黒魔女リリィは世界を壊したい!!〜転生者たちの治める国で呪われた魔女と騎士〜

Tanakan【黒魔女リリィは世界を壊し

プロローグ 白の女神と黒の女神

        -★-


 星がまたたき光を落とす。地平を失い広がり続ける闇夜やみよの中央に置かれた円卓えんたくと、象牙色ぞうげいろ玉座ぎょくざわらわは彼女と向かい合う。


 広げられた地図には世界があり、妾と相対あいたいする白の女神の中央で鎮座ちんざしている。


 女神にとっての箱庭であり、盤上の世界で生きる存在にとっては広大な世界だ。


「さぁ! 黒の女神! 次の一手は? どうするの!」


 盤上に手を着き、身を乗り出した白の女神は、長い白銀にも似た編み込まれた髪を揺らす。おごそかと形容するよりも幼さを残す、金銀の装飾で彩られた白のドレスがすそを浮かべた。


 頬は高揚こうようし、瞳は妾とは違い爛々らんらんと輝いている。


 世界が見える。地図の中にある世界が眼前にあるかのように浮かんだ。


 赤いマントを羽織る黒鉄こくてつ甲冑かっちゅうを着た男が腕を組み、たからかに笑うと地面が割れた。亀裂を伸ばしつつ、合間から白をまとう炎が溶岩と共に天へと昇る。


 白の女神が呼び出した転生者である。女神に許された転生の魔法を白の女神が用いるたびに、桃色の香りと一緒に暖かな風が吹く。


 風と共に、星屑ほしくずの浮かぶ広間しか知らない妾の中にも、彼らの記憶が、思いが、そして願いが流れ込んでくる。


 わずらわしい。まったくもって不快であった。


 盤上の世界を黒か、それとも白に染めるか。


 妾たちに与えられた世界はその程度だ。現世より呼び出され白の女神が祝福を、そしてギフトを与える。


 世界には余る女神の力の一端を与えられて呼び出されるのだ。


 妾の整えることを忘れた黒髪は腰を超えて伸びていた。髪を妾はかき上げて、黒のローブから色味の失われた細腕を盤上へと伸ばす。


「いいね。いいね! さぁどんな戦いかな! 英雄は、いずれ語られる英雄譚えいゆうたんはここから生まれるのかな!」


 白の女神は狂い始めている。


 転生者の記憶にある英雄譚で、力を振るうことにおぼれ始めている。


 おろかだな。闇が落ち、広がりつつある影から盤上へ命が生まれる。妾の大切な子供たち。


 長い髭と小柄であるながら膨れ上がる二の腕。大斧を振り上げながら、ドワーフと名付けた精霊だ。


 ドワーフは森を埋め尽くすほどに生み出され、白い炎を生み出す転生者へ立ち向かう。ドワーフの振り上げた斧と、転生者が腰から引き抜く剣は切りむすび、火花が散った。


「ふふふ。そうこなくっちゃ! なら次はどう?」


 白の女神は次々と現世より転生者を呼び出す。応じて妾も命を生み出す。


 闇より異形の者たちがい出る。緑色の肌に大小のゆがんだ体。ゴブリンとオーガと名付けた。歯を尖らせたまま奇妙な笑みを浮かべて、山間から地図の中央へと駆ける。


 栗毛の三つ編み、そばかすの少女である転生者が、ブラウンのスカートをひるがえした。空から黒く長足の巨人を呼び出し、ゴブリンたちの足を止める。続けて、小柄な金髪の少年が胸を張り、サイズ違いのズボンのポケットへ手を入れた。ふふん。と鼻を鳴らすと氷塊が降り注ぎオーガの足元を埋め尽くし、包んでいく。


 立て続けに白の女神は転生者を呼び、妾もまた命を飽きずに産み出し続ける。


 人の形を模した獣。人虎ワータイガーが腕を振り上げて、人馬は地表を風よりも速く駆ける。そして褐色かっしょく快活かいかつな転生者は白と藍色のピッタリとした服装で、黒く磨かれたブーツの踵を叩く。


 白い狼を呼び出した。雄叫びに呼応し青白い無数の狼たちが人虎に飛びついた。後ろから透明で白色の髪を揺らした細身の転生者が歩み出し、天上よりドラゴンを呼ぶ。透けて見える薄い白のドレスを気にもせず、ドラゴンへと飛び乗った。


