つり名人
藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミック化
どうしてこういうことになるかなあ
「武井君――。武井君!」
「……ふわっ! な、なんですか? 課長」
俺は唐突に声をかけられ、オフィスチェアの上でのけ反った。けっして居眠りしていたわけではない。
ほんのひと時、意識が別世界に飛んでいただけだ。ドルチェには断然カフェが合うと、論じていたところだった。この場合のカフェとはもちろんエスプレッソのことであって――。
「武井君! どこを見てるのかね? 話があるんだが」
「カフェの話ですか?」
「何を言ってる? 急で悪いんだが、吉田君の代打で取材に行ってくれないか」
昭和生まれの万年課長は、なにかにつけて野球とか大相撲にたとえたがる。平成生まれの俺は野球なんか興味がない。そもそもスポーツ自体、疲れるだけで楽しいと思えない。
どうして金を払ってまで疲れることをする必要がある? そもそも――。
「武井くーん! 五秒ごとに目がどっかに泳いでいくね。こっちを見たまえ」
「だいじょうぶです。話は聞いていますから。吉田の代わりにどこへ行けと?」
「千葉の幕張まで取材に行ってくれ。取材先の住所氏名はここに書いてある。アポは三時に取ってある」
雑誌社の編集部員とはいえ、俺の仕事はこんな使い走りばかりだ。頭を使う必要がないので別に構わないが。
「わかりました。それで、取材の内容は?」
「幸い吉田君が書いた取材ノートがある。そこに質問内容が書いてある。とにかく書いてあることを聞いてきてくれ」
乱暴な話だな。そんなこどもの使いのようなやり方でいいのかよ?
こういうところが二流雑誌のずさんさなんだろうね。知らんけど。
「そういうことなら行ってきます。それにしても、一言でいうとどういう相手の取材なんですか?」
吉田の取材ノートをどれだけ当てにできるのか? あとから文句をつけられてはたまらんので、ここでの確認は重要だ。
「相手は『つり名人』だ。そのテクニックを紹介しようという企画だよ」
「ウチの雑誌で『つり名人』ですか? IT系とはほど遠いテーマに聞こえますけど」
「吉田君のいうことには、この企画はプライベートの過ごし方にフォーカスしているそうだ」
IT担当者にもプライベートはあるだろう。それにしても「つり」ですか。
さすが昭和世代が一枚かんだ企画だね。
「取材内容は『つり』のテクニックですね? 了解です。ノートに沿って話を聞いてきます」
俺は課長から取材ノートを受け取り、時計を確認した。昼休みが終わったばかりの午後一時だ。三時のアポには余裕がある。
まずは確認の電話を入れておくか。
「もしもし、A出版『新時代情報処理』編集部の武井と申します。××さんですか?」
「……吉田さんじゃないの?」
相手の声は意外にも若かった。二十代男性の声に聞こえた。
その歳でつり名人? いまどき流行りのつりかな?
「吉田は急に……体調を崩しまして、わたしが代わりに伺うことになりました」
「そう……。別にいいけど。場所は幕張駅前の純喫茶ロマンね」
手元のノートを見ると、確かに取材場所はその名前の喫茶店になっていた。
「わかってると思うけど、顔出し、身バレNGだから。録音も撮影もなしね?」
そうなの? あ、本当だ。プライバシー情報は厳秘と書いてある。
そんなに秘密にしたいテクニックなのかな? そもそもよくそういう秘密主義の人を見つけてきたね。吉田の知り合いなのかな? 知らんけど。
「お約束の午後三時に伺いますんで、店の人に武井と待ち合わせだとおっしゃってください」
俺は××氏との電話を切ると、取材ノートにじっくり目を通した。
本当はエスプレッソを飲みたかったが、会社の自販機にそんなものはない。ペットボトルのウーロン茶は水っぽい味がした。
◇
「こちらです」
喫茶店の店員に連れてこられた××氏は、青白い顔の青年だった。
こんな色白のつり名人がいるもんかね?
「……××です」
××はそういうと、俺の向かい側にすわった。
電話でも思ったが、こいつ暗いなあ。
「取材協力ありがとうございます。なにを飲まれますか?」
取材を円滑に行うため、俺は××にメニューを差し出した。
「……よくそんなゲロまずい泥水が飲めるな」
「えっ? いまなんて?」
「クソやろうにお似合いのクソコーヒーだなっていったんだよ!」
「あんたいきなりなにをいって――」
突然悪態をつき始めた××に、俺は思わず言い返した。
「これが『つり』の初歩的テクニックです」
「は?」
××は、急におとなしくなってテーブルに目を落とした。
「こうやって予想外の悪口を浴びせると、相手は感情的になって絡んできます」
「ちょ、ちょっと待て。『つり名人』って――」
「僕はSNS上で自在に相手を引きずり出す『つりコメント』の名人と呼ばれています」
なんだと。取材ノートには、「おもなつり場」とか「過去につった一番の大物」とか書いてあるが、これって「つり」に引っ掛けた相手のことか?
「ちなみにいままでで一番の大物は、おたくの雑誌です」
ウチもつられてんじゃん! いいのかよ、課長?
まあ、いいか。俺は書かれたことを聞くだけの役割だしな。
「じゃあ、早速質問を始めます。つり始めたのは何歳の頃ですか?」
俺は質問リストを端からぶつけていった。
どんな記事になるか? 俺は知らんけど。
その店で飲んだエスプレッソは、クソのようにまずかった。
<了>
つり名人 藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミック化 @hyper_space_lab
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます