後編
こうして僕たちは和室の前までやってくる。
「ここ入ったらだけど、靴は脱ぐからね」
「ヤー」
「ちょっと待っててよ」
「ヤー」
いきなりリードさんを入室させると大変なことになりそうなので、先に中に入って、茶道部部長である
「おはようございます。部長」
「おはよう、春山くん。遅かったね、どうかしたの?」
幸い中には他の部員はいなく、部長一人しかいなかった。
この秋芳部長も校内で知らない人がいないほどの美少女なのだ。
僕の一つ上の学年で3年生の部長は、茶道部部長という名にふさわしいほどのアイドル顔負けの美貌を持ち合わせ、黒く艶々の長い髪を持ち合わせた、いわゆる才色兼備の大和撫子。
ここに、ノルウェー出身の金髪碧眼の本物のグラビアアイドルが、今から対峙しようとしているのだ。
周りからみたら両手に華とか思いそうだけど、当事者としては気を遣ってストレスがたまるだけだ。
というわけで、部長に事の顛末を説明する。
「なるほどねー」
「というわけで、今そこまで来てまして……」
「ごき! げん! よ――!!」
あ――!!
待ちくたびれたのか勝手に入ってきた!!
「
本当に?
忍者に会うために来たの?
そんな不純な動機で留学してきたの?
「ハゥ!!? コ、コレは
「ちょっと、勝手に入ってきちゃ……」
今や国内の一般家屋でも見ることが少なくなった和室を見て、驚愕するリードさん。
宝石ような美しい色の瞳を輝かせて、物珍しそうに周囲を見渡す。
「こ、これは! まさしくチャドゥー!」
「チャドゥー? これ、茶道っていうんだよ」
「チャドゥーはニンジャのたしなみ、暗殺術!」
「違うよ、茶道は教養だよ」
チャドゥーってなんなの?
忍者関係ないし。
あぁ、きっと何かのマンガかアニメで、間違った日本文化を学んでしまったのだろう。
「アナタが、シノビマスター?」
「私は茶道部部長の秋芳よ。よろしくね」
床の間の前で静かに正座しお茶を飲む部長に、興奮しながら詰め寄るリードさん。
そして和室内を勝手に物色しだす。
掛軸をめくったり、畳を剥がそうとしたり……
「カツキ! コレはドク!」
「抹茶の粉だって」
「見つけた!
「これはお菓子食べる時の
「コ、コレは!
「ただの茶釜だってば! 爆発しないって!」
よほど何かのアニメに感化されたのだろう。
それはもう必死すぎて、しまいには部長に掴みかかる。
「ニンジャはドコだ! でてコイ!」
「リードさん、やめなって! 居ないから! ここに忍者なんていないから!」
「ん~~ 忍者さんはいないけど、これならいるかもね」
胸ぐら掴まれても冷静な部長は、スマホを操作し何かの写真をリードさんに見せる。
そしてそれを食い入るように見つめるリードさんは、動きを止め突然叫ぶ。
「
なんだ?
なにかすごい驚いた様子だけど?
いったい何の写真を?
僕も後ろからスマホを覗くと……
……これって、
「部長、この写真って、去年の文化祭の時の僕じゃないですか?」
去年の文化祭で茶道部はお茶会を開き、お点前をしたのだが、その時僕は和服を着てお点前したのだった。
その時の記念写真をリードさんに見せたのだった。
「カ……カツキ……?」
「え? なに? どうしたの?」
小刻みに震えだすリードさん?
「カツキ……オマエ……だった……ノカ?」
「え? なに? なにが?」
なにか……勘違いしてない?
僕が忍者とか?
「見つけたゾ、ニンジャ!」
「ちが―――う!」
生き別れの行方不明だった家族が、数十年ぶりに感動の再会したみたいな?
目を潤ませて僕を覗き込むリードさん。
そ、そんな顔で期待と羨望とで溢れた目で、僕を見ないでくれって!
