上級大学(バカロレア)の図書館〜大陸から来た少年〜

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

上級大学の図書館〜大陸から来た少年〜


 ユーリは大陸の都市にある上級大学バカロレアの試験を受けたことがある。


 田舎育ちで学校もないような所で育ったユーリに学問を教えたのは近所の図書室みたいな『文庫』を維持していた老夫婦と血の繋がらない祖父である。


 血の繋がらない祖父とは何かといえば、本当の祖父が亡くなったあとに祖母が出会った男性がその人であるというだけだ。


 しかも結局籍は入れなかったというから、口さがない田舎にしてはかなり勇気のいる関係であったと思われた。


 なんにせよ一応祖父というポジションにいる彼はユーリの知らないことをたくさん教えてくれた。


『文庫』を営む老夫婦が言語や歴史を教えてくれたことに対して、この人は生き物のことや鉱石のこと、算学などをユーリに仕込んだ。


 あいにくとユーリの興味は歴史——神々の遺跡のそばに住んでいたから仕方ないことではあるが——に傾いていたので、もしかしたら寂しい思いをさせたかもしれない。


 しかしこの三人がユーリの学問の基礎を作ったのは間違いない。


 それが表面に現れたのは上級大学バカロレアで試験を受ける羽目になった時であった。




 ユーリは田舎の村を出る時、東の島——大陸の端のさらに東にある『中央島』を目指した。神話の端に連なる精霊が未だ住む四つの島に囲まれたというところに惹かれての旅だ。


 神話の採集を目指して、ユーリは出立した。




 たくさんの書物と共に移動するので荷運びの手間がかかる旅だった。時折り運び人を頼んだりしたが、費用もかかるし本も痛むのでユーリは大変気を揉んだものだ。


 荷馬車に相乗りさせてもらったりしながら陸路を辿り、やがて見えてきてのは大陸最大の都市『アスティコルヴ』である。


たくさんの尖塔が連なり、壮麗な佇まいが街中に溢れている。時を知らせる鐘が鳴り響く様は幻想的でユーリを圧倒した。


 名物や土産物には興味がないユーリだが、気になる施設が一つある。ここには大陸中の書物が集まって来ているのだが、それを収めた場所が上級大学バカロレアの図書館なのだ。


 ユーリが図書館へ行くために石畳の路地を進み、大学の校内に入ろうとしたところ、いかなり守衛の手で阻まれた。


 大学の関係者か学生など、あるいはそれに見合う身分の者でなければ入れないのだという。


 折悪しく旅姿のユーリは大陸特有の砂埃にまみれ、お世辞にも立派なみなりとはいえなかった。


 そのせいか通りすがりの学生達にも揶揄され、流石にユーリも腹を立てた。


「人を身なりで判断するのがこの学校の流儀なんですか?」


 正直言ってユーリは排他的な守衛のせいで、学問の最高峰への憧れを壊された気分である。


 広く開放してこその図書館ではないのか。


 知識を求める者へ解放しなくてどうするというのだ。


 揶揄からかってきた学生の一人がさらにやじってきた。


「そうはいうがね、見合う学力が無ければ図書館に入っても無意味ではないかね?」


「そうだそうだ。宝の持ち腐れってやつさ。高価な本を眺めるだけでは学問とは言えんだろう」


「いったい君はどこから来たのかね?」


 ユーリは恥じることなくクウァエレ村の名を出した。


「どこだい、そこは?」


「誰か知っているか?」


 ゲラゲラと笑われてユーリはさらに絶望を感じる。最高峰の学徒がこんなにも下劣な人達だとは思いもしなかった。


 そこへ——。


「見合う学力があれば良いのだな?」


 重々しい声が投げかけられた。


「サビギオ教授!」


 学生達の驚く声があがる。振り向けば禿頭に白く長い髭を蓄えた痩せた背の高い老人が立っている。片手には杖を持ち、もう片方には皮の表紙の本を持っていた。


「教授、コイツはただの観光客で……」


「初対面の相手をコイツ呼ばわりとは君も大したものだな、ルッツ君」


