鈍感な中年冒険者は騙される
八万
おかしな試験
「それでは始めてください……」
ギルドの試験官が、そうどこか緊張感をもって宣言する。
俺は、静まりかえる試験会場でゴクリと喉を鳴らし、用紙を表にした。
下記の問いに当てはまる方を〇で囲みなさい。
問1 あなたの好きな色は ・ピンク ・白
まあ白だが。何の適性を見てるんだ?
問2 あなたの最近気になる人は ・ゴンザレス ・カトリーヌ
なんだこれ? ゴンザレスて誰だ? そしてなぜここでカトリーヌ?
問3 あなたの好きなタイプは ・ゴリマッチョ ・カトリーヌ
いやいや、ゴリマッチョがタイプのわけないだろ……てかなんで二択!?
問4 あなたの夢は ・オークと結婚 ・カトリーヌを嫁に
オークと結婚する人見たことないぞ! で、なんで二択なの!?
問5 あなたの性別は ・女 ・漢
なぜ漢? まあこれはまともな方か。
問6 あなたはいつ私に求婚しますか ・後日 ・今すぐ
ふざけた試験だ。
ギルド別館の広い会場には俺一人、試験官も一人と、なんともスペースの無駄使いといえる。
俺は溜息をつきながら試験用紙を裏返すと、試験官を睨む。
彼女の名はカトリーヌ。
ギルド受付の華で、冒険者達から絶大な人気を得ていた。
正に高嶺の花といった存在で、俺とは住む世界が違う。
誰にでも笑顔で人当たりが良く、美人で若くて仕事も正確なので当然だろう。
俺のような冴えない中年冒険者でさえ、いつも満面の笑みで接してくれる性格のいい子だ。
今日は、俺がギルドの規約違反をしたから適性試験を実施すると、ギルドに呼び出されたのだ。
確かに俺は、数日前ギルドで少々暴れたのを断片的に覚えていた。
その日俺は、久々に大きな依頼を成功させ、受付でカトリーヌの満面の笑顔と賞賛を貰い、気分よくギルド併設の酒場で泥酔していた。
そんな時、受付のカトリーヌに酔ってしつこく絡む冒険者三人が視界に入り、イラっとした俺は、ちょっとだけやり過ぎてしまったのだ。
いまいち記憶が定かではないのだが、三人をボコボコにした挙句、ギルドの設備に結構な損害を与えてしまったらしい。
中年で下り坂の中級冒険者である俺は、ギルドをクビも覚悟して適性試験に臨んだのだが、どうもからかわれたようだ。
あのクソギルドマスターのにやけ顔が脳裏に浮かぶ。
あのクソジジイめ。
となると……カトリーヌもぐるだ。
俺はゆっくり立ち上がると、じりじりと壁まで後ずさるカトリーヌに詰め寄った。
「どういうつもりだカトリーヌ。俺をからかってるのか?」
俺は白紙の試験用紙を彼女の顔に突きつける。
すると彼女は俺の顔をキッと睨み、用紙をひったくって丸めて捨てると、突然フワッと俺の背中に腕を回した。
なっ、んだと……。
彼女の熱い体温が伝わってくる。
そして、彼女から焼きたてライ麦パンのようないい香りがした。
俺が、わけが分からず戸惑っていると、やがて彼女はゆっくりと俺から身を離し、怒ったような表情で俺を見つめる。
そして――
「ばかっ」
カトリーヌの強烈なビンタが俺の頬を打ちつけ、乾いた音が周囲に響く。
俺は突然のことに理解が追いつかず、ジンジンと熱を持つ頬を押さえてボーっと立ち尽くすしかなかった。
「ばかっ、なんで、なんで……失格ですっ」
涙を
「これが、俺のこたえだ」
俺は左腕でカトリーヌの腰を引き寄せ、彼女の
最初はひどく戸惑っていた彼女も、次第に身体から力が抜け、俺の求めに優しく応じてくれるようになった。
そんな熱い口づけに名残惜しくも唇を離し、火照った顔のカトリーヌと見つめ合っていた時だ――
「ほっほっほっ……」
聞き慣れた声の主が会場の入り口から現れた。
「クソジジイ……」
俺は、苦虫を嚙み潰したような表情をしていただろう。
「ほっほっほっ、お熱いのぉ、ワシとばあさんが出会った頃を思い出すわい。ほっほっほっ」
「クソジジイの仕業か」
俺はまんまと、このクソギルドマスターの術中にはまったようだ。
「ごめんなさい」
俺がギルマスを睨んでいると、カトリーヌが後ろで申し訳なさげにシュンとなっている。
「ほっほっほっ、ワシは二人きりになれる場所を用意しただけじゃ。ワシのかわいい孫娘のカトリーヌがずっとお主に好き好きアピールしてるのに、全く気づいてもらえないと相談されてな。試験問題はカトリーヌの書いたラブレターだったはずじゃがのぉ、ほっほっほっ」
あの試験問題のどこが、ラブレターなんだ。
カトリーヌを見ると、恥ずかし気にモジモジしている。
そんなクソジジイとカトリーヌに呆れていると、入口でガタリと音がするので見ると、見知った冒険者仲間が何人も首を出して言い争いを始めた。
「お前ら……何やってんだ?」
俺が声を掛けると、奴らは文句を言いながらぞろぞろと会場に入ってくるが、途切れぬ列が続き、会場がいっぱいに。
どこに隠れていたのか分からんが、多過ぎだろ!
「お前ら……みんな知ってたのか?」
俺が呆れ果て、近くの冒険者仲間たちに問い掛けると、
「ふん」
「幸せな奴め」
「カトリーヌちゃんを泣かせたら殺す」
「くそっ、おれがカトリーヌちゃんを幸せにするはずだったのに……コロス」
そんな、悔しさを滲ませた祝福の言葉の数々を贈られた。
「みんな……ありがとうな」
俺が仲間たちの熱い祝福に涙ぐみ感謝すると、「おい皆やるぞ」と声が掛かり、胴上げでも始まるのかと思ったら……ボコボコにされた。
その中には、どさくさに紛れて、俺が数日前に酔ってボコった冒険者も交じっていたようにも。
その後、ボロボロになった俺は、身ぐるみ剝がされ、無理やり正装に着替えさせられた。
そして俺は、岩のように腫れた顔で椅子に憮然と座っているのだ。
隣を見ると、美しい純白のドレスを身にまとったカトリーヌが、とても幸せそうに俺の手を握り俺を見つめていた。
この特設結婚披露宴の参加者は、気の荒い冒険者が多く、明け方までどんちゃん騒ぎがやむことは無かった。
この日のカトリーヌはずっと俺の側で、嬉しそうにほほ笑んでいて、今は俺の膝の上に頭をのせ、子猫のようにスヤスヤと眠っている。
どうやら俺は、カトリーヌの出題した試験に無事合格したようだ。
めでたし、めでたし。
鈍感な中年冒険者は騙される 八万 @itou999
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