のえるのおはなし
第19話
1つ目の家は、成長するほどに掛かる金に苦しくなっていって追い出された。
2つ目の家は、同じ年の奴と喧嘩した拍子に怪我をさせてしまって追い出された。
そして3つ目の家。そこは1番最悪で俺に気があるらしい娘の気持ちを断ったら有る事無い事言われて追い出された。
結局人間ってそんなもんだろ。
の え る の お は な し
「彼氏にバレちゃって…ごめんね?」
「ふうん、あっそ」
8歳の頃、俺を残して消えた親。そしてたらい回しの如くいくつもの親戚の家で生活した今まで。とうとう行くあてがなくなって、歳を逆サバしてその辺のお姉さんに声をかけて上手くいった…はずだった。
まあ別にまた適当に声かけりゃいいし。そう思いながら薄暗くなり始めた繁華街を歩く。
16っつって騙せたし、どっかでバイトでもすっかな…なんて考え事をしていたのが悪かったらしい。ドンとぶつかる何か。
「…ってェな…前見て歩けやクソガキ」
「あ゛?」
「ハア?面貸せコラ!」
ズルズルと路地裏に引き摺り込まれ、殴り合いに発展するけど多勢に無勢。見事にボコボコにされて静まり返った路地裏に自分の舌打ちが響く。
マジでついてねェ。つーかどうすんだよこの後。
ズキズキと痛む顔面と腹に余計苛立ちが募った時だった。風に乗って流れてくる紫煙と甘いバニラみたいな匂い。
いつからそこに居たのか、怖いぐらいに綺麗な顔をした女の人。興味なさそうな顔をしたその人のグレーの目がこっちを向いた瞬間に驚きで見開かれるのを間違いなく見た。
「…もしかして君?この辺で騒ぎ起こしてたの」
「俺じゃねェよ。起こしたのはもう行った奴だろどう見ても」
「ふうん…ボロボロだね。可哀想」
騒ぎが落ち着いてんならいいや。さっさと帰んなよ。また興味なさそうな顔になって暗闇に紛れていく彼女に顔が引き攣った。
怪我人放置すんのかよ。薄情な女だな。
「あれ…まだいるじゃん」
「お前…」
「もしかして動けなかった?大丈夫?」
どれぐらい時間が過ぎたかは分からない。かなり寒くなって来たから、深夜なのかもしれない。痛みで動くに動けなかった状況が一変した。
数時間前に見たやたら綺麗な顔面はフードで覆い隠されていたけど、声はそのまま。聞き間違えるわけがない薄情な台詞を吐いて立ち去っていったあの女だった。
「どうしよう…支えるから家まで帰れる?」
「別にいい。放っておけよ」
「動けないって分かっちゃったら放っておけるわけないでしょ」
ほら。差し出された手を取るのを何故か躊躇した。この手を取ってしまえば戻れなくなるような、そんな気がして。
こういう勘は大体当たる。また昔みたいに期待して裏切られんだろ、どうせ。
目の前にある手を反射的に払いのければ、大して気にもしてないのか肩をすくめる動作をするのが少し見えた。
その後いなくなったかと思えば絆創膏とあったかいカフェラテを片手に戻って来たその女は、人が動かないのをいい事に手慣れたように手当てをし始めてそりゃもう呆気にとられた。
しかも。名前は?どこ住んでんの?歳は?質問攻めときた。答えなきゃ答えないでグリグリと傷口を押され。何なんだこの女…!
「それでさァ、ノエルちゃん」
「ちゃんやめろ」
「1人が寂しいくせに強がって吠えるクソガキにお似合いじゃん。ねェ?ノエルちゃん」
「っ、ハア!?」
本当さっきからムカつく女だなこいつ。怒りのボルテージがグッと上がった瞬間だった。
あ、呼び出し。そんな呟きが隣から聞こえて立ち上がる気配とすぐ横にあった温もりが無くなる感覚。
「なァに?やっぱり一緒にくる?」
「っ…行くわけねェだろ」
「残念。次会って気が変わったら言って。待ってるよ」
フードから少し見えた口元はそれは楽しそうに笑っている。
そして足音も立てずにまた暗闇に消えていくその人の背を見て、さっき差し出された手を取らなかった事を一瞬後悔してその思考を慌てて拭った。
何だよ、後悔って。するわけねェだろ、あんなよく分かんねェ女に対して。
そんな衝撃的な出会いから1週間。案の定行くあては適当に確保は出来たけど、どこか物足りなさを感じる。それを感じる時は必ずと言っていいほど脳裏にはあの日の女の後ろ姿。
居ても立っても居られず、あの日初めて会った場所に足を進めればその光景が目に入って来た。
相変わらず興味が無さそうな顔で紫煙を眺める綺麗な顔面。以前との違いはその顔にも拳にも赤が滴っている事。
「…あ、ノエルちゃん。1週間ぶり」
「お前…何やって…」
「ごめん、今君に構ってる余裕ないんだよね」
見つけたぞ龍!そんな男の怒鳴り声と、小さく響く舌打ち。気付いた時には自分よりも小さなその女の腕によって物陰に押し込まれていた。
終わるまで出て来ちゃダメだよ。ガキに言い聞かせるような、そんな台詞を俺に向かって言ったかと思えば物凄い速さで何人もの男を地面に沈めていく姿に心臓が震えた気がした。
体感では数時間。きっと本当は数分だったと思う。ハッと我に返った時にはすでに彼女は男達を片付け終えてどこかへ連絡をしている。
「うん、それじゃ…終わったから出てきていいよ」
「…なんなんだよ…お前」
「少しは気が変わったんじゃない?なんか期待してる顔してるよ」
至極楽しそうに笑って差し出された手を今度は掴む事に躊躇はなかった。その手が真っ赤に染まっていようが何だろうが。
あたしから声かけたんだから君を捨てることは絶対にしないよ。約束。
全てを見ていたんじゃないかと思うその台詞にボロボロと涙が出た…っつーのはまた別の話。
(あんた…名前は?)
(あたし?壬黎。よろしくね、ノエルちゃん)
(そして…ようこそ、紅龍へ)
((人に絶望してた気持ちをあっさり覆した人))
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