その後の江戸幕府と日本の歴史への応援コメント
完結おつかれさまでした
面白かったです
作者からの返信
ありがとうございます。
赤穂浪士の討ち入り時期だったので思いつきで書きましたが、思ったより長くなりました。
少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです。
綱吉の引退と復讐の完了(元禄16〜18年)への応援コメント
復讐がちゃんと完了したうえ、良い感じに後味悪くて好き
元禄の擾乱(元禄15年12月14日)への応援コメント
元禄の関ケ原発生?
元禄の擾乱(元禄15年12月14日)への応援コメント
綱吉の弱点は後継者がいないこと。
仮に綱豊を破っても紀州家を後継に指名するしかなく、歴史の修正で吉宗(松平源六)の線もあるが?
一方綱豊なら息子も弟もいるから心配ないが政権的に弱いかな。
吉良邸討ち入り(元禄15年12月14日)への応援コメント
とりあえず47士への直接の復讐は完了か
後は幕府がどうなるか
暗闘(元禄15年春〜秋)への応援コメント
なんだか幕末みたいな様相ですね。
幕末も勤王の志士を名乗る浪人や新撰組などが切合をして、井伊直弼をはじめとする老中の行列も襲われ、水戸藩や彦根藩などの有力諸藩も江戸に藩兵を集めて一発触発状態のカオス。
暗闘(元禄15年春〜秋)への応援コメント
今回も面白くて、続きが気になる
将軍上洛(元禄14年夏〜秋)への応援コメント
こういう旅をしてみたい。
紅葉を観ながら伊勢に入り、伊勢神宮を参拝したあと伊勢海老やアワビを堪能。
桑名から熱田まで船で渡り、金の鯱がある名古屋城で一泊。
熱田神宮に詣でて、三河武士の岡崎を通って東海道を東に、天女が舞い降りたという三保の松原で富士山をバックにお茶を飲み、熱海で温泉に入り旅の疲れを癒やす。
何もなければこんな旅かな。
作者からの返信
素晴らしい!
老母と妻と娘を連れて、とてもいい家族旅行ですね♪
編集済
赤穂藩士の動揺と垂らされた一筋の糸への応援コメント
忠臣蔵って実際見たこと無いけど、今のところ元の物語と大筋は同じなのかな
3月14日(上)への応援コメント
幕府治世下の斬首の直近例としては、島原の乱の原因として松倉勝家がいるけど、あれと比べればやらかしたことが事だけに、残当ですね。
江戸帰府から3月14日松の廊下前夜までへの応援コメント
いよいよ復讐完遂パートでわくわくが止まらない
編集済
幕閣との交渉への応援コメント
四十七士側に被害の少なかったのは、警備の数で圧倒的に劣る屋敷に闇討ちまで仕掛けたから当たり前だと思うのだが
吉良側は浪士側の3分の1程度じゃなかった?
あと、普通は腹に刃を入れたら腹圧で腸が飛び出します
まあ、それを防ぐ為にさらしを巻くのですが
作者からの返信
おっしゃるとおりです。素手の一般人に、多人数で武装テロを仕掛けたようなものですから負ける要素がありません。
浪士の襲撃は噂になっていたと思いますが、ここまで無防備なのが不思議です。
腹圧で腸が出る話は聞いてましたが、腹を一文字に切った時かと思いました。めちゃくちゃ痛くて動けないと聞きますが、どうなんでしょう。(三島由紀夫も途中で動けなくなったとか)
なお、腹の片端に突き立てても血は噴き出ないでしょうが、隠し持っていた血の袋から飛ばしたという設定です。
怨霊の館への応援コメント
昔はこの時期は忠臣蔵のドラマなんかがよく放映されてましたね
最新の研究では忠臣蔵はフィクションの要素が強過ぎて、実状は単なるテロ、とみなされるようになって扱いにくくなった、なんてコラムを読んだばかりで私自身にとってもタイムリーなネタです
綱吉が罰したのは浅野や押し入った浪士側だけで吉良側は一切処分を受けていなかったけど、明らかな非が認められない吉良を殺害した浪士が打首ではなく切腹だったことには個人的にはかなり違和感ですが
(当時の罪刑は、切腹<打首)
朝廷からの使者という国賓を迎えて江戸城内がピリついていた中で、安易な抜刀からの刃傷沙汰で使者を危険に晒したことが綱吉の逆鱗に触れ将軍としての責任問題に発展したため、赤穂藩は藩主のすげ替えではなく取り潰しになったらしい
ちなみに当時の歌舞伎では風評のために登場人物の名は変え、設定も足利時代の話として上映していたらしいですが、内容に関しては裏も取れていない噂ベースに憶測てんこ盛りの、大衆受け優先の代物だったそう
発端の浅野は頭に血が登りやすく日常的に家臣を怒鳴り散らすような性格に問題のある人物で、そのことで薬を服用していたとか
当時5〜6人くらい浅野家には老中がいたけれども、討ち入りに参加したのは大内ただ一人な上、討ち入った浪士も多くが浅野とは関係がない部外者で浅野に近しい家来からの参加はほとんどなかったあたり、浅野の人望の無さが伺える
浪士とは名ばかりで、血の気を持て余した単なるならず者の集団と言えなくもない集まりだったとも見える
討ち入り時も浪士側にはほとんど被害無く吉良側に死傷者多数というは、屋敷の警護が多勢に無勢な上に深夜の押し入りだったせいなだけな気が
難癖つけられ刀を抜かれても自分は抜刀を我慢した吉良からすれば、最後に殺されたのも含めてとばっちり以外の何物でもないように思える
本作はタイトル的にはピカレスクっぽいですが、個人的には正当な復讐物っぽく感じてます
作者からの返信
丁寧なコメントありがとうございます。
私も概ね同感です。
そもそも浅野側の言い分の喧嘩両成敗というのは、清水克行の本によれば復讐の連鎖を抑えるための苦肉の策で、喧嘩を売られても抵抗しなければ処罰しないというのが支配者側の方針です。
吉良はまさにその対応であり、処罰されなくて当然であり、一方的に斬りつけられ、その後処罰もされるというのはあまりに理不尽でしょう。
それまでの刃傷沙汰はだいたい斬られた側が死んでたので、相手が無傷なのはおかしいと考えたようですが、それは浅野の切り方があまりに拙劣だったため、吉良の責任ではありません。
そう考えると討ち入りとその後の処分は幕府の世論対策、ガス抜きで、大石達はそれに踊らされたのかとも思えます。
吉良軍団の結成と訓練への応援コメント
青江又八郎、細谷源太郎、どこかで聞いた名だと思えばNHKの腕におぼえあり、の2人ではないか(笑)
作者からの返信
誰も気づいてくれなかったので嬉しいです。
ちょうどこの時期の登場人物だったので使わせてもらいました。