そんな風に見られたら、否定するのも辛くなっちゃうじゃないか。
「フフフ……もう、逃がさないのデース」
「大変申し上げにくいんだけど、僕は……」
「能あるニンジャは爪を隠して、尻隠さずデース!」
「能無し忍者も、お尻はちゃんと隠すって」
「ワタシ、決めマシタ!」
「え?」
「チャドゥーサークル、はいりマースデス!」
「えー!!」
やばい……
なんか、すごく気に入られた?
こうしてクラスで一番目立たなく地味で存在感のないモブな僕と、誰もが羨む美貌と身体を持つ超絶ハイテンション娘との関係が始まったのだった。
ことあるごとに僕を監視するリードさん。
体育祭後の誰もいなくなった校庭のゴミを拾っていると……
「カツキ? それはマキビシ回収か?」
「違うって。ごみ拾ってるだけだよ」
先生に授業で使うプリントを印刷するよう頼まれたら、職員室の扉の隙間から……
「それは国家機密書類??」
「ちょ!? なに覗いてんの? 頼まれたプリント、刷ってるだけだよ!」
放課後、掃除当番の日の教室……
「……教室に盗聴機?」
「教室を掃除してるだけでしょ!」
こんな日常が続き、1年が過ぎ去っていった……
リードさんは、すっかり日本の生活に慣れ、言葉もだいぶ覚えてきたのだった。
帰りは何故か僕と一緒に下校。
同じ部活動だから、帰る時間も自然と一緒になるんだけど。
今日も夕暮れ時に2人並んで帰るのだった。
そして今時の学生っぽく、買い食いしながら世間話なんかをして歩く。
リードさん曰く、ノルウェーは物価が高いから外食とかは、ほとんどしないらしい。しかも16時位には人々は帰宅してしまう。
だから日本の学生が放課後仲良く下校し、途中ファストフードに寄ったりして夜までお喋りするのに憧れていたそうな。
しかもノルウェーの人たちは、無類のコーヒー好き。
「暖かいのは良いことデース」
「もう春だからね」
実際今日も学校帰りに2人でお店に行って時間を過ごし、ホットコーヒーをテイクアウトして飲みながら歩くリードさん。
最初はどこへ行っても注目されたリードさんだったが、今ではすっかりこの街に馴染んでしまった。
店にいても、こうやって僕と2人で歩いていても、普通の女の子と変わらない。
最初の頃は、そりゃあ大変だった……
あれからそろそろ1年経つのかぁ……
日本語もだいぶ上達したし、生活にも慣れてきたようだ。
しかもその天使みたいな美しさは、一段と輝きを増したかのように見える。
「
「そうなんだ」
暖かくなり顔も緩みがちのリードさん。
「
乳??
…………?
「四季じゃなの?」
「ヤー! 四季デース」
あー
日本語は、まだまだだね。
「それに、チンチがよく腫れて、気持ちいいデース」
はぁ?
チンチンが腫れる??
…………?
「“天気がよく晴れて”、だよね」
「ヤー! そうデース」
あんまり道の真ん中で変なこと言わないで欲しいんだけど。
「それに、暖かいとすぐ眠くなりマース」
「リードさん、今日の部活も、爆睡してたからね」
「これはいわゆる
“チンチン腰突きを覚える”
と言うやつデースね」
……!?
「……それを言うなら
“
って言うんだよ」
授業で覚えたての単語を、豊満な胸を張りながら偉そうに発するのだった。
「でも……」
「でも?」
「本当にヤーパンに来れてよかったデース」
「それはよかった」
「ニンジャにも会えました!」
「へー よかったね」
忍者なんかいないって。
まだ勘違いしてるんだから……
「でもワタシの思ってたニンジャとは違いました」
「リードさんが思ってた忍者と違う?」
小さく頷くリードさん。
「ニンジャは強くなかったデス」
「強くなかったのかー」
「怖くなかったデス」
「怖くない忍者かー」
「人を殺さないデス」
「そりゃあ、事件になるからね」
「人を助けるのデス」
「へー」
「人知れず、人助けするのデス」
「ふう~ん」
たしかにそれは僕のイメージしてる忍者でもないね。
そもそもいないんだけどね、忍者なんて。
「そして……意外とすぐに見つかったデス」
「へー 見つけられたんだ」
「近くにいたのデス」
「……強くなくて怖くなくて、近くですぐ見つかるって、そいつは忍者失格なんじゃ?」
「まさに
“兄弟穴暮らし”
デース」
…………?
