アラフォー社畜リーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生しました
ばいらす
第1話 序章-プロローグ-
働き方改革が叫ばれるこのご時世に残業残業で今日も仕事を終えたのは終電ギリギリ。
こんな生活が最早当たり前になっている自分が怖くなる。
親に言われた通りそこそこな大学を出てそこそこの企業に就職して約十余年。
社会人になりたての頃は入社して10年も経てば結婚もして家も車も買ってそこそこ良い生活を送っているかと思っていた。
しかし現実はそう上手くは行かず、
有名な企業に入ればこれで人生も安泰だろうと血の滲む思いで就職できた思いきや、蓋を開けてみればそこは有名企業とは名ばかりの子会社の下請けのような会社で、サビ残も当たり前のブラック企業でもう40手前だというのに結婚なんて浮いた話も余裕もなく最近は不況や業績の悪化のせいでリストラに怯えながら上司と後輩の板挟みになって終電間際まで残業を続ける毎日だ。
ああ……俺、一体何のために働いてるんだろ……?
本当は何がしたかったんだっけ?
散らかったデスクと暗がりにぼんやりと光るPCのモニタを見ていると柄にもなくそんな事を考えてしまう。
「しまった! そんなボヤボヤ考え事してる場合じゃない!」
モニタ端の時計を見て俺は大慌てで立ち上がる。
そろそろ最寄り駅の終電の時間が近いのだ。
この終電を逃せば明日の貴重な休みの朝を会社で迎えることになってしまう。
そうなれば警備員や上司にまたへこへこと頭を下げなければいけなくなる。
それだけは避けたいので俺は大急ぎで後片付けを済ませ会社を飛び出した。
そして駅を目指して走り出したのだが元々運動が得意な方ではなかった上日頃の運動不足かはたまた歳のせいか少し走っただけで息が上がってしまう。
そんな自分に情けなさを感じながらも足を動かし続けやっとのことで駅が眼前に見えてきた。
腕時計を確認するとこのまま駅に駆け込めば終電には間に合うギリギリの時間だ。
これでなんとか家で久々に昼までぐっすり眠ることができる!
そう思ったのもつかの間、駅前の信号機は無慈悲にも点滅を始め俺が横断歩道の前に立つ頃には赤に変わっていた。
「ああっ……」
信号待ちしている時間は計算に入れておらず俺は行きをぜえぜえ上げながら焦燥感から声を漏らす。
その間にも駅からは終電を告げるアナウンスが小さく聞こえてきて電車の迫る音も徐々に駅へと近付いてきている。
まずい……このまま信号を待っていたら確実に終電を逃してしまう!
タクシーで帰ったりビジネスホテルに泊まる程金銭面の余裕もないし最寄りの漫画喫茶まで2駅も歩かなければならない。
いや、漫画喫茶なんかで一夜を過ごしてなるものか。
折角の休日だ。何より早く帰りたい! 帰って布団でゆっくり寝たい!!
そんな焦りから俺は赤信号の横断歩道へ足を踏み出した。
大丈夫。こんな事は今日が初めてじゃないしここさえ抜ければ家に帰ったも同然……
そう思ったその時である。
低いクラクションが聞こえた次の瞬間俺の身体は大きく宙を舞った。
痛い
そんな感覚が遅れてやってきたのもつかの間、俺の意識と感覚は徐々に薄れていく。
ぼやける視界にはトラックがぼんやりと見え、その車体には赤い血がついている。
ああ……俺撥ねられちゃったのか……
それにこりゃ相当やばいな……身体中あちこちに激痛が走ってるし体に力が入らない。
まだ結婚もしてないしやらなきゃいけない仕事も残ってるのにこんな所で……
死ぬ前に走馬灯を見るとはよく言ったもので俺の脳裏には薄れる意識の中過去の出来事がよぎっていく。
ほんとに社会に出てからロクな事なかったなぁ……これで俺の人生終わっちゃうのか……
そうこうしているうちにとうとう走馬灯は小学生時代にまで到達し、更に幼い頃の記憶が蘇った。
「ぼく、大きくなったら装鋼騎士シャドーVXになりたい!」
幼い思い出の中子供の頃好きだったヒーローになりたいなんていう絵空事を嬉々として語る過去の自分の姿が脳裏に過る。
仮にこんな俺がシャドーVXの世界の住民になれたとしたらせいぜい怪人に蹂躙されるモブか良くても悪の組織の戦闘員が関の山だろう。
ごめんな30年くらい前の俺……今の俺は正義のヒーローどころか
そんな後悔をしていると走馬灯も徐々に見えなくなってきて思考も働かなくなってきた。
ああ……ほんとにこれで終わりか……
思い返してみたらあっけなかったけどこんな所で死にたくないなぁ……
せめてなんかいい思いの一つや二つくらいして……
終電前で静まり返っていた街が俺が撥ねられたせいか救急車のサイレンや野次馬の声で騒がしくなっていったが、耳から聞こえるそんな喧騒も徐々に小さくなっていく。
それからしばらくして俺の意識は闇の中へと落ちていった。
「……◎☓△□△□○! ◎☓△□△□○!」
意識が徐々に戻ってきたかと思うと何やら聞き慣れない言葉が聞こえてくる。
「……◎☓△□△□○! ◎☓△□△□○!!!」
あれ……? 俺助かったのか?
というかなんで聞いたこともない異音のハズなのに俺はさっきの音を言葉って認識できたんだろう……?
ゆっくりとまぶたを開けるとそこにはおどろおどろしい空間が広がっていて、俺は妙なデザインのベッドのようなものの上で横になっていた。
少なくともここは病院では無いようだ。
もしかして地獄だったり……?
「◎☓△□△□ま! ◎☓△□さま!!」
聞き慣れない言葉なのに意識がはっきりしていくたび頭でその言葉が徐々に理解できていく。
「よ□っ△!! お☓ざめになら○ましたね!」
声の方に目をやってみると覆面を被った全身タイツがこちらを見つめていた。
「うわぁ!! な、なんだお前!?」
思わず声を上げて立ち上がってしまったが事故に遭ったとは思えない程に身体は軽やかだった。
しかし何故か胸にだけずっしりとした重みを感じる。
なんだろう? 包帯とかギプスとかでも巻かれてるのか?
それだけでなく驚いたからかなんだか甲高い変な声を出してしまったし髪も伸びたかな……こんなに前髪邪魔だったっけ……? ちょっと前に散髪行ったばっかりだったんだけど……
いくらかき分けても視界にぶら下がってくる前髪をいじっていると
「ど、どうされましたか? お身体の方はもう無事に完治いたしましたが胸の傷だけは完全に治療することはできませんでした……」
覆面全身タイツはまるで何かに怯えるように声を震わせてそう言って、彼の意味のわからないはずだった言葉もいつしかはっきりと意味を理解出来るようになっていた。
完治……? ということは俺助かったのか!?
