった。
「そろそろ、図書室閉めます…」
「…ああ」
その人はゆっくり立ち上がり、窓の外を眺めた。いつもの一言を。
「またな」
その言葉はわたしに向けての言葉ではない。分かっている。分かっているけれど…。
やっぱり、好きな人から発する言葉の全てはわたしにとって甘い毒薬のようで。
体が動けなくなるほど、痺れてしまう。
わたしがそんなことを考えているうちに、いつの間にかその人はいなくなっていた。
「なあ、その人の名前は?」
週が明けて、月曜日。
わたしは幼馴染の瑠偉は屋上でお昼ご飯を食べていた。寒いけど、誰もいないし、空気が綺麗だし、何より屋上で瑠偉と食べるのが日課だからだ。学校生活での楽しみの一つでもある。
ふと、空を見上げてみたら、朝の土砂降りが嘘のように雲一つない青空が広がっていた。その蒼い中を、一羽の小鳥が線を引くように飛んでゆく。
瑠偉はわたしがその人を好きだってことを知っている。
「さあ?知らないよ」
「は?馬鹿なの?名前くらい聞けよ。アプローチできないじゃん」
「図々しい人だって思われたくないの」
「意味分からん」
わたしは自分で作ったお弁当を食べながら、『雪の断章』(著 佐々木 丸美)という小説を読んでいた。
この話は可愛くて可愛そうな少女が二人の青年の愛によって、強くも美しい、優しい女性に成長する物語である。少女の心情と雪の描写が見事にリンクした作品だ。
「告白しないの?」
「そういう瑠偉こそ、好きな人はいないの?」
瑠偉はお弁当を食べ終えたのか、寝そべっていた。
食べた後、すぐ横になると牛になるよ。
そう思いながらも、瑠偉の返事を待った。
「うーん、俺は今、恋愛とかはいいかな。好きなことやりたいし」
瑠偉は美術部だ。昔から絵が上手で、よくコンクールで入賞していた。ちなみに、今回は大きなコンクールに向けて、準備を進めているという。
「そうなのね」
わたしは改めて、瑠偉の質問に答えた。
「告白しないよ」
「なんで?」
わたしは笑って見せた。
「見てるだけで幸せだもの」
「ふーん。葉月がそういうんなら、俺はもう何も言わないよ」
瑠偉は眠くなったのか、「5時間目の5分前になったら起こして」と告げて、眠ってしまった。
Snow Story 氷魚 @Koorisakana
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