第22話 本当の私

 土曜日。俺は待ち合わせ場所のバスセンターのカフェの前に居た。そこに小峯さんが来る。


「川端君、お待たせ」


 その格好は今までとは大きく違っていた。トレーナーにダメージジーンズ。そして眼鏡は掛けているが、髪は三つ編みでは無く下ろしている。


「いや、俺も今来たところだ」


「そう……って、川端君もそういうこと言えるんだ」


「なんだよ」


「だって、本当は結構待ってたんでしょ」


「……まあ、そうだけど」


「やっぱりね。長い時間待っててもらって悪いんだけど、今日は私が普段着で来ちゃったから。清楚じゃ無くてごめんね」


「……うん」


「好みじゃ無いでしょ」


「正直に言っていい?」


「もちろん。覚悟は出来てる」


「……めちゃくちゃ可愛い」


「はあ? 嘘でしょ」


「嘘じゃ無いから。小峯さんって足も長いからジーンズも似合うし、いつもとのギャップで、ちょっとくらくらしてるよ」


「……そんなにお世辞上手かったっけ?」


「下手だよ。だから、本心だから」


「ほんとかなあ……まあ、とにかく入ろうか」


「そうだね」


 俺たちはカフェに入った。注文し、席に着く。コーヒーを飲みながら小峯さんが聞いてきた。


「で、私の髪型はどう? 三つ編みじゃ無くて可愛くなくなったでしょ」


「そんなことないよ。なんかお姉さんっぽい」


「お、お姉さん……年上ってこと?」


「うん。大学生って感じする。『かわいい』から『綺麗』になった感じだね」


「うぅ……でも、好みじゃ無いでしょ」


「いや、好きだよ」


「す、好きって……じゃあ、これはどうよ!」


 そう言って、小峯さんは眼鏡を外した。


「どう? 私の素顔は……」


「な、なんか幼くなった」


「でしょ。幻滅した?」


「いや、全然。可愛い……」


「か、かわ……」


「それに眼鏡外した小峯さんを知ってるの俺だけって思うとすごい優越感」


「そ、そう……」


「うん。写真撮っていい?」


「だ、だめ!」


 小峯さんは慌てて眼鏡を付けた。


「……写真とかは彼氏とかが撮るものよ」


「分かった。じゃあ、もう少しか」


「どうだろうね。このあとの本当の私を見てもらってからよ。この後、家に行くから」


「小峯さんの家か。緊張する……」


「大丈夫よ。妹しか居ないから」


「わかった」


「……引かないでよね」


「引かないよ。で、問題ないようだったら告白していいんだよね?」


「う、うん……でも、絶対、嫌になると思うよ」


「そんなことないから」


「そうかなあ。川端君、私に幻想抱いてるっぽいし」


「抱いてないよ。いや、多少はあるかもね。今までも何度も崩されてきたし」


「やっぱり」


「でも、そのたびに好きになる」


「うっ!」


「どうしたの?」


「いや……そんなぐいぐい来られると心臓に悪いのよ」


「そ、そうなんだ。それよりも俺の方が好かれてるのか気になるよ」


「それは心配しないで」


「え? それって……」


「あ! あー……また後で言うね」


「わ、分かった」


 俺たちはカフェを出てバスに乗る。しばらく北に進み、住宅街のところで降りた。少し坂を上り、再び降りると、そこにマンションがあった。


「狭い家よ」


「大丈夫だよ」


 階段で二階に上がり、小峯さんが扉を開いた。


「ただいま」


「お姉ちゃん、お帰り……え!? 誰!?」


 妹さんが顔を出した。まだ背が低いけど、小峯さんに似ていた。


「クラスメイト」


「始めまして、川端直樹です。お邪魔します」


「ど、どうぞ……って、お姉ちゃん! 彼氏連れてくるなら言っておいてよ」


「彼氏じゃ無いから!」


「付き合ってるかとかどうでもいいけどさあ。私の準備が……」


「絵里子の準備なんてどうでもいいでしょ」


「よくない!」


「それにお菓子も勝手に食べて!」


「いいでしょ」


「ほら、片付ける!」


「うるさい!」


「うるさくない!」


 小峯さんと妹さんは言い合いを始めた。でも、すごく微笑ましい。


「もう……じゃあ、お姉ちゃん達、部屋に居るから」


「はいはい」


「川端君、こっちよ」


 そう言って、部屋の前まで行くと立ち止まった。


「どうしたの?」


「……幻滅したでしょ」


「え? 何が?」


「妹と口汚く喧嘩して……私、口悪いから」


「それは知ってるけど」


「そうだけど、私、優しくないし」


「そうかな。妹さん思いで優しいと思ったけど」


「……そんなわけない。嘘つかないで」


「嘘じゃ無いよ。何も幻滅してないけど?」


「そ、そう……じゃあ、これはどうかな」


 そう言って、小峯さんは扉を開けた。そこは小峯さんの部屋だ。一言で言えば、とにかく散らかっていた。床には本や鞄や何かよく分からないグッズが散らかっている。ベッドの上には洋服。机の上にも本が一杯だ。


「妹に聞かれたくないからとりあえず入って」


 俺と小峯さんは部屋に入った。小峯さんが扉を閉める。


「……ね、嫌いになったでしょ?」


「何が?」


「……どうみたって汚いし。清楚ってイメージからほど遠いでしょ」


「そうだけど……」


「やっぱり」


「でも、小峯さんらしい部屋かと」


「どこがよ! 清楚なイメージ抱いてたんでしょ! 全然違うから」


「いや、もう清楚イメージなんて無くなってるから。普段の小峯さんのイメージからしたらこんなものかと」


「わ、私にどんなイメージ持ってたのよ!」


 小峯さんは大声を出した。すると「お姉ちゃん、うるさい!」との声が外から飛んでくる。だけど、小峯さんは無視していた。



―――――

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