 白色のドラゴンを盤上から眺めて、いいなぁ。と白の女神が手のひらで頬を支える。白髪の転生者を背に乗せたまま、白色のドラゴンの吐息が地表を凍らせ、続けざまにぜた。


 妾が今度は白髪の転生者とよく似た存在を産み出す。


 長い耳を金の髪で隠すドワーフよりも華奢きゃしゃであるけども、弓と元素を、魔法を操る存在にエルフと名付けた。


 エルフたちは引き絞った弓から矢を放つ。雨よりも濃い密度で降り注ぐ矢へ、黒髪を短く整えた少年の転生者が向かい合う。上下一帯の薄緑色をしたツナギから両手をまっすぐと広げた。命など感じない、盾や小剣を持つ半透明の群衆を呼び出し矢を弾く。


 弾かれた矢を避けて、転生者たちが駆け出す。


 ふわりと裾の浮かぶドレスに、真っ赤なリボンで髪を整えた少女の転生者が、豪胆ごうたんに笑う髭面の転生者に前を向いたままかつがれていた。


 ふたりして弾かれた矢を避けて跳び、互いに拳を合わせると稲光いなびかりが鍛え上げられた体のすじに沿って走る。男と少女を担いだまま膨れ上がった四肢で跳び上がり、右足を振ると無数の矢がいっせいに弾け飛ぶ。


 争いの続く世界の中央へ青髪を耳元で整えた少女が降り立った。褐色の肌と宝石のような瞳をした転生者である。


 彼女はふわりと髪と同じ色をしたマントを回転させながらつぶやく。


 言葉は聞こえずとも世界が色を変えた。砕かれた大地、燃え盛る森、形を変えた山に黒煙こくえんの舞い上がる空が蒼天そうてんへと染まる。


 白の女神が身を乗り出して、耳元の装飾が乾いた音を立てた。


「今度はあなたも転生者を呼びなさいよ! 転生者同士の争い。女神の力の一端を受けた世界すら変えてしまう力! きっと楽しいよ!」


「楽しくなんてあるものか。白の女神も知っただろう? 転生者たちの記憶で。現世の愚かな戦いの日々を。愚かな人間よりもずっと妾の生み出す命の方がとおとい。ただまぁ・・・楽しくはないが。このまま白に染められるのもしゃくだ」


 せめて呪いを与えよう。転生しても黒の女神の呪詛を与え、産まれ変わった世界でも苦しみ続けられるように。


「妾は、妾の魔女たる者を呼ぼう。妾の呪いを一身に受けて、世界を憎み、呪い、呪詛を吐き、黒で染め抜くために。そして妾に許された転生の魔法も与える。現世より魔女の意志で転生者を呼び、気に入らなければ送り返す魔法を。それはつまり希望だ。渦巻うずまく絶望の奥で希望の光を持った時、きっと人はより・・・苦しむだろう。苦しんだ先で自分と世界を呪い・・・果ては黒の女神を望むだろう」


 そして妾も・・・と見上げると、輝きに満ちた瞳が妾を覗いていた。


「なるほど!それが黒の女神による謀略ぼうりゃくね! それでこそ魔族。黒の女神だわ! いずれは祝福の力で白の女神が打ち倒す。盤上を白で、平和の光で満たしてあげるの。それはもう女神らしく!」


 女神らしく。恥ずかしげもなくよくそんな言葉を吐けるものだと、妾は右手を形ばかりの星々が輝く天へと向ける。


 白の女神は玉座へと戻り、足を降りつつ頬に手を当てる。


「今度はどんな転生者を呼ぼうかな。やっぱり勇者がいいな。才能に溢れて、美しく、白の女神が祝福を与えるにふさわしい転生者! いっそのこと姉弟きょうだいにしようかしら? きっと華があるわ! 優しくて賢い姉を守りながら、戦いにおもむく勇者さま。これで決まり! 白の女神にこそふさわしいわ!」


 決まり! 白の女神が再び言い、呆れる妾をよそに両手を天へとかかげた。


 円卓に置かれた地図でしかない世界。盤上でしかないフィドヘルへ甘い香りの風がそそがれていく。


 こうしている間にもフィドヘルの中では長い時が流れている。


 女神と、女神が産み出した存在。そして呼び出した者が感じる時間には途方もない差がある。


 ひとときが永遠とわに流れ続けるのだろう。


 停滞ていたい流動りゅうどうを繰り返しながら、永遠にも思える時間を歩み続けている。


 いつか、妾に呪われた彼女が新たな転生者を望んでしまった時に、停滞し始めた世界は進む。


 白か黒か、それとも黒か白か。


 ただそれだけを決めるための、女神のたわむれで染まるのだ。

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