第2話 四人兄妹
「私はなにも辛くないわ」
明け方のダイヤモンドは言った。
「そんなはずない! 姉さんは……元々は『春子』っていう普通の名前だったんだ!」
俺はそう言った。
けれど、明け方のダイヤモンドは、首を横に振って
「そう、春子という名前のメイド……召使だったわね。宇宙彗星坊ちゃん」
と、そういうとんでもなく俺の心を傷つける台詞を口にするのだった。
「姉さん…」
「勘違いしないで、私は坊ちゃんとして仕えていた頃の、
姉さんは微笑する。
「けど、ダイヤモンド姉さん! 私も姉さんに勉強の世話をしてもらったり、一緒にお風呂に入ってもらったりで、みんなダイヤモンド姉さんのことが大好きなのよ! この毒親の、エンジョイライフよりもずっとね!」
キミと二人のキセキは、あえてエンジョイライフを睨みつけながら叫ぶ。
「けれど……姉さんはメイドのままだったら『春子』っていう素晴らしく最高の、ごく普通の名前だったのよ!? 春子でまあまあ金持ちの家のメイド……それがどれだけ羨ましいと思うの!? 姉さん、こんな馬鹿親のせいで、明け方のダイヤモンドなんて、ふざけた名前を!」
これには、妹の幻の金時桜も
「ぶーぶー、そうだもん! 私、お姉ちゃんになったお姉ちゃんも大好きだけど、メイドの時に髪を三つ編みにしてくれたりした、春子姉ちゃんもおんなじくらい大好きだったもん!」
と口を揃える。
しかし、明け方のダイヤモンド姉さんは、
「貴方達には一生分からないわ……少し変な名前でも、『自分の家にお金がある』っていう事がどれだけ恵まれたことなのか……私、大好きな三人がずっと羨ましかった。変な名前というだけで『仕事』を何もやらずに済むんだから」
と、またも俺たち全員を傷つける言葉。
そう、俺も知ってるんだ。明け方のダイヤモンド姉さんが、俺たちの育児や料理全般を、亡くなった母親の代わりにやってくれてる時、時折、疲れ切ったように自分で自分の肩を叩いたり、貯金通帳を見て「これでお母さんの入院費用は少し足らないわね、宇宙彗星坊ちゃんの家庭教師の時間を少し増やしていただこうかしら、エンジョイライフ様に」と漏らしていたことを。
「その通りじゃ! 馬鹿者、愚か者ども!!」
エンジョイライフは怒鳴った。
「お前たちが着ている、一枚一万円以上するシャツと、毎週国産和牛を食べれるのは誰のおかげだ? わしの稼ぎだ!」
「毒親そのものの台詞を言うんじゃねえ、エンジョイライフ!」
俺は怒鳴った。
「ふん。じゃあ、お前はあの『猫とメイドカフェ』に来る、気味悪いオッサンに接客できるのか? 秋葉原のど真ん中に、あえて甲冑を着込んだ『戦士と女騎士カフェ』では? 重さ25キロのホンモノの西洋甲冑で一日八時間働くんだぞ!? しかし、何故か客が集まって大盛況だ! この馬鹿者おお! お前なんぞ、男なのにバイオリンより重いモノ持ったこともないだろう? 甲冑を着た瞬間に店の床に穴が空く勢いて倒れ込むぞ、この愚か者め!」
くっ、確かにこのエンジョイライフ、ふざけきっているが何故か商才があり、基本的に店は常に流行っている。
そしてしばしばテレビ出演し、なんと『ヒットしたければ変な名前にしろ!』というビジネス書を出し、それもなかなか売れている。
そして俺が「バイオリンを習いたい」と言った瞬間、すぐにバイオリンの家庭教師をつけてくれたのもまた、このエンジョイライフだ。
「見てろよ……今にバイオリニストとしても、貯金額でもあんたを超えてやるからな!」
「ぐっはは! 貯金はともかく、バイオリンは永久に無理だ! ワシがピアノとバイオリンのコンクールをいくつ入賞していると思うのだ!? バカモノおお雄雄々!」
くっ、なんて嫌味な父親なんだ……!
なんでこんな男が、ピアノもバイオリンもプロの腕前で商才まであるんだ?
もし、本当に神とやらがいて、人間や世界を創造したのなら、それはエンジョイライフよりも性格がねじ曲がっていたんだろう。
そもそも、五十台なのに「わし」とか「~じゃ」とか、どういうことなんだコイツは。
「けれど、父さん。エンジョイライフ父さん」
明け方のダイヤモンドが言った。
「このままでは弟や妹たちが可哀そうです……」
そう漏らす。
「うん? そうかな、わしのダイヤモンドよ」
と、エンジョイライフも明け方のダイヤモンド姉さんの言うことはにこやかに聞くのだ。
「そろそろ……この家。『時岡タイマー家』にある、秘密を教えてあげてはどうでしょうか? この子たちも、そういう年齢です」
すると、あの毒親が「ううむ」と困り顔で唸った。
珍しい。ハレー彗星よりも惑星直列よりも珍しい。エンジョイライフが困っているなんて!
「そうじゃなあ・・・」
俺は、
「なんだよ、姉さん。このヘンテコ家の秘密って……?」
明け方のダイヤモンド姉さんはニコリと笑って、
「ごく簡単よ。実はある条件を満たせば、改名することができるの……!」
と言うのだった。
「ええ? お姉ちゃん、本当? 先に言ってよお! なんでってするモン!」
「ちょっとダイヤモンド姉さん!? どうして今まで黙っていたのよ?」
二人の姉妹が驚いている。
俺と同じように。
「というのも……その条件が、悲しかったから。私には……大好きなみんなが遠くに行ってしまうようで」
そう明け方のダイヤモンド姉さんは言う。
「ええ? まさか……海外に居住するとか? 家族に会えなくなるとか?」
俺は聞いた。
「ええ!? お兄ちゃんにも会えなくなっちゃうの? まるで西村カーナの歌みたいに? それじゃヤダもん!」
西村カーナは恋愛ソングのヒット曲を連発しているが、「いつまでも会えない」「恋人はどこにいるの?」「生きているのに死んだような彼氏」「恋人、もしかして私を避けてる?」などのタイトルで、基本的に永久に会えない彼氏について歌う事で有名だ。
また、実在する名歌手、西野カナとは関係ないという事は言うまでもない。
「いいえ、全然違うわ。安心して、まぼきん。むしろ、今まで以上にずっと一緒に入れるかもね」
という姉さん。
幻の金時桜の顔がぱっと輝く。
「ええー、お兄ちゃんとずっと一緒だなんて、恥ずかしいよう。けど、ちょっと嬉しいモン。でも恥ずかしいモン」
と照れているようだ。
「姉さん、いい加減でその条件を教えてくれよ」
俺は言った。しかし、何処かイヤな予感がしていたんだ。
「簡単よ。それは『お互いが20歳までに、誰かと結婚すること』・・・ただそれだけなの。正直、みんなの名前だと難しいのかもしれない。けれど、冷静に考えてみると、案外簡単な手段があるわ。よく考えてみて」
明け方のダイヤモンド姉さんは、いつものように温かく俺たちを見つめていた。
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