僕の最初の妻
eighten
第1話『十四歳・春』
僕には好きな人がいる。可愛いのに風変わりで嫌われ者の
「
「今日は部活」
「・・・帰らんの?」
「帰れってことね。はいはい」
部活が始まるまで三十分はある。咲希を家まで送り届けて、ダッシュで戻れば余裕で間に合う。部活だって言ったところで聞いてはくれないとわかっていても、なぜか僕はいつも同じように「今日は部活」と言ってしまうんだ。
「毎日、ご苦労だな」
「部活の道具、部室に持って行っとって」
「オッケー」
同じクラスで親友の
咲希にはお父さんがいない。離婚してお母さんと二人でこの街に引っ越してきた。僕は幼稚園のすぐ近くにある住宅街に両親と妹と暮らしていた。ある日突然、幼稚園にやってきた咲希は誰とも目を合わさず、誰とも会話することはなかった。話しかけてもまるで聞こえていないかのように。
「咲希ちゃん、何か聞いとらん?困ったわね」
この日僕は母さんの仕事の都合で遅くまで幼稚園にいた。一緒に残っていた咲希だったが、お母さんに連絡がつかない様子だった。困っている人を放っておけない性格の母さんは、咲希と僕と隣の公園で咲希のお母さんを待つことにした。砂場で黙々と穴を掘っている咲希。僕はただその様子を側で見ていた。すると、何も言っていないのに咲希は僕に砂を掴んで投げたんだ。
「うわっ!なんなんっ!」
「見んな」
ただ見ていただけなのに、なんなんだと思ったのを今でも鮮明に覚えている。五歳という年齢にも関わらず咲希は既に風変わりだった。もうすぐご飯の時間、お腹がぐーぐーと泣きだしたタイミングで咲希のお母さんはやって来た。何度も何度も僕の母に頭を下げていたけど、そんなお母さんを咲希は見もしなかった。
学校からの帰り道、咲希が前を歩き僕は二歩後ろを歩く。隣を歩くと目障りだと怒られるから。でも今日は咲希が途中で振り返って、僕を待ち、並んで歩いた。身長は僕より低くて百五十と少しの咲希。サラサラの長い髪が風に流されてシャンプーのいい香りが僕の鼻を掠めた。咲希の向こうにはオレンジ色の夕日。ふと手を繋いだりしたら怒られるかなと思った。最初は僕が側にいてやらないとという義務感や使命感だった。でも、中学の入学式で咲希が急に大人びていて僕の心臓は飛び上がった。
「こんなに可愛かったっけ?」
思わず本人の前でこんなことを言ってしまうほど。咲希は聞こえているのか、聞こえたけど無視しているのかわからないけど、ただチラッとだけ僕を見た。多分、いやきっとずっと前から好きだったけど、明確に自覚したのはこの日だった。そして、もう一年も僕は咲希に片想いをしている。一番近くて、一番遠い。
「じゃあ、また明日」
「迎え来る?」
「うん。来るよ」
「ふーん」
僕の家の近くにある団地の一室が咲希の住んでいる家だ。三棟の入り口まで送り届けて、階段を上るのを確認して、見えなくなった頃、鉄製のドアが閉まる音がした。そこまで確認したら僕は猛ダッシュで学校まで戻る。部活前のウォーミングアップだ。学校から咲希の家まで十五分かかったけど、戻りは五分だった。今日は間に合った。
「陽汰!はよ、はよ!コーチ来とるよ!」
「マジか!」
僕が所属しているバスケット部は全国大会に行くほどの強豪だ。コーチが有名な人で、このコーチの元で学びたくて、バスケ部に入るために他県から引っ越してくる奴がいるほどだ。そんな部活で僕は試合に出たり、出なかったりと中途半端なポジション。まあ、あんまり期待されるのは好きじゃないからいいけど。
小学校四年生の時からバスケをしている僕だけど、始めたきっかけは咲希だった。夏休みに僕の家で一緒にテレビを見ながら宿題をしていた時だった。テレビでアメリカのバスケの試合が放送されていて、咲希はそれを食い入るように見ていたんだ。そしてポツリと「かっこいいね」って言ったんだ。今思い返しても僕は単純だ。咲希がかっこいいと言ったからバスケを続けているなんて。まあ、おかげで体力はついたし、背も伸びたし、モテるからいいけどね。結果オーライだな。
「高森くん」
「お?あー、なん?」
「これ・・・」
部活終わり、何やら手紙を差し出している女の子。女子バスケ部で人気者のみなちゃん。ショートカットで耳を真っ赤にしていて、恥ずかしそうに俯いていた。
「みなちゃん、無駄無駄!わかっとるくせに!」
「成!やめろよ。ごめんね。受け取れん」
「梶原さんと付き合いよると?」
「んー、付き合ってはない」
「じゃあ・・・」
「でも、好きやけんさ。ごめん」
「そっか」
涙目になったみなちゃんは走って去って行った。ごめんという思いと、この瞬間を咲希に見られなくてよかったと思いながら、僕はため息をついた。
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