第2話 素直になれなくて

目が覚めると頭が重く、真夏だというのに何だかとても寒くて身体が震えている。

どうやら風邪を引いてしまったみたいだ。熱を測ると38度近くもあった。

昨日の雨のせいだろうか?頭のなかに霧がかかり起きる事さえままならない。

それでも気合を入れてベッドから這い出し、風邪薬を飲んでミルクティーで身体を暖める。

今日は何としてもあのカフェに行って彼に傘を返すのだ!

もし、逢えなかったとしてもそれはそれで構わない。かえって踏ん切りが着くというものだ。こう見えて私は意外に頑固者なのだ。

病院に行った方が良いのは解ってる。でも、その気にはなれない。

大丈夫!こんな熱なんて大したことは無い。バイト先には事情を説明して夕方まで安静にしていれば症状も回復するだろう。全く根拠の無い自信だけど,,,,,,。


いつの間にかまた眠ってしまったみたいで気付けばお昼をとうに過ぎていた。

まだ身体はだるくて気分も冴えないので当然、食欲なんて無い。

バスルームに行き鏡に写った自分を見て愕然とした。なんとも悲惨な顔と姿。

よれよれのTシャツと短パンがその惨めさをより際立させている。

これじゃあ彼氏どころか犬さえ寄ってこないだろう。

シャワーを浴びる事が良くないのは解ってる。でも、汗ばむ身体と爆発髪で外出するなんて流石の私にも無理だ。ましてや(彼に逢うかも?)知れないのに。

普段から化粧っ気のない私だがルージュくらいは持っている。

スカートなんて滅多に履かないけど今日は淡い水色のワンピースと決めていた。

私が今チョイス出来る目一杯可愛らしいファッションがこれなのだ。

もう一度鏡を見直して(作り物?)の自分とご対面。目一杯の笑顔を作ってみる。

私、何やってるんだろ?ただ親切な人に傘を返すだけなのに馬鹿みたいに燥いじゃってさ。しかも逢えるかどうかさえ分からないのに。何だか自分の滑稽さに嫌気がさしてきた。それでもしっかりと傘を持ち部屋の鍵を掛けた。


外は雲一つない真夏日で少し歩いただけで汗が滴り落ちてくる。

あちらこちらで蝉が大音量で鳴いている。まるで「こんな日に傘持ってるバカが此処にいるぞ!」とでも言わんばかりの大合唱だ。

「ふ~んだ。好きに鳴いてりゃいいよ。私にはこれから一大イベントが待ってるのよ!アンタ達の悪口?なんて聞いている暇は無いのよ!」

自然と足取りが早くなっていたみたいで直ぐに地下鉄の駅に着いた。

エアコンが効いていて普段なら快適に感じるのだろうがまだ熱があるのか少し寒い。

目的地は二駅向こうだから5分程なんだけれども数十秒に感じられた。

カフェの前に無事到着。でも当たり前だが彼の姿は無い。

カフェの窓は曇りガラスで中が良く見えない。仕方が無いのでこのまま少し待つことに決めた。「ビニール傘様、どうか彼に逢わせて下さい!」目を伏せてそう祈った。


不意に目の前に人が立っている気配を感じた。そっと顔を上げてみたら彼だった。

相変わらずの無表情だが少しだけ不思議そうに私の顔を見つめている。

「あの、これ・・・。」としか言えない私。

「お前、傘を返しにわざわざ来たのか?」とこれまた呟くような小声で彼が言う。

いや、ちょっと!初対面(正確には二度目だけど)の相手にお前ってなによ!私はアンタの彼女じゃ無いんだぞ!しかも、体調が悪い中必死で来たのに何なのよコイツ!

そう心の中で呟いていたらいきなり額に手を当てられた。ひんやりとしてとても気持ちが良かった。

「熱がある。身体も震えている。」まるで感情の無い機械のDrが患者に吐く様な言い方だったけど変な安心感があった。その瞬間、私は激しい目眩を覚え意識が遠のく感覚に見舞われた。


なんとなくだけど(私は彼に抱えられている)というのが解る。

本当なら顔から火が出る程恥ずかしい筈なんだけど今の私にそんな余裕などある訳がなくただただ彼に身を任せていた。どうやら近くのクリニックに連れて来てくれた様だ。処置室に入り点滴針を刺されたところまでは覚えているが直ぐに眠ってしまったみたいでその後の記憶が全くない。ただ彼がそばにいてくれているのは解る。

それが安心感に繋がったのだろう。私は深い海に沈むように眠りに落ちた。


どの位眠っていたんだろう?点滴は既に外されていた。

ということは2時間程経過している筈だ。さっきまでの具合の悪さが噓のように体調が回復していた。「ぐう~。」とお腹の音が鳴る。そりゃそうだろう朝から何も食べて無いんだからお腹だって減るわよ!