彼の言う通り胸に違和感があるくらいで身体には痛みもだるさもない。
それどころか溜まりに溜まった疲れや肩こりも綺麗に消し飛んでいて車に撥ねられる前とは比べ物にならないほど元気なくらいだ。
どうやら目の前に居る変なのが俺を助けてくれたらしい。
とにかくお礼を言わないと!
「あ、えーっと……あなたが俺を助けてくれたんですか? ところで……」
そこまで言いかけた所で覆面は身体を縮こませる。
「ひぃっ!!! お、お許しください!!」
一体何にそんな怯えているんだろう?
それにやっぱり声が変だ。
なんだか女みたいな声が俺の喉から発されている。
事故の後遺症かなんかか?
「貴女様の玉体の傷を完治させられなかった罪は重々承知でございますがどうか命だけは……命だけはお助けください……これでも我々は全力を尽くしたのです!!」
覆面はどうやらひどく怯えているようで、俺の方を向いて珍妙な頭の下げ方をした。
それは傍から見ればふざけているようにしか見えないのだが、その行為は全力の謝罪のもとに行われているものだということを自然と理解できた。
いや待てそもそもなんでこの覆面が謝ってるんだ?
寧ろ俺のことを助けてくれた命の恩人のはずだろう?
多少傷が残ったってこうして五体満足ですこぶる元気に回復させてくれたんだから、その程度言うこと無しじゃないか。
そんな恩人が俺を見るなりガタガタと震えて謝り倒している様を見るのは逆にこちらが申し訳なくなってしまう。
「そ、そんな助けてもらった相手に酷いことはしませんって……所でここは一体ど…………こ!?」
おどろおどろしい部屋を見渡すと窓のようなもがあり、前を通るとその先には現実離れするほどきれいな赤い髪で大きな胸とその胸元に大きな傷跡のある少しケバ目なメイクをした全裸の美女が現れた。
「すっ、すみませんっ!! 女の方が居るとは知らず……」
俺は反射的に謝っていたがゆっくり女性の方に目をやるとその女性も俺と同じ用に頭を下げながらこちらを恐る恐る見つめている。
一体どういう状況だよこれは!?
事故って目が冷めたら急に変な覆面とか全裸の巨乳女に謝られて……
そんな事を考えている間も美女はこちらを見つめている。
それにしてもなんかこの美女どこかで見たことある気が……
なんにせよこんな美女に見つめられる事に慣れていない俺の胸の鼓動がどんどんと高鳴る。
その間にも俺を見つめる美女の顔もだんだんと赤みを増していった。
そりゃこんなオッサンにジロジロ裸を見られたら恥ずかしいのもわかるが相手はただ顔を赤くするだけでこちらに何も言ってこないしこのままでは埒が明かない。
「え、えーっと……どこかでお会いしたことありますでしょうか? あの……真っ裸で見つめられると恥ずかしいと言いますか……」
眼の前の美女に話しかけるも鏡に映る美女は恥ずかしそうな表情をして俺と同じ様に口を動かすだけで返事は帰ってこない。
それに邪魔な前髪をかき分けると全く同じタイミングで彼女も気持ち悪いくらいに同じ動作をした。
まるで鏡でも見ているようだ。
鏡?
確かに眼の前の美女が居て俺が居ない以外は背面にあるおどろおどろしい空間とさっきまで寝ていたベッドのようなものと怯える覆面が鏡写しに映り込んでいるように見える。
もしこれが鏡だとすると……
俺は恐る恐る自分の頬に触れてみようと右手を頬に伸ばすと目の前の美女も同じ様に左手を頬に向けて動かし始めた。
そして恐る恐る頬に手を触れてみると今までロクに手入れなんてしたこともなく寝ていたら無精髭も生えているであろう自分の頬にはひげ一つ生えておらず手触りはみずみずしくなめらかだった。
それに眼の前の美女も俺と全く同じ動作をして頬をなでながら何やら驚いた顔をしてこちらを見つめている。
「えっ……えぇっ!?」
恐る恐る違和感のあった胸に目をやってみると大きな膨らみが2つぶら下がっていて試しに触ってみると感触もあるし鏡の美女も同じ様に胸を触っていて、胸を触る指も毛が生え太いはずの俺の指ではなく細くしなやかで伸びた爪はきれいに手入れされていて美しい黒くネイルが塗られた女性の指の様になっていた。
つまり眼の前の美女は鏡に映ってる今の……俺!?
「これ……俺? どうなってんだ!?」
俺は恐る恐る下腹部に手をやるとやっぱりそこに遭ったはずのものが無くなっていて目の前の美女も同じ様に股間を触って表情を青ざめさせていた。
「ある……無いっー!!」
あまりにも古典的な甲高い叫び声を部屋中に響かせながらもう一度胸と股間を順に触れてみたがやはりそこには今までに無かったものが付いていたりあったものが無くなっていたりしていて、自分が置かれた状況をじわじわと理解していく。
どうやら今の俺は鏡に映っているこの女性になってしまっているようだ。
なんで車に轢かれて目を覚ましたら女になってるんだよ!?
あれか?
助かる見込みがなさすぎてなんかの人体実験の被検体にでもされたのか!?
いやそれにしては原型なさすぎるし……
それとも脳だけ女の身体に移植されたとか?
というかここは一体全体どこなんだよ!!
わけも分からず鏡と辺りを交互に見てていると怯えていた覆面が恐る恐る近づいてきて
「ど、どうされたのですかマルデュークさま……やはり胸の傷がお気に触りましたでしょうか……」
覆面は今にも消えそうな声でそう言った。
「マルデューク……? それ……俺のこと?」
どこかで聞いたことのあるような名前だ……
「え、ええ……偉大なるアポカリプス皇国地球侵略部隊ゲニージュ作戦参謀マルデューク……貴女様のことです……」
その名前を聞いて頭にモヤがかかっていたような部分が徐々に晴れていく。
そうだ。
俺……いやアタシはアポカリプス皇国の作戦参謀兼処刑人マルデューク。
滅びゆく母星のアポカリプス星から移住できる最適な星である地球から原住民族を排除して星の民を移住させる使命のために巨大宇宙要塞アポカリスで地球にやってきて……
ってなんだこれ!? まるで他人の記憶が自分の記憶みたいに頭の中から湧き出してくる。
いや違う! 確かに今の俺はマルデュークって女の人なんだ!
