書籍化記念:東雲紫乃

「日帰りで星を観に行きませんか?今日は流星が見えるらしいのです」


晩秋の昼下がり、部屋のソファーで紫乃とまったりしていた時、突然俺に提案してきた。


「いいよ。他の三人もそろそろ授業が終わるだろうから、そしたら」


「コホン」


紫乃がわざとらしく空咳をした。そして、笑顔で俺を見ていた。


「それが~、三人とも今日中に終わらなせないといけないレポートがあるらしくて~、今日は遅くなるらしいんです~」


「え?そうなの?」


「とても残念ですが!ええ、本当にとても残念なのですが、二人きりで行くしかないですね!」


不思議だ。紫乃は残念そうに言っているのに、声にハリがあるな……


「そうと決まれば善は急げです。レンタカーは手配済みで、必要な荷物は既に車に乗せてあります。後は現地に赴くだけです」


「随分、準備のよろしいことで……」


「ええ、たまたまですよ。さぁさぁ、早く行きましょう。時は金なりです」


俺の皮肉を受けても、紫乃の笑顔は全く崩れることがない。ポーカーフェイスをさせたら、負けなしだしな。


基本的に五人でいることが多いが、【四方美女】は俺の一番を巡って争っているので、二人きりになろうと画策しているところは良く見受けられる。


まぁ、大体他の【四方美女】に邪魔されるんだけど……


そんな監視の目をかいくぐって紫乃は二人きりのチャンスを見出したのだ。いつから準備していたのか知分からないが、紫乃の熱量から一日や二日ではないのだろう。相当楽しみにしていたのだと思う。


そう考えたら、途端に紫乃を愛おしくなった。


「ん……急にどうしたんですかぁ?」


「ごめん、紫乃が可愛くてつい」


紫乃の頭を撫でると、気持ちよさそうに身を委ねてくる。なんとなく猫にするようにうりうりする。今日は紫乃と二人でいたくなった。


「さぁ、行こうか……ってどうしたん?」


紫乃が熱を持った瞳で俺を見てきた。


「……行く前に襲っていいですか?」


「駄目だろ!?」


※ご想像にお任せします。



紫乃に連れて来られてやってきたのは都心から遠く離れた山奥のキャンプ場だった。平日の静けさの中、幸運にも俺たち以外に訪れている客の姿は見えない。


小高い丘の上から遠くに町が見える。秋の風がそっと肌を撫で、木々のの葉が微かに揺れ、遠くの空に輝く茜色は徐々に夕闇に溶けこんでいく。


「たまには文明から離れてみるものですね。良い眺めです」


「そうだな。空気も美味しいよ」


肺一杯に澄んだ空気を吸い込む。冷たくて心地よい空気が身体の隅々まで行き渡り、心が洗われるような気がした。


紫乃はダークブルーのフード付きジャケットを着用し、その下にはシンプルなロゴ入りの白いTシャツを合わせ、ズボンはブラックのデニムを合わせて、小ぶりなネックレスをしている。


紫乃は夜に飲まれる茜を見つめていた。風が吹くと漆黒の髪が少しだけ揺れ、夜が紫乃を迎え入れようとしているようだった。すると、不意に紫乃と視線が絡む。


「どうかしましたか?」


「……いや、なんでもない」


見惚れていたと素直に認めるのも気恥ずかしかったので、俺はすぐに前を見る。


「それにしても、この景色を見ながら呑むお酒は美味しいですね。聡さんもどうですか?」


「ああ、俺も……ちょっと待て!?」


反射的に紫乃の方を見ると、どこから取り出したのか発泡酒の缶をカシュッと空けて、グイっと飲み干していた。そして、紫乃が俺に向かってほろ酔いを差し出してくる。


いや、そんなことはどうでもいい。


「帰りどうすんの!?」


俺はそもそも片腕が使えない障碍者なので、免許は持っていない。だから、紫乃にここまで連れてきてもらったのだが、酒を飲んでしまったので、運転できない。飲酒運転させるわけにはいかないので、マジで困った。


が、紫乃は全く気にした様子がない。


「ご心配なく。テントも持ってきていますので、ここで一晩過ごせますよ。万が一のために持ってきて良かったです。備えあれば憂いなしといいますが、先人たちは良い言葉を残してくれたと思いますね」


こんにゃろ……


得意げにトランクを開けると確かに、一泊過ごすには丁度良さそうなものが揃っていた。星を見に行くだけにしては物が多すぎる気がしたが、やっと納得した。日帰りだからと俺を安心させておいて、ここまで計算していたのだろう。


せめてもの抗議で紫乃をジト目で見つめるが、柳に風と流される。それどころか。


「許してくださいニャン♡」


猫ポーズであざとく舌を出した紫乃を見て━━━


「……許す」


可愛いってズルいわ……



焚き火の炎がパチパチと音を立てていた。折り畳み式の椅子を二つ並べて、その焚火をじっと眺めいていた。その視線の先には飯盒が湯気を立てながら、じっくりと米を炊き上げていた。