 名前を呼ばれた方は赤面して顔を伏せた。


「いつも赤点ギリギリの君が学力について語るとはなかなか面白い。旅のお方、どうぞこちらへ」


「教授! それでは僕らが納得できません! ここは学問の砦です」


「そうですよ! 誰彼構わず入って良い場所じゃない!」


 わあわあと騒ぐ学生達にサビギオ教授は苛立ったのか、カンッと杖を石畳に打ち付けると、怒ったようにこう言った。


「では、彼が君たちと同じ試験を通れば文句はあるまいな!? 君、来たまえ!」


「え? は?」


 サビギオ教授はユーリに本を押し付けると、彼の腕を取ってズンズンと進み出した。後からはニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべたルッツ達がついて来る。


 ——し、試験?




 小さな講義室に通されたユーリは老教授から数枚の紙を渡される。ついでに大学の校章の入った鉛筆も渡された。


 目を通すと言語学についての質問がいくつも並んでいる。


「これは我が校の入試問題じゃ。このあと歴史と理数との二科目ある。制限時間はこの砂時計が落ちるまでだ」


 有無を言わさずサビギオ教授は大きな砂時計を逆さまにした。白い砂が静かに落ちて行く。


 ユーリはすぐに鉛筆を手にした。


 クスクスと笑う声が部屋に広がる。


 ——見ろよあの顔。問題に驚いているぜ。


 ——文字が読めないんじゃないか。


 黒い羽虫のような嫌味は、サビギオ教授のひと睨みで霧散する。


 ——おいルッツ、行こうぜ。


 時間の無駄とばかりに出て行こうとする学生に、ルッツは首を振る。


「いいや、俺は見届けるぜ。不正しないようにな」


 わざと大きな声で圧をかけるルッツに、他の者も賛同してユーリを監視し始めた。


 一方のユーリは——。


 確かに驚いていた。


 しかしそれは問題の答えがわからないからではない。


 ——これは。


 わかるのである。


 問題を解きながら、ユーリは故郷に思いを馳せる。


 ——おじいちゃん達が僕に教えてくれてことは、真にだったんだ。


 応用するための真に必要な基礎。その基礎を叩き込まれたユーリはどの科目もすぐに書き終えた。


 目を丸くした学生とサビギオ教授。


 しかも、解答はほぼ満点であった。


「そんな馬鹿な!」


「馬鹿なとはなんじゃ。——彼の学力は問題ないようじゃな」


 ユーリに不正が無かったことは自分達が監視していたのだから自明の理だ。ルッツ達はしおしおと引き下がるしかなかった。





 サビギオ教授に巨大な図書館を案内されながら、ユーリは自分の旅について説明していた。


「なるほど。君は直接真実を探しに行くわけじゃな」


「まだ金の時代の物が多く残っていると聞きますので、それらを調査するのが楽しみです」


「このまま大学に引き留めたいところであるが、仕方ないのう」


 別れを惜しみながら老教授と別れると、ユーリは図書館を堪能したのだった。





 帰り際、門を出ると嫌味な学生のルッツがいた。どうやら一人でユーリを待っていたらしい。


「持ってけよ」


「え?」


 手渡されたのは上級大学バカロレアの校章が刻印された新品の鉛筆であった。


「あ、ありがとう」


「また来るか? そん時は俺が図書館を案内する」


「いいの?」


「サビギオ教授も認めてんだ。いいに決まってる」


「ルッツ君、だったね。僕はユーリ」


「また会おう、ユーリ」





「綺麗な鉛筆ね」


 ユーリの手元で揺れる鉛筆を見てシキは素直にそう言った。金色の装飾が陽の光を反射して部屋の中にキラキラとした花を散らす。


「ええ、綺麗でしょう? 特別な鉛筆なんです」


「金色の紋様に何か秘密でもあるの?」


 シキにそう問われてユーリは微笑んだ。


「大きな図書館に入れる鉛筆なんですよ」





大陸から来た少年〜大学の図書館〜了

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