第11話 黒い靄
「では、落ち着いたところで、愛実様」
「は、はい」
「なにか、ご所望ございますか?」
アネモネの表情がいつもの無表情に戻る。
問いかけられ、愛実はどうしようか考える。
特に、御所望な事はない。ただ、一緒にいてくれるだけで良かった。
でも、うまくお話が出来ない自分と居ても、楽しくなんてない。迷惑をかけるだけだ。
そう思うと、ここにいてほしいとも言えない。
困っている愛実を見て、アネモネは急かすことなく待ち続けた。
「…………あ、あの」
「はい」
沈黙に耐えられなくなった愛実は、もうどうにでもなれという気持ちで勇気を出した。
「わ、私とお話ししていただけませんか!!」
気合が言葉に乗り過ぎて、必要以上に声が大きくなってしまった。
でも、恥ずかしさとこの後どのような言葉が返ってくるのかという恐怖で、下げた顔を上げられない。
目をぎゅっと瞑りアネモネからの言葉を待つ。
予想外な要求に、アネモネも目を丸くし恥ずかしがっている愛実を見た。
「――――わかりました。どのようなお話をしましょうか」
ニコッと笑ったアネモネに、愛実は満面な笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますって――ふふっ。お話しするだけなのに」
クスクスと笑うアネモネを見て、愛実は本当に安心したように胸をなでおろした。
「ですが、お話ですか……。なにかテーマがないと意外と難しいですよね」」
確かに、ただお話ししましょうと言っても、二人が楽しいと思えるような内容を照らし合わせなければならない。
でも、二人は今日、話したばかり。
お互い、何を知っているのか、何が好きで苦手なのかわからない。
下手に話題を振ると、相手の嫌がるものかもしれない。
そう思うと、愛実はまたしても口が開けなくなってしまった。
「…………では、女性らしく、恋バナはいかがでしょう?」
アネモネからの提案に、愛実の頭には、一人の少年が頭に浮かんだ。
瞬間、顔が真っ赤になってしまった。
「こ、ここここ、恋バナ、ですか!?」
「あら、その反応を見るに、想い人がいるのかしら?」
あらあらと、アネモネは楽しそうに愛実を見る。
「もし、嫌でなければお聞かせ願えませんか?」
「へぅ。う、そ、その、あの……。あ、アネモネさんにはいるのでしょうか!?」
まだ勇気が出ない愛実は、アネモネに話の矛先を持って行く。
すると――……
「――――ん!?」
アネモネは一瞬キョトンとするが、すぐに顔が真っ赤になった。
そんな反応が見れるとは思っておらず、愛実も思わずキョトンと目を丸くした。
「い、いや、い、いないぞ。私には、そんな者存在しない!」
慌てすぎて、アネモネの口調が変わる。
顔を腕で隠し、赤い顔を見られないようにするが、愛実は気になって仕方がないため体を乗り出し問いかけ続けた。
「で、でも、明らかに動揺しておりますよね!? いるんですか!? いるんですよね!?」
アネモネに詰め寄り、愛実は質問を繰り返す。
「教えてください! いるんですよね!? アネモネさん!」
「あーーーもう! わかったわよ! いるわよ、私だってこんな所で世話係をしている女だけど、女だもの。そういう人くらい、いたわよ…………」
先ほどまで、美しすぎて、高根の花のように近寄りがたいアネモネだったが、今は恋する乙女の表情を浮かべている。
撫子色の髪を指で絡め、唇を尖らせた。
そんな、意外な様子のアネモネが可愛く思い、愛実は思わず笑う。
「なに笑っているのですか。馬鹿にしています?」
「いえ、馬鹿になどするわけがありません。それに、私にもやっぱりいるのです、想い人。なので、アネモネさんの気持ちがわかるなと思います。あと、可愛くて、つい……」
最後の言葉と、また笑いだした愛実に、アネモネは頬を膨らませ「もぉぉおお!!」と、顔をそらし怒ってしまった。
その仕草すらかわいく思い、目が離せない。
「あの、アネモネさん」
「なんでしょうか」
「その、さっきから度々口調が変わっているのですが――……」
ウキウキと言う愛実の言葉に、アネモネは言葉を失った。
「えっ」
突然空気が変わり、まだ言葉続けようとしていた愛実は、言葉を止めた。
今まで和やかだった空気が、急に静まり返る。
冷たくなり、静寂な空間が広がった。
アネモネの表情は、どこか恐怖を感じており、驚きと不安が入り混じっている。
なぜ、急にそんな表情を浮かべてしまったのか。
自分は、なにか言ってはいけないことを言ってしまったのか。
何が起きたのか理解できない間に、アネモネが急に動き出した。
「す、すいませんでした! 感情的になってしまい、無礼を働いてしまいました!」
「え、え? い、いや、あの……」
愛実の前でいきなり土下座をし、謝罪を繰り返し始めたアネモネに、愛実は驚愕。いきなりどうしたのかと、何をすればいいのかわからない。頭が働かない。
「すいません、本当にすいません」
何度も何度も、アネモネが震える声で謝罪を繰り返す。
なんでこんなに怖がってしまったのか。なぜ、謝罪を繰り返すのか。
何も言えないでいると、アネモネの背後に突如、黒い靄が現れ始めた。
怖いのに目が離せない。愛実が見ていると、その黒い靄から小さな子供の手が現れた。
瞬時に愛実は、あの手に掴まれてはいけない。そう思い、動き出す。
「アネモネさん!!」
アネモネの腕を掴み、自身へと引き寄せた。
掴むものがなくなった子供の手は、少しだけ愛実を見るような動きをしたかと思うと、黒い靄の中へと戻る。
黒い靄が霧散すると、場の空気が少しだけ軽くなった。
さっきから何が起きているのか理解できない愛実は、自身の腕の中で震えているアネモネの背中を摩った。
今だに「すいません、ごめんなさい」と繰り返しているアネモネ。
どうしようと思っていると、愛実がさっき言いかけた言葉を思い出す。
少しだけ体を離し、目を合わせた。
「アネモネさん、さっき、私が言いたかったことには続きがあるんです。聞いていただけませんか?」
泣いてはいないが、怖がっている。そんなアネモネの頭を撫で、愛実は少しでも安心してもらうために笑みを浮かべた。
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