「フッ!」と鼻で嘲笑う声がした。しまった!あまりの回復の良さにリラックスし過ぎて彼の存在を忘れていた。痛恨のミス。しかし身体と言うのは正直で無情にもまた

「ぐう~。」と鳴ってしまう。恥ずかしさを通り越してもはや開き直るしかないのか?なるべく目を合わせないようにゆっくり彼の方に顔を向けた。

「迷惑をかけてしまってごめんなさい。私、重かったっでしょ?」とお道化て言ったが彼の返事が意外な言葉だった。

「お前、腹が減ってるんだろ?近くに仲間がやってる洋食店があるから行くか?」

そんなこと急に言われても返事に困るよ。名前も知らない男の人に食事なんて誘われたら誰だって動揺するでしょ?でも彼の言葉からは(下心)など微塵も感じられないのが伝わる。私ってそんなに魅力がないんだろうか?


結局、彼とその店で食事をする事になった。店に着くまで彼は一言も喋らず私はただ彼の後ろを必死に付いて行くしかなかった。彼の歩くスピードが尋常では考えられない程早かったからだ。「コイツは女の子が一緒なのにそういう気配りも出来ない奴なのか?」彼の後ろ姿にそう毒づいてたら店に到着した。レンガ作りの小さな店で余計な装飾やオブジェなど何も無いが清潔感があり落ち着いた雰囲気の店だ。

まるで定位置が決まっているかの様に無言で真っ直ぐに一番奥の席に向かう彼。

私は緊張しながら後に付いて行くしかなかった。「ランチで良いか?」と聞かれ頷く私。彼はカウンターの向こうにいる定員さんに指を二本出しただけだった。


「タズマが女の子を連れて来るなんて驚くぜ。いつのまに彼女が出来たんだ?」

「そんなんじゃ無い。こいつの名前さえ知らなかった。昨日ちょっとしたハプニングがあったのさ。で今日もその続きがあっただけだ。食ったら直ぐに帰るよ!」

何という言い方。というか、コイツはタズマって名前なんだ。性格も名前もひねくれている。少しときめいていた私が馬鹿だった。確かに助けてもらって迷惑もかけたけど言葉に棘があり過ぎるんじゃない?この店に来てからも一切目を合わせないしさ!正直会いに来たのを後悔する自分がそこにいた。こうなったらもうやけくそだ。体裁なんて気にしないで豪快に平らげてやる!


お腹が減っていたのを割り引いたとしても本当に美味しいランチだった。

行動範囲内なのにどうしてこんな店があったなんて知らなかったんだろう?

コイツ抜きで一人で来ても良いな!と思う程だった。

食後のアイスティーを飲んでいたら不意に定員さんが話しかけてきた。

「君はタズマを不愛想で取っ付きにくい奴だと思ってるだろ?それは正解さ。でもそれはコイツのごく一部に過ぎない。根は優しくて正義感の強い良い奴なんだ。ただ、口下手なだけさ。付き合ってみればきっと解ると思うよ」。

タズマは「余計な事を言うな!」という顔で定員さんを睨みつける。

「なんだ、照れてるのか?分かり易い奴だな。じゃあ聞くが何故、彼女を連れて来た?お前はいつだって独りだろ?反論があるのなら聞いてやるぞ!」


「コイツの腹が2回鳴った。ただそれだけだ。」俯き加減でタズマが言う。

何て事を言うのよ!他のお客さん達にも聞こえるじゃない!

「だから?ガキじゃあるまいし腹が減ってりゃ自分で食えるだろ?要するにお前は彼女を此処に連れてきたかったのさ。そう思う奴は手を挙げてくれ!」

驚いた事にその瞬間店内にいた全てのお客さんが一斉に挙手する。

えっ、みんな知り合いなの?何なのこの店!どういう事?