「ご飯はそろそろいいかな……紫乃、頼んでいい?」


「お任せあれで~す」


紫乃はもう完全に出来上がっていた。可愛く敬礼をして、飯盒の蓋を開けた。酔っているのに、火元で作業をさせていいのかと思ったが、その手際は見事だった。


「良い感じですね。蒸らしましょうか」


そういうやいなや、飯盒の蓋を閉じて、タオルを巻いて保温する。


俺はその間に、レトルトカレーを湯煎で温める。じっくりと温められたルーからは食欲をそそるスパイスの香りが広がった。


「もういいですかね~」


時間を見計らい、紫乃がそっと飯盒の蓋を開ける。中には、炊き立ての白米が光っていた。


しゃもじを差し込み、ふんわりとしご飯をほぐすと皿によそい、そこに温めたレトルトカレーをかける。温厚なルーが白米に絡み、見ていると食欲をそそられた。


紫乃に釣られるように、俺もほろ酔いを取り出して、紫乃と乾杯した。


「美味しいですね~」


「ああ。美味すぎだろ……」


普段、食べていたご飯が何だったのだろうと思うくらいには美味しかった。


食後、俺たちはテントを張って、その入り口に並んで座った。二人で一つの布団にくるまりながら、静かに夜空を見上げる。


「綺麗ですね~」


「ああ……」


星空が夜空を切り裂くように輝いている。同じ空なのに、都会とは全く違った。流星群が来るのはまだだが、もうそろそろのはずだ。


紫乃も俺も多くを語らず、ただ寄り添いながら待っていた。紫乃のぬくもりが布団越しにじんわりと伝わってくる。その温もりが心地よくて、この時間が永久に続いて欲しかったが、不意に紫乃が静寂を破った。


「……星についての知識はどのくらいおありで?」


「残念ながら全く。中学生で知識が止まってるよ。しいて、言えば横に三つ並ぶ星座が目印のオリオン座くらいかな」


布団から手を出して、空にあるオリオン座をなぞる。


「では、オリオンとアルテミスとの神話はご存じですか?」


「まぁ多少は」


狩猟と月を司る処女神アルテミスは男嫌いで有名だ。そんなアルテミスが唯一恋をしたのが、オリオンだ。


ただ、そんな二人の仲をアルテミスの双子の兄であるアポロンは認めなかった。そして、アポロンはアルテミスを騙して、彼女はオリオンを矢で射抜いて殺してしまう。


そのことを知ったアルテミスは悲しみ、父のゼウスに頼み込みオリオンを星座として夜空に祭り上げた……という話だったはずだ。


「救われない話だよな……」


俺はバッドエンドが嫌いだ。もうこりごりだ。


「私、アポロンが大嫌いです。ギリシャ神話では主役級の神として崇められていますが、彼が引き起こした悲劇は数え切れないほどあるのをご存じですか?」


「そうなの?」


ゲームだと強キャラとして使われることが多いので、その印象は全くなかった。


「ええ。自分の本能のままに振る舞い、周囲を振り回した結果、誰かの人生を滅茶苦茶にするのです……」


「ああ……そういうことね」


言われるまで気が付かなかったけど、確かにあいつ・・・に似てるな。神様と比べるのは破格過ぎるが……


紫乃が怖い顔でアイツのことを思い出していた。俺は一度ため息をついた後、俺は肩を抱き寄せた。すると、不思議そうに俺を見てきた。


「ど、どうかされましたか?」


「いやな、俺とのデート中に別の男のことを考えられたら、少し悲しい……」


「あ」


紫乃がアイツのことをどう思っているかなんていうのは知っているし、俺を愛してくれているのも知っている。ただ、それでも、別の男のことを考えられたら嫉妬をする。それだけ俺は紫乃のことを愛してるんだ。


「ふふ、愛されてますね……」


「だろ?」


「ええ。あったかいです……」


沈黙が世界を支配する。けれど、不思議と居心地の悪さは感じなかった。紫乃と身を寄せ合い同じものを見ているという実感のおかげでそれさえも心地よく思えた。


ねぇ・・


「ん?」


紫乃から違和感のある呼ばれ方をした。そして、紫乃の方を見ると、唇に柔らかい感触が触れた。そして、少しだけ上目遣いで、俺を見ると、


「ず、ずっと。一緒にい、いようね。その、さ、聡……さん」


敬語ではないたどたどしい言い回しは最後には呼び捨てできずに『さん』を付けてしまって中途半端になってしまう。完璧を普段から心がけている紫乃が不完全な話し方をしてきたことに愛おしさを感じてしまう。


「……ああ、俺もだよ」


空を見上げると流星がぽつぽつと流れてきた。流石にアニメのような大規模流星群ではないが、それでも感動してしまった。


この感動を共有しようと紫乃を見ると、両手を絡めて祈りのポーズを取っていた。そして、数秒立つと、白い息を吐きながら、面を上げた。


「何を祈って、む」


紫乃が俺の唇に人差し指を当ててきた。


「内緒。願い事は、言葉にすると、叶わなくなるといいます、言うから」


「……それもそうだな」


願いが叶った時にそれは知れる。その日を気長に待とう。


時間はたくさんあるのだから━━━



━━━

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