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    ◇

 翌日の日曜日は朝から霧雨だ。少し肌寒い。

 俺はシンプルな長袖シャツにスニーカーを引っ掛けて散歩に出る。霧雨は人が少なくって好きだ。少しベタつくようだが気温は涼しい。もうすぐにでもこれから徐々に寒くなってくる。

 公園とは反対方向のモールへと向かう。

 大型ショッピングセンターと小型モールの違いってなんだろう。分からないが、どちらも屋根があってお店が並んでいればなんでもいい。モールへと続く道は広場からつながっている。広場の真ん中を突っ切って行き、前の階段を見下ろす。向こう側に俺の目的地がある。

 ふと、上の方から音がする。見上げると何かが枝で光る。不思議に思い、手を伸ばしてそれを取ろうとする。場所が悪かったのか、俺はふらついて体勢が後ろへと流れてしまった。

「あ……」

「あぁ! ……あぁぁぁ!?」

 一瞬だった。後ろの人にぶつかると、彼はスローモーションで階段の上からゆっくりと向こう側へと消えていく。焦ったように目を見合わせる。

「うわぁぁぁぁああああ!」

 物凄く痛そうな音が階段の方から聞こえてくる。色んな場所でぶつかる音が響く。俺は焦って追いかけて階段を走り下りて行った。

「おい! あんた大丈夫か!?」

「いっ……てぇぇぇ」

 彼は長い足を変な体勢で投げ出したまま頭を押さえている。幸い軽い擦り傷以外血がないが、脳震盪を起こしていたらヤバい。これは完全に俺のミスだ。近くで刺していた傘がクルクルと回ってゆっくりと止まる。

「悪い。動けるか?」

「大丈夫、大丈夫。俺って体だけは丈夫だから気にしないで」

 その男は明るい笑顔で笑う。

「ははは! な? 運命だって!」

 俺は溜息を吐いてその人に手を差し出し、彼の温かい手を引っ張る。全身水浸しで泥だらけだ。

「運命はちょっと置いといて。悪かった」

「気にすんなって! 大丈夫、大……あ」

 二人共彼の異様に腫れ始めてきた左手首に目をやって黙ってしまった。

 


     ◇

 診察室から出てきた彼が俺の隣に座る。

「何だって?」

「あー、えっと、中度の捻挫」

 申し訳そうな彼とは逆に、俺は顔から血の気が引くのを感じる。

「本当にごめん!」

「いや、だから、大丈夫だって! 雨で足元ツルツルだったしあれは不可抗力だったから、ね?」

「面目ない」

「ただ、ちょっと……仕事は少しだけ困る」

「……お詫びに、この前の話だけは、聞きましょう」

「あ、それは嬉しいな! だったら捻挫も悪くないかもね」

 また満開の笑顔で言われる。この人は意外と性格が明るい。いっぱい人に囲まれてパリピーなイメージが湧く。今のところ会話や話し方でこわいとはいとは感じない。相変わらず外見はチャラチャラしていて怖いけど。

「ただ違法なのとかは勘弁。俺、マジでそういうのはちょっと……」

「え。一体俺にどんなイメージ持っちゃったのよ」

「闇バイトじゃないのか?」

「違うわ!」

 男はお腹を抱えて爆笑する。

「取り敢えず自己紹介しようか。俺は衣前悟いぜんさとる。クリエーターやってるんだ」

「クリエーター?」

「そう! 主にエアブラシを使って依頼された絵を描いたり、個展やったり、クラブイベントやったりしているんだ」

「へぇ……」

「名刺も見てみる?」

 渡された名刺に名前と連絡先、そしてウェブサイトが記載されている。あとで見てみよう。

「怪しい人じゃないでしょう?」

 笑いながら言われてつい赤面してしまう。

「加川陽平……です」

「陽平君、俺のデッサンモデルやってみる気ない?」

「デッサンモデル?」

「うん。君の都合の良い日に絵のモデルをして欲しいんだ。いつでも休憩出来るし、嫌だったらいつでも辞めても大丈夫。最初俺に見られているのが恥ずかしかったら携帯弄っていてもいいし。要は人物画の練習や依頼品の下書きとかがしたいんだ」

「え、何で俺?」

「陽平君の目が綺麗だから」

 口説かれているみたいで少し恥ずかしい。

「……俺、格別に顔が良いわけでもないですし、普通ですよ。そういうのはもっと顔が綺麗な人とか女性とかに頼んだ方がいいんじゃ……」

「俺は君の顔も雰囲気も好きだよ。それに普通の人なんていないって。皆何かしら綺麗な部分を持っている。それに気付いていないだけ。絵に描き起こすとそれがよく分かる」

「はぁ……」

「あと女性ばかり描く練習をしていたら男性は描けないよ」

 爽快に笑う。本当に賑やかで明るい人だ。

「衣前さん」

「はぁい」

 彼が救急病院の受付に呼ばれて精算してくる。見ていると他人と接している時に笑顔を絶やさない人だと気付く。彼は戻って来ると俺の前に立ち力強くにやっと笑う

「心配ならば俺のアトリエを見てみる?」

「アトリエ……近いのか?」

「あの公園の目の前」


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