私は思考が停止状態だし、タズマは(罰ゲーム)を受けた子供みたいに苦虫を嚙み潰したような顔で真っ赤になっている。

「驚いたかい?此処にいる奴等は皆、知り合いで仲間なんだ。勿論タズマの事は何もかも知ってる連中だ。だからタズマは何も言い返せないのさ。」

つまりこのお店はタズマとその友人達が集う場所で彼等、彼女等にとって(特別な空間)ってことみたいで私はそこに招かれたらしい。


皆、優しい眼差しで私とタズマを見ている。スーツ姿のサラリーマンやちょっと強面の人もいるし女の私でさえうっとりしてしまいそうになる美女もいる。予備校生か?と思わせる人もいればアイドルグループの(センター)居てもいてもおかしくないと思わせる女の子もいる。

いろんなタイプの人がいても別に当たり前なんだけど私は「妙な違和感」を隠せないでいた。確かに見た目は何処にでもいる人達なんだけど何かが違う。

「あの、このお店は私一人で来ちゃダメですか?」と尋ねてみた。

「勿論、大歓迎だよ。別にタズマに気を使う必要なんて無い。なあ、そうだろ?」と定員さんが言ってくれた。

「好きすればいい。」相変わらずタズマは無愛想なままだがその声は優しさに満ち溢れている様に聞こえた。


「君、名前は?」と定員さんが言う。

「私は南田真理といいます。宜しくお願いします。」と言ってぺこりと頭を下げた。

「俺はカミオ。俺達は皆名前で呼び合ってるんだ。仲間だから呼び捨てだよ。だから君も今日から(マリ)って呼ぶけど構わないか?」

「全然いいです。むしろその方が嬉しいです。私って友達があんまり居ないんです。なんだか急に友達が沢山出来ちゃった。」素直にそう言えた。

「他の連中も良い奴ばかりだから安心しなよ。何度か通ってくれば自然に名前も覚えるから自己紹介は今日は構わないだろう。なあ、タズマ?」

タズマはただ頷いただけで相変わらず私の方は見ないでいる。


まるで予定していたかの様に他の人達が一斉に席を立ち始めた。

「頑張れよタズマ!」「仲良くね!」「大事にするんだぞ!」などそれぞれタズマに声を掛けながら店を出て行く。その度にタズマは「そんなんじゃねえよ!」と口ごもる。少し恥ずかしそうなその仕草がなんだか可愛いと思う私。

成り行きはどうであれ思わぬ形で(友達?)が出来た事が嬉しかった。

言葉に出来ない違和感はまだ残ってるけど気にしないと決めた。

見ず知らずの私に傘を貸し、病院に運んでくれて最後まで付き添ってくれたタズマ。

そしてそのタズマをよく知る人達との出会い。今日という日はそれに尽きる。


「お前まだ帰らなくていいのか?」とタズマが言う。(帰れって事?)

「おいタズマ!それはルール違反だ。俺達の仲間は名前で呼び合うと決まっている。マリは仲間じゃないとでも言いたいのか?」

カミオの言葉にタズマの動揺が見て取れる。(結構奥手なのかも?)

「タズマが帰るなら私も帰るけど.....。」自分でもビックリするほど自然に(タズマ)と呼べた。

タズマがさりげなく席を立つ。「じゃあ帰ろうマリ!」「うん!」

「それでいい。タズマ!ちゃんと送るんだぞ。」とカミオが言う。

「うるせぇよ。おい行くぞ!」と速足で出口に向かうタズマの後ろを付いて行く私。

「マリ!いつでも来なよ。」とカミオが私の背中に言ってくれた。

「本当に美味しかったです。絶対にまたお邪魔します。有難うございました!」振り向いて手を振りながら店を出た。


夕暮れの街が静かに時を刻んでいる。その中を二人でゆっくりと歩く。

話したい事、聞きたい事がいっぱいあったが何をどう話していいのか解らない。

あまりにも刺激的な出会いと急展開に戸惑っている事を隠せない私。

タズマもきっと同じだと思う。でも彼は今ゆっくりと歩いてくれている。

その気遣いと優しさがとても嬉しかった。逢えて良かった。それが本心だった。

ひょっとして私今恋してるのかな?タズマは私の事をどう思っているんだろう?

いやいや馬鹿な事を!と首を振っていたら「お前、何やってんだ?」と言われてしまった。慌てて「何でもないよ!」と答える私。

気付けば出会ったカフェの前に着いていた。一瞬目が合う二人。

彼はすぐに目を伏せ「此処で良いか?」とぶっきらぼうに言う。

私はわざと「もう少し気のきいたセリフ言わないと女の子にモテないぞ!」と言う。

「余計なお世話だ!女なんてめんどくせぇだけだ!」(強がってるの?)

「折角アドバイスしてあげてるんだからもう少し素直になりなさいよ。」

少し寂しげな表情をタズマが見せたが直ぐに「じゃあな!」と言って背を向ける。

その背中に向かって「色々と有難う。楽しかったよ。」と声を掛ける。

タズマは振り返らなかったが手を挙げて親指を立てた。タズマが遠くなっていく。

そして私の手には彼のビニール傘がまだ残されていた。



























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