第35話 嵐が去った後には
嵐が一瞬で来て去っていった気分だった。
「グリューネワルト王国でも、遺物持ちは特別なのですね」
「遺物持ちは珍しいからな」
嵐が去って、今は後宮のガゼボでゲオルグ様とお茶をしていた。
「でも、セレスさんが遺物持ちだと気づきませんでした」
「ミュリエルの『魔眼』がなければ気づかなかったと思う。セレスの生家はすでに没落していたし……」
借金のせいで没落してしまったセレスさんの生家。両親もすでに他界しており、他界する前に借金をしたのはあのネイサンという方だった。公爵家の方だから、ずいぶんとお金を持っていたことだろう。
そして、借金の形にセレスさんは娼館に売られていた。
「でも、セレスさんの遺物はなんですか?」
「気になるのか?」
「とっても知りたいです!」
「知っても何の役にも立たないぞ」
「どういう意味でしょうか? 武器系の遺物ではないのですか? 遺物は武器系が多いですけど……ルイス様のように魔法系ですか? それとも、私のように特殊能力系ですか?」
「特殊能力系だとは思うが……」
興味津々でゲオルグ様の話を聞いていた。
「遺物の名前はいずれ判明させるが……数分だけ透明になる能力だ」
「数分だけ?」
「たった数分だ。セレスは使った自覚もない。使ったかどうかも、わからん。数分だから、ちょっと姿が見えなくなるぐらいの感覚で誰も気づかなかっただろうし……数分では何の役にもたたん」
「で、でも、透明になれるなんて、密偵とかできそうです」
「数分透明になれるだけで、何の訓練もしてない者が密偵などできん。ルキアやホークのほうが役に立つ」
役に立たない遺物。返答に困ってしまう。
「だが、唯一役に立つのは、ミュリエルの『魔眼』が効きにくいということだ。俺たちのように効かない可能性が高い」
街で会った時に、確かに悪漢たちには『魔眼』は効いていたけど、セレスさんには効かなかったのだ。
「……でも、セレスさんが来てくれて嬉しいです。あの後どうなったか気になっていました」
「迷子になったかいがあったな」
「そ、それは、秘密で……」
ルキアの指さすままに右往左往していた自分が恥ずかしくて顔を隠すと、ゲオルグ様がくすりと笑った。
「セレスのことで、レスリーもこれで去るだろう」
「それは……ネイサン様のことで、レスリー様を後宮から出すのですか?」
「そのつもりだ」
少し考えてしまう。レスリー様のことと、ネイサン様やセレスさんの事情は違うのでは……と。
「……ゲオルグ様。レスリー様はここに置いてくださいませんか?」
「なぜだ? レスリーの目的は正妃になることだぞ」
「公爵家の令嬢なら、そう望んでも仕方ないと思います。でも、ネイサン様とセレスさんをことをレスリー様の問題に押し付けるのはちょっと違う気がするんです」
「この場合は、公爵家の権力を使って後宮を去らないレスリーを、穏便に追い出せる駆け引きの一つだが……」
「そうかもしれませんけど……」
ゲオルグ様の言いたいことはわかる。わかるけど……あのバロウ家の血まみれの邸で出来事が脳裏に浮かぶのだ。
「……同じことをしたくないのです」
「同じこと?」
「バロウ家のことです。私のことで兄上も父上も、陛下の覚えが悪くなりました。兄上に至っては、私の殺害を頼むほどに……レスリー様にも、兄弟の過失を押し付けたくないのです。レスリー様はレスリー様ですから……」
セレスさんとネイサン様の出来事を、後宮とレスリー様の問題にしたくない。
「そ、それに、レスリー様は私がアルドウィン国に行っている間に後宮を治めてくれていました。だからっ……」
「ゲオルグ様。失礼いたします」
セレスさんたちのところに行っていたリヒャルト様が戻って来た。
「時間切れだな」
そう言って、ゲオルグ様が立ち上がった。頑張って言ったが、やはりゲオルグ様には後宮に女は要らないのだ。女官すらも。
ゲオルグ様をお見送りするために、俯いていた顔を上げようとしなければと思うと、ゲオルグ様の手が私の肩に触れた。そっと、ゲオルグ様が唇を寄せる。
「……ゲオルグ様?」
「……レスリーは、後宮に留まることを認めよう。だが、ネイサンを押さえられてからだ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、大事な妃のお願いだ。それくらいは聞いてやらねばな」
「嬉しいです……ありがとうございます。ゲオルグ様」
立ち上がってゲオルグ様に抱き着いた。すると、もう一度ゲオルグ様が私の額に唇を寄せた。
「では、そろそろ仕事に戻るが……今夜こそは必ず来る」
それは、今夜こそは伽に訪れるということだ。頬が紅潮してしまう。
「妃の願いを叶える俺に、褒美をくれるか?」
「はい……お待ちしてます」
「では、今夜こそは……」
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