ということはここは月の裏側に浮遊している巨大宇宙要塞アポカリスの中で……
一度考え出すと徐々にではアルがマルデュークとしてこれまで生きてきた記憶、そして目を覚ます直前に何が起こったのかを俺はゆっくりと思い出していく。
「そ、そうだわ……
俺の口からはそんな言葉が漏れていて、おそらくこの女性に何が起ったのかを思い出した。
地球を侵略する前にその障害になるであろう装鋼騎士シャドーをアポカリプス皇国に引き入れるべくマルデュークは誘惑を試みたのだがもちろん彼から帰ってきた答えはNo。
そして仲間にならないなら始末するまでと戦いを挑んで優勢に立ち回ったまではよかったが
その時にこの腹の傷を負って倒れてしまい、そのショックと倒れた時の頭の打ち所が悪かったのとでどうやら前世のアラフォーリーマンだった頃の記憶が蘇ってしまったらしい。
前世……って事はアタシ……じゃなくて俺、あの事故から助かった訳じゃなくて事故って死んで装鋼騎士シャドーVXに出てくる悪の宇宙帝国であるアポカリプス皇国の女幹部マルデュークに転生したってことか!?
死んだら生まれ変わって異世界でどうこうとかいう今流行のヤツ!?
確か高飛車でヒステリックだった1話で装鋼騎士シャドーを仲間に引き入れようとした時高飛車な性格から隙きを突かれてその時胸に傷を付けられたせいでシャドーに復讐心を燃やしていた女幹部の!
紅の髪を靡かせ無慈悲に相手を蹂躙するその姿は血染めの紅爵という異名を持ち、幾度となくシャドーVXを窮地に陥れた強敵な上に美人でスタイルも良くて衣装も際どいからいつもテレビで見てた頃は毎週ドキドキしてたけど毎回作戦が失敗するたびにこの覆面全身タイツの戦闘員に八つ当たりしたりまいどまいど計画よりも私利私欲を優先する傍若無人っぷりで大暴れしてたんだよなぁ……
今になって思えば彼女の所業は職場のパワハラ上司が可愛く見えるくらいのパワハラモラハラ女幹部だ……
それで結局そんな積み重ねた悪行が祟って最終話前に仲間からも首領の皇王からも見限られてシャドーに助けを求めながら無様に死んじゃうんだよな……
正直あのシーンはトラウマで……
いや待て!
つまり今は俺がマルデュークな訳だから俺が近いうちにそうなるって事!?
自分があんな末路を辿るなんて考えただけでも恐ろしい。
せっかくこんな美人に生まれ変わったんだしそれだけは避けないと……
でも俺が死なずに済む方法といえば地球を侵略する他にないはずだ。
それもなんか嫌だしどうすれば……
「あ、あの……マルデューク様……?」
俺が考え込んでいると戦闘員がまた消え入りそうな声で話しかけてきた
この後も確か身体に治らない傷を付けられた事を知るや否や治してくれた科学者戦闘員を腹いせに殺しちゃうんだよな。
そんな事の積み重ねで最終的に見限られちゃうんだからまずはとにかく組織内での評判を上げないと……
「あ、えーっと……コホン……あなたがおr……アタシを助けてくれたのよね?」
「ひぃっ!! は、はいぃっ! しかしながら胸の傷だけは痕が残ってしまいました! 申し訳ございません! 申し訳ございません!!」
俺が声をかけるや否や戦闘員は地面に突っ伏して許しを乞うてきた。
そんな戦闘員の姿にやらかして上司や取引先に全力で謝る自分の姿が重なってしまい胸が痛む。
こんな時はどうすれば……
とりあえず突っ伏している戦闘員の頭を優しくなでたあと抱き寄せた。
俺も男だったんだしこうすれば喜んでもらえるだろ
「まままマルデューク様!? 一体何を?」
「ありがとう。おかげで助かった……わ」
「へっ!? は、はぁ……しかし命だけは!」
「大丈夫。恩人を殺したりなんてしないから」
「さ、左様でございますか!?」
「ええ。当たり前だ……こほん当たり前でしょう? こうしてあなたにお礼が言えるのもあなたが助けてくれたからなのだから」
優しく声をかけたことで戦闘員の震えが少し和らいでいくのを感じる。
「そ、それは良かったです……はぁ……」
彼は安堵の息を吐き、安心して腰が抜けたのかそのまま床にへたり込んだ。
しかしマルデュークの御前であることを思い出したのか大急ぎで彼は体制を立て直し
「と、所でお身体の方はもう痛みなどは有りませんでしょうか?」
そう心配をしてくれた。
ここまでしてくれた戦闘員を腹いせで殺すなんてほんとにマルデュークは悪いやつだ。
いや……今は俺がその悪いやつなんだけど……
「はい! あなたのおかげで前より元気になった気がするよ……! じゃなかった気がするわ! ありがとう」
「は、はあ……そう言ってくださるのでしたら我々も尽力した甲斐があったというものですが……」
戦闘員は不思議そうにそう言った。
やっぱり喋り方とか急に優しくしたりしたから変に思われたか……?
一応マルデュークに生まれ変わってからの記憶もあるんだけどいまいちちゃんと思い出せないし女言葉って急にしゃべると難しいもんだな。
あんまり違和感を与えちゃうとそれこそ危険分子として処刑されちゃうかもしれないしとりあえず話題を変えよう
「ところで今シャドーはどうなっているの?」
「はいっ! 現在ジャドラー様率いる怪人部隊が無事捕らえました! 只今尋問中です!」
そうそう。思い出してきたぞ!
マルデュークがやられた後ジャドラーって怪人育成参謀と彼の育てた怪人ヤドクロンにシャドーはコテンパンにやられて捕まっちゃうんだよな。
当時それ見た時の絶望感はすごかったなぁ……
シャドーの技が何一つとして通用しないんだから。
で、この要塞に捕らえられたシャドーを仲間にしようとするんだけど全然折れなくてマルデュークが尋問することになるんだけど結局時激昂したマルデュークはシャドーの変身ブレスレットを破壊して宇宙に放り出す。
最早シャドーの運命もここで尽きてしまうのかと思ったその瞬間不可思議なことが起こってシャドーはVXに進化して地球に無事降り立つと新たな敵アポカリプス皇国から地球を守る決意をするんだったよなぁ……懐かしい。
VXに進化したシャドーはめちゃくちゃ強くてアポカリプス皇国のどんな作戦も絶対に打ち砕くし負けそうになっても不可思議な事が起こって絶対に負けない。
その強さはファンの間で公式チートの称号をほしいままにし様々な作品の入り乱れる強さ論議スレッドなんかでも漏れ無く名前が上がるほどだ。
そんなのを相手にして勝てる筈もなく最終的にはこの要塞どころかアポカリプス星もろともすべてを消し飛ばして地球には平和が訪れるんだけど……
ここで俺が話通りのヒスさえ起こさずシャドーを倒してしまえば地球には他に対抗できる敵もいなくなって地球は簡単に我々のモノに……そうすれば母星の人々も助けられるし俺自身の破滅も回避できる!
……はずなんだけど
これでも一応地球に40年近く住んでた身だし確かに気に入らないヤツも居るけど人類を根絶やしにするのには流石に抵抗もあるし……
少なくともこれからマルデュークとして人類を根絶やしにした地球で暮らすってのは俺の良心が耐えられなさそうだ。
なによりシャドーが無様に負けるところなんて一ファンだった俺としても見たくない。
そうだ……! それならあえてシャドーを宇宙に彼を放逐してVXになってもらおう!
そうすれば少なくともこの星は救われる!
後は少なくともシャドーVXの放送時期的に猶予は約一年はある。
その間に俺が助かる方法を探せば良いんだ!
幸い話の大筋はわかっているし何とか
でも俺だけが助かってアポカリプス星の人たちを見殺しにするっていうのも記憶が戻るまでマルデュークとして約200年くらいあの星で暮らしてきた訳だしそれはそれで良心が耐えられない。
と言ってもあくまでこの200年というのは地球時間で換算したものであってアポカリプス星での暦と体感からすれば大体地球時間で言うと二十数年と言ったところだろうか。
つまるところ地球で暮らした体感の方が長い訳だし俺としての記憶が蘇ったせいかイマイチ思い出せないこともあるけど一応アポカリプス星で生まれ育った記憶も僅かながらに有るわけで……
それにあんな性格のマルデュークだけど一応アポカリプス星の人たちの期待や命運を背負ってる訳だしあわよくば俺だけじゃなくてそんな母星の善良なる市民立ちも助かる方法を模索するんだ!
そうと決まればとにかく今はシャドーをシャドーVXに強化させるために装鋼騎士シャドーVX第一話に沿って行動しないと……
もし何かの間違いでシャドーをVXにパワーアップできなければそれこそ即座に地球はアポカリプス皇国の手に堕ちてしまうだろう。
ここは慎重にマルデュークとして振る舞わなければ。
ま、まずは素っ裸じゃ何もできないし服を着てここを出ないと話が進まないな
「ね、ねえあなた?」
「は、ハイッ! 何でございましょうか!?」
「アタシ疲れちゃったみたい。もう次の命令があるまで部屋に戻っていてもいいかしら?」
「も、もちろんでございます! お召し物はそちらに置いてありますので!」
戦闘員の指す方には毒々しい色をした露出度の高い衣装が一式置かれている。
うわぁ……あれを着るのか……なんか凄い抵抗あるな……
とは言っても俺の記憶が目覚めるまでは普通に着てたんだよな……
恐る恐るそれを手に取り身につけようとするものの女物の……それもこんな奇抜な衣装の着方なんて皆目わからないので適当に身に付けてみる。
とりあえずこれで大事なところは全部隠れてるし大丈夫なはず……
恐る恐る鏡を見つめると、その向こうでは衣装を着崩して顔を赤らめるマルデュークがこちらをじっと見つめていた。
やっぱりこれ布の面積も少ないし恥ずかしい……
第一俺は男なのにこんな奇抜な女物の衣装を着て出歩かなきゃいけないのか……
今後こんな衣装を着て生活していかなきゃいけないと思うと先が思いやられるな……
俺は鏡に写ったそんな
衣装を身につけた俺は部屋を飛び出し、急いで自室へ向かうことにした。
幸い広い要塞のどこに何があるのかはマルデュークとしての記憶がうっすらとあったので、それを頼りに長い廊下を俺はすれ違う戦闘員達の目線を感じながらヒールを響かせ歩いていく。
それにしても地球の建物とは全くもって構造が違って落ち着かないなぁ……
見慣れない奇妙な構造の廊下をキョロキョロと見渡しながら歩いているとなにか話し声が聞こえてきた。
どうやら戦闘員が数人で集まってなにか話しているようで、俺は興味本位で聞き耳を立ててみる。
「なあ、聞いたか? マルデュークのヤツ地球のよくわからないのに負けたらしいぜ?」
どうやら戦闘員が愚痴を零しているようでこっそり聞き耳を立てて見ることにした。
「おいおいマジかよ! いつもあんなに偉そうにしてるのにこんな辺境の惑星の原生種族一匹にやられるなんて大したことねえのな!」
「いつも俺たちをコキ使ってるからバチが当たったんだよ」
「一応一命はとりとめたみたいだけどせっかくなら死んでてほしかったよな〜」
「おいおいそれマルデューク親衛隊に聞かれてたら殺されちまうぞ」
「おっといけないいけない……いまの内緒だぞ?」
その内容はマルデュークへの愚痴だった。
やっぱり……! 毎週毎週戦闘員に対する当たりは酷いと思ってたけど戦闘員からの評判も最悪じゃないか!
そりゃ作戦が失敗したり気に入らないことがあったらもれなく一人二人戦闘員を殺したりしてたけどさ!!
やっぱやりすぎだよ……こんなんだから最後はあんなことになるんだ。
気まずいなぁ……でも自室の通り道は向こうの方だしあそこを通り抜けないことには辿り着けない。
そうだ! せっかくだしあえてあそこを通り抜けてやろう!
ついでに俺の事を少しでもいい目で見てもらえるように声もかけるんだ!
今の俺は腐っても悪の女幹部!
上司のご機嫌とミスにおびえてオドオドしてた頃とは違うんだ。
ここは胸張って行こうじゃないか!
そう自分を奮い立たせ、愚痴をこぼしている戦闘員の方に俺は歩みを進め
「み、皆、ご苦労さま!」
とひとまず元気に声をかけた。
すると戦闘員たちは身体をビクリと強張らせゆっくりとこちらに首を向ける。
その表情は覆面をしているはずなのになぜか驚きや恐怖の感情がその覆面越しに感じ取れた。
「ひぃっ!! マルデューク様!?」
「ごごごご無事でしたか!! いやぁ〜ご無事でよかったなぁ〜」
「そ、そうですよ! 我々戦闘員一同心配していたんですよ!?」
彼らは俺に気づくなり背筋を正し社交辞令丸出しの言葉を口々に投げかけてくるがそれとは裏腹に彼らの手足は震えている。
マルデュークが相当恐れられている上、悪の組織でもこうやって社交辞令が使われているところを見ると嫌な上司にもへこへこと頭を下げていた自分を思い出してそんな彼らに親近感、そして悲哀すら覚えてしまう。
それと同時にマルデュークが相当な恐怖政治を敷いていた事を身を以て思い知らされいたたまれない気持ちになった。
このままにしてはおけないと俺は踏み込んで話をすることにした。
「聞いてたわよ。アタシの悪口言ってたでしょ?」
「へっ!?」
「なななな何のことでしょう?」
「違うんです! こいつが死ねとか言ってただけで私はマルデューク様命です!! 私だけは助けてください!」
「おいコラお前だってボロクソに言ってただろ!! ちちち違うんですよ? 僕はただ……」
その場に居た戦闘員たちの表情が凍りつくのがわかる。
みんな同じ様な覆面をかぶっているけどこの身体になったからだろうか?
