ダンジョンロボ(仮)

三次郎

第1話 中卒探索者

 俺の名前は相葉勝。

 未来の探索マスター、ダンジョン王、上級を超えた上級国民……ともかく、超スーパーグレートなダンジョン探索者になる予定の男だ。

 今日この日は初ダンジョンアタックの日。偉大なる男が初めてダンジョンに足を踏み入れる、記念すべき日だ。俺にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩になるだろう。


 だというのに俺は今現在、その一歩を踏み出す直前で足止めを食らっていた。

「悪いけど大人として、入場許可を出すわけにはいかないわ。あのね勝君、あなたまだ十五歳の子供でしょう? ダンジョンは子供の遊び場じゃないのよ」

 俺は探索者協会の受付で、受付嬢に捕まっていた。名札を見るにこの受付嬢のおば……お姉さんは花沢さんというらしい。右も左も分からないド新人の俺は、警備のおじさんのオススメに従ってルーキー向けだという窓口に行った。しかしそこで、厄介なタイプの人に捕まってしまったのである。

 花沢さんは俺の姿にはじめは怪訝顔を浮かべ、俺の渡した探索者ライセンスを見るなりぎょっとすると、そこからは子供にはまだ早い云々、ダンジョン危ない云々とまくし立てて俺を引き止めた。

 俺こと相葉勝はコミュ障である。父を喪ってから半年以上、学校へ通わずにほとんど引き籠もって暮らしていた。コミュ強筆頭ジョブともいえる受付嬢相手には分が悪い。初対面でいきなり名前呼びしてくる彼女の説教・ラッシュの前では、話の切れ目を見計らってぼそぼそと言葉を挟むしかできない。

「あの、ライセンス……あ、あ、ありあす」

 モマ? どもってちゃんと言い切れなかった。

「ライセンス? 個人でとったライセンスがあっても駄目よ。探索者学園は、一年生にダイブの許可は降りないもの。どんな有望株であってもね」

「学生……じゃ、ないっす」

「えっ、嘘」

 花沢さんは端末を操作しだした。ライセンスから読み取った俺のデータを精査しているのだろう。

 花沢さんが黙った隙に軽く見渡せば、俺の後ろに並んでいた探索者たちの幾人かが「また始まったよ」と呆れて列を離れていった。並んだままの探索者たちは俺と花沢さんを面白そうににやにや笑って眺めている。

 俺にしてみればいきなり説教が始まってなんだこのおば……お姉さんとなったが、彼らの様子を見るに、花沢さんはお節介やら世話焼きやらで有名な名物受付嬢なのだろう。

「な、なら探索機は? 生身でダイブなんて無謀すぎるわ」

「あります。自前の」


 十八歳以上でなければダンジョン探索者になれない、というのはよくある誤解だ。

 まず原則として、探索者学園生徒を除く学生はダンジョンに入れないと決められている。高校生は言わずもがな、大学生や専門学校生も退学しなければ探索者をやれないから、アルバイト感覚のカジュアルなダン活や、ダンジョンで鍛えたパワーで同級生にマウンティングするといったことは不可能となっている。ちなみに一般企業は企業ごとに規定が異なるが、大抵の会社では探索者の副業は禁止とされている。常識的に考えればいつ死んでもおかしくない副業など、学校が学生に、会社が従業員に認めるわけがなかった。

 次に初期費用の高さというハードルが挙げられる。ダンジョン探索者になるにあたって、探索機をはじめとした各種装備を揃え、かつ維持するのに一千万円以上の金額が必要となる。ダンジョン出現以来、貧富の差がますます広がり上級国民制度が生まれるほどとなった格差社会において、このハードルは非常に高い。それに探索者は荒っぽい職種なので、同じく金のかかる医者などとは社会的地位が比べるべくもない。一千万円という額は、一般家庭が子供に投資するには数字的にも良識的にもためらわれる額といえた。

 よって探索者のなり方としては、以下の二つのルートが一般的である。

 一つは中学卒業後、探索者学園に入学し、在学中にライセンスをとって卒業する。学園卒業者は奨ダン金ローンが組めるので、それで装備を調えて探索者となる。学生のうちから資質を認められた一部の者などは、融資を受けたりスポンサーがついたりする。ダンジョン専門誌で大型ルーキーとして特集されているのはそういった卒業生たちで、大抵が美男美女である。

