015 「サトウキビ畑にも似た母の尊皇攘夷運動はやがて肉製のクロッカスへと変貌する」
私にとっての母は、優しい人だった。
母という単語を聞いた時に多くの人が想像する、ステレオタイプとも言えるような母親像を、見事に体現していたように思う。
優しいだけではなく、私が道を外すようなことがあれば怒りもしたが、それだって私のことを考えてくれているからだと理解できるくらいには筋が通っていた。
だからあの日、母のもう一つの顔を見てしまった日、私はそれを現実のものとして受け入れることができなかったのだった。
「天皇万歳! 外国人は出て行け! 今の政府は日本人をないがしろにしている! そんなことは許されない!」
聞いたこともないくらいの大声で、唾を吐き散らしながら、額に青筋まで浮かべて母は叫んでいた。
天皇の
つい最近、習ったばかりの言葉を思い出した。
歴史の教科書に載っていた言葉だった。
井伊直弼の安政の大獄、母のしているそれは、尊王攘夷運動というものではないのか。
昔と違って今はある程度自分の考えを自由に発言することができるのだと先生は言っていたけれど、目の前で声を荒げて拳を振り回す母は、行き交う人たちから白い目で見られていた。
しかし、母の周りには仲間がいた。同じような顔をして、同じような言葉を、同じような大声で叫んでいた。
視界がぼやけて、足元がグラグラする。
あれは一体なんなのだ、母は一体どうしてしまったのだ。
精一杯背伸びをして、節くれだった腕を振り上げて、まるで人が変わってしまったみたいに、それでも、私と目が合った。一瞬驚いた顔をした母は、しかしすぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。嗚呼、中身は優しい母のままなのだ。母の仲間たちも、自分の家族を見る時は優しい顔を見せるのだ。
まるでそれは、サトウキビ畑。
サトウキビ畑の只中で、母もサトウキビの一人として、風に揺られている。
サトウキビの母を知ってしまったら、これから先、どうすればいいのだろう。
母の顔を見る度に、サトウキビの母が重なって見える。
今までと同じようには居られないと思った瞬間、母の頭が弾けた。
母だけではない、仲間たちもみな、次々と弾けていく。
「弾圧だ! 言論警備隊が来た!」
嗚呼、これが、現代の弾圧。
きっとサトウキビ畑を不快に思った通報が一定数を超えてしまったのだろう。
銃に似た何かを持った
刈り取られたサトウキビたちは、大勢で固まっていたために倒れることがなかった。
お互いに支え合い、死してなお立ち続けていた。
首から下はそのままの形を保っていて、頭だけが綺麗に弾け、ぱっかりと、割れて。
それは、花壇で見たクロッカスに似ていた。
【お題提供:フィーカス様】
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