不思議と表情を読み取ることができて皆同じ様に死の恐怖に怯えている様に見える。
やっぱり相当嫌われてるし恐がられてるんだなぁ……
そんな様子を見ていると会社勤めしてた頃の体育会系のめんどくさくてパワハラ気質な上司を目の前にした自分や同僚を思い出す。
一応は部下である彼らをそんな気持ちにしてしまっていることに俺は心から罪悪感を覚えた。
「いいのよ? 愚痴なんて生きていれば誰だって言うものだから。それに溜め込んでばっかりじゃ疲れちゃうしね。たまには発散しなきゃ」
「へっ……!?」
「い、今なんと……」
「許してあげるって言ったの。アタシがこうやって作戦参謀をやれてるのもあなた達が居てこそなんだしこれまでそう言われても仕方ないくらいにはあなた達にキツく当たりすぎていたわ。謝らなきゃいけないのはこっちの方よ。ごめんなさい」
謝るのも頭を下げるのも慣れっこだった俺は戦闘員たちに深々と頭を下げた。
「な、なんだって!? あのマルデューク様が頭を下げたぞ!!」
「嘘だろ!? あなたは本当にマルデューク様なのですか!?」
「そんな事言って安心させきった後に俺たちを纏めて処刑するつもりとかじゃ……」
頭を下げた様子を見た戦闘員はまるで鳩が豆鉄砲でも食らったように驚き、口々にそんなことを言い出した。
相当疑われてるんだなぁ……マルデュークの日頃の行いを考えれば無理もないんだけど……
「そんな事しないわよ。アタシは心を入れ替えたの! これからもアポカリプス皇国のために頑張ってね」
ウチの会社にも美人でこうやって優しい言葉をかけてくれる上司が居たら良かったのになぁ……
なんて事を思いながら戦闘員たちにそんな言葉を投げかけて俺はその場を立ち去った。
「どうしちまったんだマルデューク様……」
「お、俺一生ついていきます!!」
「さっきまで死んでてほしかったとか言ってたヤツが言うセリフかよ……でもなんか今のマルデューク様なんか凄く優しかったよな……?」
「……いや俺はまだ信じないぞ! きっと俺たちを試してるんだ。後で裏切られるだけさ」
背後からはそんな戦闘員たちの声が小さく聞こえてくる。
まさか少し頭を下げるだけでここまで驚かれるなんて……
でもまだ信頼されているとは言えないし一日で失った信用や貼られたレッテルをすべて清算することなんてできないよな……
でもまずは小さいことからコツコツとやっていかないと……
頭を下げて悪いことは謝るだけで評判が上がるって言うのなら俺はいくらでも頭なんて下げてやる!
ここからは俺が社会に出て培った社交辞令と社会に出て失った低いプライドでこの星と俺の危機を乗り越えてみせるぞ!
そんな決意を固めて歩みを進め、しばらく歩いていると見るからにおどろおどろしい意匠のドアが見えてきた。
これこそがマルデュークの部屋のドアだ。
とうとう俺は長い廊下を抜けて自室の前に辿り着いたのだ。
「ここか……いくらなんでも長すぎだろ……靴もこんなだし」
マルデュークの身体に染み付いた記憶のおかげかなんとか歩いてこれたがやはりこんなヒールの高い靴なんてものは前世で履いたこともなかったので僅かに足が痛む。
これからこの靴にも慣れていかなきゃいけないんだよな。
ところでこのドア、どうやったら開くんだ?
「これ……かな?」
俺は恐る恐るドア横にあった液晶画面のようなものを操作するとドアはゆっくりと開き……
「うわ……」
俺は思わず声を漏らす。
ここが
その部屋の内装は文字通り悪の女幹部の部屋といった感じで目が痛くなるようにギラついた色で統一され置かれている家具やオブジェなんかも禍々しい奇抜なデザインのものばかりで地球人の中年男性には少々キツいものがある。
今日からこの部屋で暮らすことになるんだよな……はぁ…………これからどうすりゃいいんだろ?
自室の内装を見て今後が心配になって少し胃を痛めていると
「マルデューク様……もうお身体はよろしいのですか?」
抑揚のない声が聞こえて振り返ってみると少し奇抜なデザインのメイド服を着た少女が立っていた。
「うわぁっ!? だ、誰だ!?」
俺は思わずそう声を上げてみるが、メイド服の少女は表情一つ変えずにこちらをじっと見つめている。
えーっと……確かこの子は…………そう! マルデュークの侍女のアビガストって女の子で……
この子もマルデュークに虐待されまくってて毎週身体にアザが増えてくんだよな……
で、26話くらいでそんな仕打ちが遠因になってシャドーの説得でアポカリプス皇国を裏切ってヒロインになるんだったっけ?
それをきっかけにしてマルデュークは更に荒む上にアビガストの知っている要塞の内情や脆弱性を教えたせいで結果的にアポカリス要塞は壊滅して……
って事はこの子がシャドー側に寝返る事だけはなんとしても阻止しないと!
それなら尚更ここで好感度を上げておかないとな……!
俺がそんな事を考えているのを知ってか知らずかアビガストはこちらを見つめてわずかに首をかしげる様な動作を見せる。
「アビガスト、心配してくれてありがとう。おr……アタシはもうこの通り元気いっぱいよ!」
「は、はい……左様でございますか。ご無事な様で私も安心いたしました」
いつもなら部屋に戻ってきて早々殴られたりしていたであろうアビガストは少々身を強張らせていたが、俺の様子を見て不思議そうな顔をして拍子抜けしたのか肩の力が僅かに抜けたように見えた。
しかしアビガストはそのまま俺の方をじっと見つめている……
もしかして怪しまれてる? やっぱり変だったか?
ここはとにかくこれ以上ボロが出ないようにしないと……!!
「ど、どうかしたの? アタシの顔になにか付いてるかしら?」
「……いえ。いつも通りお綺麗でございます……」
「そう。ありがとう」
「…………?」
アビガストは黙り込むと少し首をかしげた。
それからしばらく俺の側を付かず離れずにしていたアビガストだったが俺が何か動こうとするたび反射的に身体を強張らせている。
恐らくいつまた殴られたりするのかと身体が警戒しているのだろう。
毎回どれだけこんな可愛い子をいじめてたんだマルデューク!
