第13話 死者

 恋バナは、数時間にわたり盛り上がった。

 二人は打ち解け、「また今度お話ししましょう」と、約束した。


 親交を深めた日の夜、愛実は一人ベッドで寝ていた。

 けれど、いつものように目を閉じ眠ろうとするが、なかなか寝付けない。


 久しぶりにものすごく楽しかったため、体がまだ興奮しているのかもしれない。

 そう思い、体を起こした。


 周りは真っ暗な空間。

 昼間、アネモネが取り乱した時に現れた手が、愛実の頭に浮かぶ。


 部屋の中を広がる闇から、また子供の手が伸びるのではないか。

 そう思うと、楽しかった記憶は恐怖に塗り替えられ、体がブルッと震えた。


「…………怖い」


 電気のスイッチはどこにあるのか、誰かいないのか。

 周りを見回すが誰もいない。


「…………アネモネさん、コウヨウさん」


 名前を呼ぶが、来ない。

 いつもは、どこかで待機しているのかという程にすぐ来てくれるのにと、視線を落とした。


 気が焦り、ベッドから降りる。助けを求めるように、扉へと歩いた。

 ドアノブに手を伸ばすが、止まる。


 コウヨウと約束していたことがある。

 それは、夜に廊下へ出てはいけないということ。


 約束は守らなければならない。でも、怖い。

 誰かに縋りたいという気持ちが強く、愛実はドアノブを握り、扉を開いてしまった。


 ヒヤリと、冷たい空気を感じ、扉を開けただけで外には出ていない。

 なぜか、廊下は昼間とは違い、闇が濃く感じる。


 まだ、部屋の中の方が闇は薄い。

 なぜ、廊下はこんなに闇が濃いのか。


 唖然と愛実は、廊下の奥を見据える。

 ここで立ち尽くしていても仕方がないと思い、勇気を出して廊下へと出た。


 刹那、大きな音と共に、横から影。向くと、目の前に死体のような、崩れた顔が現れた。


「ひっ、きゃぁぁぁぁぁあああ!!!」


 現れたのは、死体。ゾンビ映画に出てくるような、体が解けている男性だった。

 今にも目が落ちそうな程見開き、手は骨が見えている。


 肉がボタボタと落ち、地面に赤黒い跡が残されていた。


 思わず部屋の中に戻り、しりもちをつく。


『アゥ、アァァ…………』


 何を言っているのかわからない。声なのか、言葉なのかもわからない。

 呻き声をあげながら、男性は骨が見えている手を愛実に伸ばした。


 逃げたいが、腰が抜けてしまい逃げられない。

 もう終わりだ――そう思い目を強く瞑った。



 ――――バンッ!!



「――――へっ?」


 なぜか、見えない壁に触るような動きを見せる。

 愛実には、ゾンビがパントマイムをしているように見え、何がなんだかわからない。


 ゾンビは、部屋の中に入れないと理解したらしいが、まだ諦めず、ドンッ、ドンッと見えない壁を叩き始めた。


 叩きつける音が部屋に響き、愛実の恐怖心を煽る。

 どうすればいいのかわからず、音と視界を塞ぐ。


 それでも、脳に刻まれたゾンビの姿と、壁を叩く音は勝手に脳裏に再生され涙がこぼれた。


「誰か、誰か助けて……。コウヨウさんっ…………」


 涙を目の縁に溜め、体を小さくして懇願する。

 すると、その願いが届いたのか、廊下から呻き声に紛れ、足音が聞こえ始めた。


 男性の背後に、刀を振り上げたコウヨウの姿が現れる。


 ――――ザシュッ


 コウヨウの姿が見えた瞬間、ゾンビは刀により縦に切り裂かれた。


 ――――ギャァァァァァァァアアアアア


 悲鳴と共に塵となり消えたゾンビを見て、愛実は映画でも見ている感覚に陥り、目を開き驚くだけ。

 なにも考えられず、跡形もなく消えたゾンビがいた場所を見る。



「…………何をしているのですか」

「な、何をって……。あ、あの……」

「お約束をお忘れですか?」


 呆れたように言うコウヨウの言葉は、耳に入るが理解が追い付かない。

 頭が回らず、何も答えられない。


 困惑している愛実を見て、コウヨウは刀を鞘に戻し、部屋に入る。

 その際、波紋が広がるような模様が浮き出て来た。


 それを、愛実は見逃さなかった。


「え、今、なにか。えっ」

「一つずつ説明したいのですが、今は時間がありません。絶対に自分の名前は口にせず、ここで待って居てください」


 それだけ伝えると、コウヨウは愛実を置いて部屋から出ようとする。

 だが、怖くて仕方がない愛実は、コウヨウの腕にしがみ付き止めた。


「一人に、しないで…………」


 震える愛実を見て、コウヨウは考えた。


 このまま一人にするのも、何をしでかすのかわからず危険。

 けれど、今コウヨウが行こうとしているのは、先ほどのゾンビが蔓延る廊下。


 連れて行くことは危険だが、震えている愛実を突き放す事も出来ない。


 考えたが、どっちにしろ危険であることは変わらない。

 コウヨウは、自分が守ればいいかと、連れていくことにした。


 振り返り、愛実の頭を撫でた。


「では、今から言う事を絶対に守ってください」

「は、はい」


 頭を撫でられ、少し落ち着いた愛実は顔を上げ頷いた。


「まず、一つ目。絶対に自分の名前は言わないこと。二つ目、私から離れないこと。三つ目、何が起きても私の言う事を聞くこと。これを守っていただければ、今回の夜は生き抜くことができます」


 最後が物騒な言葉だったが、今言ったことを守れば生きていける。

 愛実は、一人には絶対になりたくなかった為、不安ではあるが小さく頷いた。

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