 二つ目は一般企業に就職して資金を貯めつつ勉強してライセンスをとり、退職して探索者を始めるルートである。俺の親父もこの脱サラ探索者になる予定だった。

 学園卒業者は十八歳以上であるし、一般的な脱サラ探索者はもっと年上にならざるを得ない。しかし実のところ、ライセンス取得や探索機購入自体に年齢制限は定められていなかった。これは制度の単純な不備というより、学園生が授業でダンジョンアタックをするのも関係しているのかもしれない。なんせ十八歳以上に制限してしまえば、探索者学園のカリキュラムが畳水練でしかなくなる。


 ともかく、義務教育という強制学生期間を終え、資金を用意し、独学でライセンス取得試験に合格すれば、十八歳以下であろうとダンジョン探索者になれてしまうのであった。

「ぼんぼんかよ。上級国民の遊びか」

「モンスターに金での示談は通用しねえぞ」

 そんなつぶやきが聞こえた。強姦だろうと殺人だろうと金を払えば示談にできる上級国民は嫌われている。俺は上級国民ではない。合法的に仇討ちするためにいずれはなっておきたいが、今はただの一般市民だ。

 そして金持ちとも小金持ちともいえない。万全を期すために装備や自己投資諸々に費やした結果、親父の遺産も親父の命の代金として押し付けられた示談金も残り少なくなっている。

 だが俺には、ママの愛情がいらないくらいに愛されて育ったという自覚がある。そこらのお坊ちゃんなんかよりよほど恵まれているだろう。ライセンスをとるときの精神鑑定だって無事にクリアした。

 花沢さんは外野のつぶやきに少し眉を顰めると、俺の目を見つめて言った。

「親御さんは? 保護者の許可は?」

 妙齢の女性の真剣な表情に、コミュ障の俺は思わず目を逸らしてしまう。

「いないっす。死にました」

「えっ? あっ、ご、ごめんなさい!」

「……親の遺産で、その。探索機は、遺産と示談金で、あの、買いました」

 受け付けジョーが罪悪感ダメージで怯んでいる隙に、大声で畳み掛けることにした。

「潜らせて下さい! お願いしゃす! 自分後が無いんです! お願いします! 願います!」

 いかにコミュ力強者といえど、やけになった少年の気違いムーブなら効果があるだろう。いきなり大声で叫びだした俺の様子に、視線が探索者のみならず窓口の向こうの職員からも集まった。

 ちなみに現在の保護者である父方の祖父母の許可はとってある。親父の無念を晴らすとごねにごねて勝ち取った。親不孝で哀しませてしまったが仕方ない。

 少しすると、額の上に髪を散らしたおじさんがやって来て、「すみません花沢さん。交代しますね」と声をかけて退席を促した。肩を叩いたりせず指でカウンターをとんとん叩いたのはセクハラ避けのためだろう。

 花沢さんは唇を噛み、深呼吸すると、

「わかりました。失礼します」

 と立っていった。


 受付を代わったおじさん――田中さんは席に着くなり深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんでした相葉さん。花沢はその、どうも若いルーキーというのに思い入れがあるようでして。ですが職員の個人的な判断で探索者のダンジョンダイブを阻むなど、あってはならないことです。大変失礼いたしました」

 頭頂部に肌色が増しつつあるのがはっきりわかってしまった。こうも弱みを物理的に見せられては、却ってこちらが気後れする。

「いえ、大丈夫です」

 そもそもこちらから文句を言う気はない。俺はダンジョンに潜れさえすればいいのであって、受付での揉め事なんて有耶無耶にするに越したことはない。

「それでその、自分は、ダイブさせてもらえるんでしょうか」

「はい、問題ありません。ところで、ルーキー向けのマニュアルに目は通されましたか?」

「熟読しました」

「でしょうね。今時はあなた方のようなルーキーのほうが、学園上がりの促成連中なぞより却ってしっかりされているものですから。これから手続きを始めますので少々お待ち下さい」

 田中さんが端末を操作し始めて数十秒後、

「はい、これで入場手続きは完了しました。ゲート入場後は案内に従って、展開エリアに向かって下さい。それでは、お気を付けて」

「ありがとうございました」

 頭を下げて窓口を去る。花沢さんでああも足止めされたのに、田中さんに代わるとあっさり終わってしまった。

 受付にも当たり外れがあるのか、探索者協会のコンプライアンスは案外ガバガバなのだなと俺は思った。花沢さんはしつこいタイプの世話焼きお姉さんで、田中さんは昨今の探索者学園に思うところがあるらしい。まあ、ただのルーキーである俺には彼彼女らの込み入った事情に立ち入るつもりなど全くない。

 そんなことよりダンジョンだ。






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