自分のことながらマルデュークのことが許せない。
だからこそこの子が寝返るとアポカリプス皇国が滅ぶとかそんなことを抜きにしてアビガストを大切にしてあげなければいけないと俺は心に誓ったのだった。
部屋に戻って少しは息が休まるかと思ったのもつかの間、ノックする音が聞こえたのでドアを開けるとそこには戦闘員が立っている。
「ま、マルデューク様……イビール将軍がお呼びです……!」
そう告げた彼はやはり恐怖で手足が震えている。
おそらく本来のマルデュークならあたしが休んでいる時に一般兵如きが声をかけてくるんじゃないわよ! とでも怒鳴りつけてそのまま得意技の電磁ムチを食らわせていたのだろう。
この後イビール将軍からシャドーを拷問してなんとしてでも仲間へ引き入れろという命令が下るんだったよな?
きっと内線か何かで呼び出そうものならそれはそれで気ままなマルデュークの事だし無視を決め込むか休んでいる最中に連絡なんか入れてくるんじゃないわよとでも怒鳴り散らすに違いないからわざわざあの長い廊下を歩いて死ぬかもしれないと分かって俺を直接呼びに来たのだろう。
ひとまず安心させた上でその労を労ってあげなければ…………
「呼びに来てくれてありがとう。あとはアタシ一人で行くからもう下がっても良いわよ? くれぐれも体には気をつけてね?」
「……ひっ! それでは失礼いたします!」
俺の言葉を聞いた途端戦闘員は体を強張らせ逃げるように去っていった。
やっぱりみんなから恐いヤツだとかすぐヒスを起こすめんどくさいヤツだとか血も涙もないヤツだとか思われてるんだろうな……
ここまで恐れられているとこちらとしてもいい気分はしないし戦闘員達からの評判は早急になんとかしなければならない。
しかし今はそれよりもシャドーをそれとなく逃してシャドーVXにパワーアップさせなきゃ……
露骨に協力姿勢なんて見せようものなら裏切り行為と認定されて皇王から直々に埋め込まれた爆弾を起爆させられてしまう。
これを取り除かない限りは裏切る選択肢を取ることはできないし無理に外そうものなら確実に爆発してしまって命はない。
だから今はおとなしくイビール将軍の命令には従わないと……
何より今はそれこそが地球を救う最適解なのだから
俺はそんな事を考えながら司令室へと向かった。
「おお、目が覚めたかマルデュークよ。待っていたぞ」
威厳のある声で話しかけてきたマント姿の怪人、彼こそがこのアポカリス要塞の司令官にして地球侵略の命を皇王から直々に任された言わば最高責任者だ。
「はいっ! ご心配おかけして申し訳有りませんでした。今後は再発防止に努めます!」
俺はそんな将軍に威圧され気づけば反射的に頭を下げてそう発していた。
前世で染み付くほどには言ったセリフだ。
しかしそれを聞いたイビール将軍は不思議そうな顔をする
「ほう。貴様がその様に反省の意を示すとは珍しいこともあったものだ。どうした? 頭でも打ったか?」
確かに頭は打ったんだけどさ! そんなに反省するのが珍しいのか!?
いやまあ実際上官であるイビール将軍にも横柄な態度取ったりしてたからなぁマルデューク……
でもイビール将軍は彼女の実力を買って彼女の悪行には目を瞑ってたんだよな。
その結果増長しすぎてクーデターを起こそうとして見放されちゃうんだけど……
ここはボロを出さないようにしないと……
「あ、いえ…… たまには自分の行動を省みることも大事だと思いまして……ははは……」
ひとまず笑って誤魔化すと、イビール将軍は軽くため息を吐きこう言った。
「今ジャドラーが捕らえてきた装鋼騎士シャドー……いや
そうそうこのセリフビデオテープで何回も擦り切れるくらいには見たから覚えてる覚えてる!
それでマルデュークは次にこう言うんだ
「ええ。もちろんですわイビール将軍。アタシの魅力で籠絡して見せます。それにこの胸の傷の事もありますし反抗する気もなくなる程には痛めつけてあげますわ。オーッホッホッホ!」
それから高笑いしながらヒールを響かせて司令室を後にしてシャドーの捕まってる牢獄まで歩いていくんだ。
本当にあの話通りに進んでるなぁ。
それで確か牢獄のこの辺りで変身を解かれたシャドーこと月影瞬が鎖で繋がれてて……
瞬がこの先に居るんだよな……? なんだかそう考えると凄く緊張する……!
だって子供の頃にテレビの前で見ていたヒーローがあと数メートル先に居るんだぞ?
瞬が捉えられているであろう牢に近づく度、俺の胸は鼓動を早めていく。
こんなに緊張したのはまだ新人の頃やらかして取引先に謝りに行った時くらいだ……いやそれ以上かも!!
「うーん…………大丈夫かな? 身だしなみとか…………何か変なところとか無いかな…………」
そんなことをつぶやきながら俺は気づけばどこからともなく手鏡を取り出して
いやまあこんな格好変である事この上ないんだけど……
走行しているうちに将軍に指示された牢の手前に差し掛かる。
「えーっとたしかこの辺りのはずなんだけど……」
恐る恐る牢を覗き込むとそこには傷つき鎖で繋がれた月影瞬の姿があった。
うわぁ本物だぁ!
と声に出してしまいそうなのを必死にこらえた。
月影瞬を演じていた本当の役者さんはもう50過ぎの良いおっさんなんだけど目の前にはあの頃のままの瞬が居る!
いや……生で見るともっとかっこいいかも……?
ああ握手したい……サインとかもらいたい……!
子供の時からファンでした! とか応援してましたとか言いたい……!!
今そんな立場で無いことは重々承知している。
それどころかそんな憧れのヒーローをパワーアップのためとはいえこれから痛めつけなければいけないんだよな……
でもやっぱり瞬をいたぶるのは気が引けるなぁ……とりあえず挨拶はしなきゃな。
「あっ、どうもまたお会いしましたね。お世話になっておりますわたくしアポカリプス皇国のマルデュークと申す者でして……」
俺はペコリと頭を下げ、胸ポケットから名刺を……
「ひゃんっ♡」
出そうとしたら柔らかい感触と何やら未知の感覚が俺の身体を駆け抜けて……って違う!
なんで丁寧に挨拶した上名刺渡そうとんだ俺は!! そんなのそこに入ってるわけ無いだろ!
今の俺は
ほら瞬もなんか不思議そうな顔してるし!
えーっと確かこの後は……
とにかく一話通りに進めないと……思い出せ…………思い出せよ俺…………!
