飼い主資格試験。(お題で執筆!! 短編創作フェス「試験」)
猫寝
第1話
「お父さん、頑張って!!」
「あんなに勉強したからきっと大丈夫だよ!」
「あなた!任せたわよ……!」
大きな建物のロビーで二人の子供と妻の声援を向け、男は大きく頷いて歩を進める。
人並をかき分けて歩く男の背にはまだ応援の声が届き続けるが、男は緊張でそれに応える余裕は無く、深呼吸で何とかメンタルを整えようと苦心していた。
男はこれから、試験に挑む。
家族の期待を一身に背負い、立ち向かう試験。
その名も、一般家庭動物飼育許可国家試験。
通称――――飼い主 資格試験!!
数年前、無責任な飼い主によるペットの被害が相次いだことが社会問題となり、国が重い腰を上げた。
一般家庭でもペットを飼う際は国家資格が必要であり、試験を受けて合格しなければその資格を得ることが出来ない。
既に飼っている家には3年の猶予期間が与えられ、その間に取得することが義務付けられた。
資格を得ないままペットを飼い続けると重い罰金(年間57万6千円)が自動的に給料や年金から引かれることになる。ただし、75歳以上おいては資格取得が難しく、かつ既にペットを飼っている場合においては特別に免除が与えられ、その金額は年間6万円にまで減額される。
これにより、飼い主を祖父母に設定することによる脱法ペット飼育などが問題になったが、ペットと飼い主の同居が必要条件として付与されることにより、祖父母と同居する家族が増え孤独死などの防止に役立っているとして、ある程度お目こぼしされているという。
しかし、その手段が取れない家庭が新規にペットを迎え入れようとする場合、平均合格率15%の厳しい試験を突破しなればならない。
だからこそ、男の背中には重くのしかかっているのだ……犬を飼いたいという家族の期待が――――
「―――では、はじめてください」
試験官の声で、まず筆記試験が始まる。
大部屋に集められて、合図と同時に一斉に紙をひっくり返す人々。
多くの人間にとっては学生時代、もしくは免許取得以来のペーパーテストで、懐かしさと、人によっては学生時代のトラウマが蘇っていることだろう。
そして、首を振ってそんなトラウマを振り払っている一人が、先ほど家族に送り出されていた男、石山 貴彦(いしやま たかひこ)である。
38歳で妻と二人の子供を持つ大企業の課長であり、40年ローンで持ち家を手に入れた。
貧乏な実家に生まれながらも図書館に通い猛勉強して良い大学に入り、大企業に就職したものの新人時代はパワハラで病みかけ、それでも頑張った結果仕事が認められ出世をし、妻と出会い娘と息子、二人の子供を授かり、一念発起で家も手に入れた。
40手前でついに幸せを手に入れた苦労人である。
愛する子供たちに犬が飼いたいとお願いされ、父親として応えたいと勉強を頑張ったのだが……そんな石山が今、頭を抱えている。
(……む、難しい……!なんだっけこれ、なんだっけかな……!!)
それもそのはず、この試験は飼いたい動物によってカテゴリが分けられているのだが、犬は最高難易度だと言われている。
小動物などは割と簡単な部類に入るのだが、犬はそうはいかない。
吠える声によるご近所トラブルや、散歩先での糞尿トラブル、さらには他人に噛みつき怪我をさせる危険もあるし、狂犬病ワクチンの義務もある。
対処すべき事案が多いということは、それだけ責任も伴うというもの。
それゆえ、犬の試験はかなり厳しく設定されているのだ。
(えーと……『犬を捨てた場合の刑罰を答えよ』……確か、2年前に改定されたんだよな……そう、そうだ、15年以下の懲役、執行猶予無し……これだな!確か最低でも8年って話だけど……まあそれはいいか。
次は〇×問題か……『散歩は絶対に1日に1回30分以上行わなければならない』……うん、これは確か〇だよな、最低でも一日1回30分――――いや待て、これはひっかけ問題だ!! 「絶対に」がひっかけだ。怪我や病気、もしくは犬が自ら拒否した場合はその限りではない、みたいな理由で×が正解のやつ!あぶねぇ!運転免許試験くらいのひっかけしてくるじゃん!!
試験問題でこういう意地悪な問題を作るのって、ちゃんとした良い問題が作れないやつが無駄に難易度だけ上げようとしてる感じで嫌いだな!!)
心の中で悪態をつきつつも、何とかペーパーテストを終えて一息つく石山。
しかし油断は出来ないと、残り5分、しっかり見直して間違いが無いか確認して万全を尽くす。
「―――はい、時間です。ペン置いてくださーい」
試験官の声に、あちこちからペンが机に当たる音と大きなため息が聞こえてくる。
その音や息遣いで、それぞれの感情が伝わってくるようだ。
手ごたえを感じて喜びを発するものも居れば、もう今の段階で不合格を確信して落ち込んでいるもの、自分では結果を判断できない戸惑いなど様々だ。
そして石山は――――大きく首を捻っていた。
わからない、自己採点ではギリギリ合格してるはずだが……いくつか二択が分からなくて勘で選んでしまったし……いやでも、いけてるはず……ハズ!!
不安に包まれながらも部屋を出る石山。
数時間後には筆記試験の結果が発表されて、合格した人間だけが実技試験へと進める。
それまでの時間は食事でもしようかとロビーに出ると……そこには、期待に胸を膨らませた家族が石山を見つけて駆け寄ってくる。
「どうだった!?ねえお父さんどうだった!?」
「犬飼える!?犬飼える!?」
「どうなのあなた!?」
瞳をキラキラと輝かせている家族に対してどう返事をしたものか……自信満々に応えて喜ばせたい気もするが、それでもし落ちてたりしたら酷く失望されてしまう可能性がある。
とはいえあまり自信なさげにするのもそれはそれで父としての威厳が……!
なにより皆から笑顔を奪いたくはない……!
ここはひとつ、「どうかなー、まだわかんないなー」くらいの曖昧さでごまかしておくしか――――
「絶対大丈夫だよね!だって、お父さんあんなに勉強したんだもん!」
こないだ10歳の誕生日を迎えた娘が、信頼しきった瞳を向けてきた。
すると、思いもよらない言葉が口から飛び出した。
「ああ!バッチリだったぞ!お父さんに任せなさい!」
言ってから後悔しても後の祭り。
ワイワイと喜ぶ家族に笑顔を向けながら、背中に冷たい汗が流れる石山。
いや、大丈夫なはずだ……娘の10歳の誕生日に新しい家族を迎える……その為に頑張って来たんだ!!
絶対に受かってる!受かってるはずだ!!そうであれ!!
―――そして、緊張で味のしない食事を家族で済ませた頃……ついに、合格発表の時間が訪れた――――
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