07 姉妹の変化と根幹と
「お隣、失礼してもよろしいですか?」
三人で食事を取っていると、声を掛けられる。
顔を上げると、腰元まで真っすぐに伸びた黒髪と、凛々しい眼光の少女が私を見下ろしていた。
ちなみに
「ど、どうぞ……
どこか冷淡な印象を抱かせる彼女を、私は良く知っていた。
カノハナのヒロインの一人で、クラスでは学級院長を務めている。
主席のエリート少女だった。
「ありがとうございます」
スカートの裾を抑えながら、無駄のない所作で椅子へ座る。
物音を立てない動き方は流麗そのもので、彼女の洗練された佇まいに見入ってしまう。
(え、なんで
(こんな事なら席を埋めるべきだったね冴姫ちゃん、わたし達だって座りたかったのに)
冴姫と颯花はどこか怪訝そうにコソコソ話をしているが、ここは我慢してもらおう。
彼女と不穏な関係になるわけにはいかないのだ。
「どうかしましたか?」
乙葉美月はクラスの中心的人物の一人だ。
特に彼女の周りは秀才で落ち着きのある人達が集まる傾向にある。
なので、彼女がわざわざここに来たのには何か理由があるはずだ。
「双美冴姫さんと颯花さんに、申し上げたい事があります――」
私の隣というより、双美姉妹の対面に座る事が目的だったようだ。
それなのに私にわざわざ声を掛ける当たり、双美姉妹の拒否は最初から見越していたのだろう。
立ち回りが上手だ。
「――単刀直入に言いましょう。貴女達には、この
――ピッキーン
と、空気が凍り付く。
「あたしらの何が問題なわけ?」
「具体性がなくてよく分からないよねぇ」
双美姉妹の好戦的な態度に、乙葉さんは呆れたように溜め息を吐く。
「久々に復学したかと思えば、
やはり、乙葉さんは朝の一幕を見ていたんだ……。
ヒロインである乙葉美月は、主人公の逢沢紬に恋心を抱いている。
それゆえ、逢沢さんに対して当たりが強い双美姉妹の態度は受け入れ難く、敵対関係になってしまいがちだった。
「あの時は、あたし達が前に出る必要があったのよ」
「わたし達だって、やりたくてやったわけじゃないんだけどなぁ」
「それが逢沢さんを陥れる理由にはなっていません」
お互いに譲る事はないため話は平行線。
この亀裂が、原作では双美姉妹を追い詰める結果となってしまう。
今もその関係性には変化はない、だけど……。
「ま、まぁまぁ……乙葉さん、冴姫と颯花も悪気があったわけじゃないんですよ」
「白羽さん、お言葉ですが“悪気がなければ許される”なんて論理は通用しません」
乙葉さんは理路整然と、双美姉妹に態度の改善を訴える。
それは乙葉さんからすれば当然の主張である事は分かるのだけど、二人にだって言い分はあると思うのだ。
「冴姫と颯花は私の体を心配してくれて、ちょっと過剰に反応してしまっただけなんです。だから本当の原因は私で、謝るなら私なんです」
ここでようやく乙葉さんは表情を少しだけ崩し、目を丸くさせる。
「双美さんが、白羽さんの心配を……?」
驚いたように、乙葉さんの視線が双美姉妹に向く。
「なによ、じゃなかったらわざわざ絡まないわよ」
「人の事を心配したらダメなのかなぁ」
その双美姉妹の反応は、乙葉さんにとって予想外だったのだろう。
きっと一方的な行為だと踏んでいたから、そこに第三者が関与しているとは思わなかったはずだ。
そしてそれを認める双美姉妹の姿も新鮮に映ったのかもしれない。
「そう言えば、御三方が一緒にいるのは初めて見ましたね」
乙葉さんが、きょろきょろと私と双美姉妹を交互に見ている。
以前とは違う変化に気づいてくれたようだ。
「今もこうして二人は怪我をした私を助けてくれて、ようやくご飯が食べられたんです。そんな心遣いが出来る二人が逢沢さんを一方的に陥れる事なんてないですよ」
「確かに、お二人がクラスメイトを手助けしているのを見るのはこれが初めてですが……」
いよいよ、乙葉さんは二人の変化に気付き始めた。
乙葉さんは、俯瞰した視点をちゃんと持ち合わせている。
それ相応の変化があれば、分かってくれると思っていた。
「勘違いして欲しくないのは、それは柊子限定の話だから」
「柊子ちゃんには特別だよ」
「……」
二人とも?
それは要らないんじゃないかな?
「素晴らしい友情ですね?」
「……え、あ、いや、ははっ」
乙葉さんの皮肉交じりの視線が私に向けられるが、愛想笑いで応える事しか出来なかった。
「……まぁ、いいでしょう」
乙葉さんが席を立つ。
椅子が揺れる事もなく、彼女は雑音から切り離されていた。
「“白羽さん限定”というのは多少気になりますが、それでも双美さんの思いやりが理由というのは分かりました。私も一方的に決めつけてしまったのは反省します。その心遣いが行きすぎなければ、今回の件は不問に致しましょう」
そうして、乙葉さんは席を離れて行く。
初めてなんじゃない? 双美姉妹とヒロインの絡みがこんな穏便に終わるの。
これってもしかすると、友好的な関係を築ける兆しが見えてるんじゃない?
「よ、良かったね、二人とも。これで乙葉さんとも仲良くやってけるんじゃない?」
光明が見えた事に心が沸き立つ。
私は彼女達に、円満な人間関係を築いていく事を薦めたい。
「え、柊子以外に仲良くする必要あるの?」
「いや、もっと輪を広げた方が円滑な人間関係を築けるからさ……」
しかし、冴姫は首を傾げる。
「柊子ちゃんがいれば楽しいんだから問題ないよねぇ?」
「いや、必ずしもそうとは言い切れないと思うんだけど……」
どうやら颯花も同意見らしく。
私を受け入れる心のゆとりは出来ても、他の子達を受け入れる気持ちにはまだなれないのだろうか。
な、なんでや……。
嬉しさも半分、感じるけども。
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