「……コホン無様な姿ね! アタシが油断さえしなければもっと無様な姿でここに連れて来られていたんだからまずはアタシに感謝なさい? それに良くもアタシのこの美しい身体に傷を付けてくれたわね! 簡単には殺さずアポカリプス皇国に楯突いた事と一緒に後悔させてあげるわ!!」
記憶をたどりながらマルデュークとしてそう吐き捨てる。
そうそう。ここで自分から油断したせいで負けたみたいなことを早速言っちゃうんだよなマルデューク……
で、この後は確か胸の傷の礼だってマルデュークが敵味方問わず良く使っていた手から出る電磁ムチみたいなのを出して瞬を叩くんだけど……あれってどうやって出すんだ?
とにかく手に意識を集中して……えいっ!
出し方はいまいちわからなかったがとりあえず手に力を込めて振り下ろしみると……
「ぐぁぁぁっ!!!」
振り下ろした手がじんわりと熱くなり、瞬の苦しむ声が聞こえたと思うと俺の手からは黄色いエネルギーのようなものがが伸びていて彼の身体を切りつけていた。
ほんとに……出ちゃったのか電磁ムチ…………
「あ、あれ……なんか出ちゃった……」
事故とはいえこんな理由のわからないものを手から出して瞬に叩きつけてしまったのか?
「す、すみませんっ!!」
俺は眼の前で起こった事実から反射的に瞬に頭を下げていた。
そんな俺を俊は不思議そうに見つめ少しの間黙り込んだ後……
「怒ったと思ったら急に謝るとは変なヤツだな! この程度の攻撃、改造手術を受けたときの苦痛に比べたら痛くも痒くも無い! いくら俺を拷問にかけても無駄だ! 俺は貴様らの仲間になんぞならないし貴様らの野望は俺が打ち砕いてみせる!」
瞬は囚われの身となったことにも電磁ムチの攻撃にも怯むこともなくそう啖呵を切って見せ、俺を睨みつけてくる。
いやぁやっぱりかっこいいなぁ……昔見たままだ。
って見とれてる場合じゃない……
この部屋もイビール将軍達に監視されてるかもしれないからあまり怪しまれないようにしなきゃ。
「ね、寝言は寝てから言いなさい! それとも地球人にはシラフで世迷い言を言う文化でもあるのかしら? おめでたい下等原生民族だこと!」
俺は心を鬼にして一話のこのシーンを思い出しながら何度か手から伸びる電磁ムチで瞬を殴打しその度に彼の悲痛な叫び声が辺りに反響する。
テレビ越しに見ていたときよりもリアリティや緊迫感を肌身に感じて手を振るうたび俺は罪悪感で押しつぶされそうになってしまう。
しかしここはできるだけ話通りに進めなければ瞬がVXに強化変身する事が無くなってしまうかもしれない。
たしかこの後は攻撃を与えただけでは屈しないとわかったマルデュークが色仕掛けに作戦を変更して官能的に囁いて仲間に引き入れようとするんだけど失敗。
そして自分の魅惑が効かなかった事に腹を立ててヒスったマルデュークは瞬の変身機構を破壊して牢屋に備え付けられている宇宙へ放逐するスイッチを入れて瞬を宇宙へ放り出すんだ。
そして放り出された先で瞬は
よし。その通りにやれば話通り瞬は助かるしVXへと進化する。
今の俺に官能的なことができるかどうかはわからないけど地球を守る為にやるしかない!
「はぁ……これだけやっても屈しないなんてアタシ少し貴方のことが気に入ったわ」
そうそうこうやって……身体を官能的にくねらせながら近づいて首筋をしなやかな指でなで上げて……
「ねぇ? アポカリプス皇国の為じゃなくてアタシの為に戦わない? アナタはもうタダの人間じゃない。きっと地球に平和が訪れればアナタを地球人達は忌み嫌う様になるわ。そんな奴等の為に傷つくくらいならアタシの下僕になりなさい? そうすればアポカリプス帝国の科学力で貴方をもっと強くすることができるわよ。それにこの星を手に入れた暁にはアタシの婿として迎え入れてあげてもいいわ? どう? 二人でこの星を支配しない?」
俺は必死に自分の思うセクシーさや妖艶さを全面に押し出して瞬を誘惑する。
うう……いくら身体は女幹部だと言っても一応俺40手前の男なんだぞ……!?
今にも顔から火が吹き出しそうなほど恥ずかしかったがこれも瞬をVXに進化させるため……そうしないと元のシャドーじゃアポカリプス皇国の怪人には太刀打ちできないし瞬を宇宙に放逐する理由付けのために必要なことだからここは耐えるんだ俺……!
美女の身体で瞬を誘惑するくらい上司や取引先に怒鳴られたり土下座するのに比べたら全然マシじゃないか……!
恥を忍びながら俺は更に妖艶に瞬を誘惑する。
「ね〜え…………なりなさい? アタシのげ・ぼ・く・に♡うふっ♡」
俺は自分が出せる全力を出して瞬の頬を指で優しく撫でてみせた。
俺の心のなかで何かが崩れ去る音がしたが、瞬はそんな俺のことをキッと睨み返し…………
「そんな誘惑に乗るか! この星はこの星で生きる皆のものだ! それを脅かすと言うならば俺は例え人々にどう思われようとこの力で必ず貴様らを打ち倒してこの星を……そして人々の安息を守り抜いて見せるッ!!」
「ふふっ! そう言うと思った」
そう! それでこそ我らがヒーローなんだよ!
それならやることは昔テレビで見たとおりだ!
俺は手から伸びる電磁ムチで腕に付けられていた変身ブレスレットを破壊し、壁についた奇抜なデザインのレバーを下げる。
すると低い音が響き、瞬が縛り付けられている場所にパックリと穴が開いた。
その穴は凄まじい勢いで牢の中にあるものを暗闇の中へと吸い込んでいく。
「それならアンタはもう用済みよ! いくら改造されているとはいえ所詮我々の星からすれば下等な技術力しか持たない地球の技術で作られた化け物…………それに変身さえできなくなったアンタはこの宇宙の環境に耐えられるのかしら?」
「ぐっ! 俺をこのまま宇宙に放り出すつもりか!! この星の平和を脅かす者が居る限り俺は絶対に死なんッ!」
瞬はそんな危機的状況でも恐れ一つ見せずそう啖呵を切ってみせた。
生で名台詞を聞けるなんて………………
って今は感動してる場合じゃない!
「口ではどうとでも言えるわ。さようなら月影瞬。いいえ。装鋼騎士シャドー。我々アポカリプス皇国がアンタの言う平和とやらが完膚なきまでに踏みにじられる様をあの世から指を咥えて見ているが良いわ!」
俺は心を鬼にしてレバーを更に下げると穴は次第に大きくなり、開いた先には青い地球が顔を覗かせている。
「くっ……ここで終わるわけには………………ぐわぁぁぁぁぁぁっ!」
拘束され身動きの取れない瞬は声を上げながらその大きく開いた穴に吸い込まれ、青い星に向かって投げ出されていった。
「残念だわぁ〜アンタにこの星がアポカリプス皇国の手に堕ちる瞬間を見せられなくて でもこれはアポカリプス皇国に逆らいこのアタシの身体に傷をつけたバツよ! 宇宙空間で苦しんで苦しんで苦しみぬいて何もできないまま宇宙のチリになってしまうが良いわ! お〜っほっほっほ!!」
それをテレビで見たとおりのセリフと高笑いで宇宙の闇の中へ放り出されていく瞬を見送った俺はレバーを戻して大きく開いた穴を閉じて牢を後にした。
そして司令室に戻り、イビール将軍に彼は仲間になる意思を見せなかったから宇宙に放逐し大気圏で燃え尽きて死んだと一話のセリフ通りに報告する。
将軍は強力な戦士が仲間にならなかった事を少々残念に思いながらも地球侵略の大きな障壁が取り除かれ勝利を革新して高笑いを浮かべた。
ここまではなんとか大雑把ではあるが一話の筋書き通りにできたはずだ。
はずだよな? もしこれで瞬が本当に宇宙に投げ出されてVXにならずに死んでたりしたら…………
急に不安になった俺は居ても立ってもいられず自室へと走った。
自室に戻り俺は大急ぎでマルデュークの記憶を頼りに棚に置かれていた箱から水晶玉を取り出す。
「あった!」
マルデュークはこれに魔力的なものを流し込んで見たいものを見たりできたはずなんだけど…………どうすればいいんだ?
とにかく見様見真似で手をかざしたり水晶玉を叩いたりしながら瞬の事を強く念じると宇宙空間を漂う瞬の姿が映し出された。
「あっ、映った! 頼む…………ちゃんとVXになってくれ………………!」
俺は祈りながら水晶玉に映った瞬を見つめる。
そして宇宙を漂っていた瞬は地球の重力に引かれ大気圏へと突入しその身体は炎へと包まれていく。
このままではいくら数々の強敵を退けてきたシャドーと言えど生身では大気の摩擦熱で焼け消えるのを待つだけかと思われた。
その時、不可思議な事が起こり瞬の身体は月の光に包まれシャドーVXへと進化を遂げたのだ。
それから地球に降り立つまでの一部始終がテレビさながら、いやテレビで見たときよりもものすごい迫力とリアリティで水晶玉には映し出される。
今シャドーVXがリメイクされたらこんな感じの演出になるんだろうな。
いや、それ以上かもしれないと思いながら俺は水晶を食い入るように見つめる。
そして瞬は自分が生きている事、そして身体をみなぎる力に戸惑いながら新たな姿に変わった自分の腕や胸元を眺めていた。
『これが……俺の新たな力? エンペラージェムが俺に再び地球を救えと言っているのか……? それならば……この星の平和を脅かすというのならこの俺、シャドーVXが相手だ。アポカリプス皇国! 貴様らの思うようには絶対にさせないぞ!!』
瞬……いやVXは新たな戦いを前に天を仰ぎ高らかに叫ぶ。
こうしてシャドーVXとアポカリプス皇国との戦いが始まったのだ。
「よしっ!」
正にテレビで見た通りに瞬の無事と新たなヒーローの誕生を見届けた俺は自然と拳をギュッと握りガッツポーズをとっていた。
良かった! どうやら上手く行ったみたいだ!
まさにシャドーVXの一話が俺の眼の前で再現されたのだ。
それにVXへの強化変身シーンを生で見ることができるなんて夢みたいだ!
これでひとまず地球は救われる!
あとは俺自身とアポカリプス皇国の人たちを助ける方法を一年以内に見つけ出さなくては!!
「やった! なんとか成功だ! これでひとまず地球は安泰だー!!」
「マルデューク様……」
水晶を眺めてはしゃいでいるとアビガストが声をかけてきた。
「ん? どうかした? アタシの顔に何か付いてる?」
俺は大急ぎで平静を保ち、そう尋ねる。
「いえ……マルデューク様のその様な優しいお顔を見たことがありませんでしたので……」
彼女は今にも消えそうな抑揚のない声でそう言った。
その声を聞き、浮かれていた俺の気分は一気に現実へ引き戻される。
そうだ。
彼女は言わばマルデューク最大の被害者なんだ。
他の戦闘員は一撃で殺してしまうマルデュークだけどこの子は元来頑丈なヒューマンタイプの種族な上こきを使う為にわざと死なない程度に毎週毎週……いやテレビで放送されていない部分も合わせれば毎日いたぶり続けられていたのかもしれない。
当時見ていた頃はなんとも思わなかったが今思い返してみるといくらなんでも演出にしてもやりすぎで可愛そうだ。
つまり彼女に付いているアザはいくら覚えがなくても記憶が戻る前の俺がやった事だという事実からは逃れられない。
そんな罪悪感から目からは涙がこぼれだしてくる。
俺はそんなアビガストにどうしてやれば良いのかもわからず気づけばごめんねと何度も言いながら彼女を抱き寄せていた。
抱き寄せると彼女が僅かに震えていて、マルデュークの事を身体が本能的に恐れている事をひしひしと感じ胸が締め付けられる。
「……マルデューク……様?」
彼女は少し困ったように俺の名前を呼ぶ。
「ごめんね……今更謝るのもどうかと思うし許してもらえるとも思わないけど……もう君にはあんな痛い思いはさせないからね……」
「今日のマルデューク様……なんだかあたたかくてやわらかいい気がします……それに私は貴女に仕えることだけが生きる意味なのです。ですからマルデューク様が私に謝られる意味が理解できません」
彼女のそんな言葉を聞いて俺は泣きながら彼女の頭を優しく撫で続けていた。
しかし手が触れた途端彼女の身体が反射的に強張り、それが以前ワイドショーで見た虐待を受けていた子供の反応であることを理解しマルデュークが彼女に相当辛い思いをさせられていた事を身をもって感じる。
この子にこれ以上つらい思いをさせないためにも自分自身の破滅の未来も地球の運命もこの子を含めたアポカリプス星の人たちの運命もなんとかできる限りいい方向に持っていかなければいけない。
そう改めて心に誓った。
こうして装鋼騎士シャドーVXとアポカリプス皇国との戦いの幕が開くと同時に俺の悪の女幹部としての第二の人生、そして地球とアポカリプス皇国の人々を救うためのもうひとつの戦いが人知れず幕を開けたのだった。
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