あくつふんとうき

第20話

「龍慈…てめェ今何つった?」




「聞こえなかったか?でかくなったしこっちで暮らすから世話係やれっつった」




「阿久津君、よろしくね?」






この夫婦、本当にどうしてやろうか。





あ く つ ふ ん と う き





そもそもお嬢は俺の事わかんねェだろ。最後に会ったのは…生まれて何日か経った後だったはず。泣き喚くのをあやす為と龍慈と車を走らせた記憶が確かにある。




斗眞の時の世話係は…なんて思い出そうとしたけどどう頑張っても思い出せねェ。いや、つーか…






「斗眞ん時は誰が見てた?」




「あたしよ?」




「ハア!?ならてめェのガキぐらいてめェで見ろ!」




「そろそろ仕事も復帰しないといけないのよ」




「…阿久津、これはてめェの為だ。立場も忘れて毎晩毎晩他所の組に喧嘩売りに行くてめェもこれで少しは大人しくなんだろ」




「…あァ゛!?」






すぐ凄むんだから…そんなんじゃ子育てできないわよ?そんな言葉が飛んでくるが…てめェのガキだろうが。




勢いよく舌打ちをした瞬間だった。カチャリと遠慮がちに聞こえたドアの音。少しだけ開いたそこを見るが何もいない。




目ェ覚めちまったか?自分の嫁に向けるのとはまた違う優しい声と視線の先を辿れば、ゴシゴシと龍慈そっくりなグレーの目を擦っているガキの姿。




寝ぼけ眼でこっちに来たかと思えば足にしがみつかれ顔が引き攣った。






「あらあら…お父さんと間違えてるのかしら」




「あらあらじゃねェ、早く退かせ!」




「…だれ?」






今にも閉じそうだったその目が完全に開き、きょとりとした顔がこっちを見上げてきて自分の顔が余計に引き攣った気がした。




それから数日後。ガキっつーのは面倒だと思っていたし…実際かなり面倒臭い。






「お嬢ー、俺の卵焼きも食いますかァ?」




「あー、可愛い。龍慈さんにぜんっぜん似てねェ」




「…てめェら、飯の時くらいそっとしといてやれよ」







斗眞はやんちゃだったもんなァ。馬鹿言え、今もだろ。人の話を聞かずにそんな会話をする目の前の組員達は、全員だらしのない顔をしている。




その視線の先は自分の隣で卵焼きに勢いよくフォークをぶっ刺すガキの姿。無表情でそれをする姿は敵にトドメを刺す龍慈にどこか似ていて、このガキの将来が心配になった。






「…はい」




「…?卵焼き好きなんですよね?」




「あげる」






ずいっと差し出される綺麗に巻かれたそれ。好物だと確かにあの夫婦は言っていたはず。




一向に下げられることのないフォークを持った小さな手に渋々卵焼きを食べれば、一切変わらなかった顔がふにゃっと笑ったのを確かに見た。




何…何だ、これ。グッと込み上げるよく分からないその感情。




その感情がやけに気持ち悪くて、気付けばシマの路地裏でその辺の小物の胸ぐらを掴んでいた。






「…ゲホッ、うっ…」




「…チィッ!」






がくりと重くなるそれが意識を失っている事を理解して余計に胃がムカムカする。




だからガキのお守りなんてするもんじゃねェ。よく分かんねェこの気分も腹立たしい。




投げ捨てた男の服で手を拭いていれば、着信を知らせるスマホの画面と龍慈の文字に余計に顔が歪んだ。






「今取り込み中だ。あとにし、」




『あくつさん…?』




「…お嬢?」




『まだかえってこない?』




「あー…すぐ帰ります」






もにょもにょと少し眠たげに話すその声に自然とそんな返答をしていた。何だこれ、マジで。




足早に帰れば龍慈の膝の上でスマホを握りしめて寝てるお嬢。






「お前帰ってくんの待ってたんだが…寝ちまった」




「…そうか」




「ガキっつーのは可愛いもんだろ、なァ?」






無条件で愛されてんのは親の方だからな。そんな龍慈の言葉がすとんと自分の中に落ちてきた気がした。






((あの込み上げてきた感情は、きっと))


(お嬢、これからは俺の事パパって呼んでくださいね)


(…ぱぱ?)


(阿久津…それは吹っ切れすぎじゃねェか…?)

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