「……それ
“灯台もと暗し”
って言うんだよ」
そんなことを嬉しそうに話すのだった。
そしてしばらくの沈黙。
うつむきながら歩くリードさん。
しばらくしてボソッと呟く。
「……ニンジャは優しかったデス」
「ほぉー」
「なにも知らなかったワタシを助けてくれたのデス」
「直接会ったことあるんだ」
「ヤー! 普通の人でした」
「へー 普通の人ねー」
「ニンジャは見た目は普通の人で、人知れず人助けするヒーローだったのデス!」
「忍者がヒーローか。面白いね」
「これぞ
“便所下のチンコ持ち”!
なのデース!」
……?
……リードさん、それ違う。
“縁の下の力持ち”
便所でチンコ持っちゃダメ!
どこまで本当なのか分からない。
また変なアニメでも見たのか、勘違いしたのか……
ただ、今のリードさんの表情は何の曇りもなく清々しく、うっすらと微笑みを浮かべて、幸せの中にいる様な穏やかで美しい顔をしていたのだった。
そして透き通るような春の淡い青空に、輝く碧い瞳を向けながら小さく呟くのだった……
「Jeg elsker deg.
Jeg er glad for å være sammen med deg.
……vær min kjæreste」
……そっか、
なるほどね。
「
僕がそう返事をすると、まさかの予期せぬ返答が返ってきたようで、
リードさんが空のような青い瞳を大きく見開き、
その澄ました顔が、驚きでみるみる歪んでいく。
「カ、カ、カ、カツキ?
意味、分かるのか?
「そりゃあまあ、一年近く一緒にいればね。自分でもちょっとだけ勉強したし」
リードさんの雲のように白い頬が、瞬く間に夕陽がさしたかのように赤く染まる。
「
Nei nei nei nei nei!
Oj oj oj!!」
あーあ。
驚きのあまり、大好物のコーヒー落として……
金色に輝く髪を振り乱し、
その場でうずくまり、
頭を抱えて苦悶してる。
きっとリードさんが、自分で口にした言葉があまりにも恥ずかしすぎて、悶え苦しんでいるのだろう。
黙っていればよかったかな?
ノルウェー語を勉強していて、実は今の言葉を聞き取れるってことを……
「違う! 違う!!」
「え? 違うの?」
顔を真っ赤にして立ち上がり、全力で否定する。
「違くない!!」
「どっちなの?」
「こ、こ、ここ、これはデスね……
そ、そう!
「はあ?」
「今ワタシが言ったことは、カツキが思ってることなのデース!
ワタシの気持ちじゃないのデス!
これは忍法なのデ――ス!
読心術なのデス!
だからワタシは違いマース!
カツキが思ってることを代わりに話しただけなのデ――ス!!
ワタシ、知らないデス!
カツキが言ったことデ――ス!
恥ずかしいデース!!」
「まあ、そうだけど?」
「ハ! ハゥ!??」
「僕もそう思ってるよ。リードさんのこと好きだし。一緒にいられて……」
「
取り乱した様子で、散々僕に怒鳴り散らした後、プイっとそっぽを向いて、今度は一人先を歩きだすリードさん。
「先行っちゃうの? 今さっき言ってたのに? 一緒に……」
「Kjeft!!」
ふぅ~~
まぁ、
なにはともあれ、よかったよかった。
リードさんが日本に来て、探し求めていた忍者に逢えたのだから。
かくゆう僕も、存在しないと思っていた美しい天使と出逢えることが出来たのだから……
ノルウェーからやって来た天使さんに、モブで地味で目立たない僕が忍者と勘違いされてしまったのだが? 夜狩仁志 @yokari-hitosi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます