私の彼氏になってください!

@kminato11

第1話

「今日も寄り道するの? 空」

「いっいいじゃん。公園行くだけだし」

「まあ、いいけどさ」

 学校の帰り道、いつものように私は幼馴染の翼と並んで帰っている――が、今日はいつもとは違う。私には特大なミッションを抱えている。


 ――そう。私は今日、彼に告白する。


 学生生活十年目。そろそろ私達の関係も幼馴染から彼氏彼女の関係にステップアップするべきなのだ。

 今日に向けて昨日は美容院に行って髪を整えたし、告白のセリフも何度も考えてイメトレもバッチリだ。

 並木道にも私達の新たな門出を祝うように美しい桜が……いや、もう四月中旬だからもう枯れそうになっている。いやきっと祝福しているはず。散りそうになっているけど桜は桜だ。まだ数枚はある。

「そっそれとも翼は早く帰りたい?」

「うんうん……行こっか」

 チラっと私を見た翼が微笑みながら私の隣を歩く……こんなのカップルじゃないか。

 勝ち確じゃない? 今時高校生になって幼馴染の男女が並んで一緒に帰ることなんてあるのだろうか……それとも私が単に世話焼かないとダメな女だと思われているのか?

 分からない……ずっとこの関係が続いていたから今更翼が私を意識しているのか分からない。

 でもでも一緒に帰るのに多少なりとも好意がないとできないであろう。

「それにしても空はまたあそこの公園行くんだね」

「まあね」

 これから目指す公園は私と翼が仲良くなった場所だ。

 当時、いじめられていた私を翼が守ってくれてた。泣いている私の手を握って笑いかけてくれた――素敵な場所。

 まさに私と翼の新たなる関係を築くにはうってつけの場所だ。ずっと前から告白するんだったあそこと決めてある。

「……ふーん。まあいいよ。僕もあそこ好きだし」

 翼が私の気持ちを分かっているかのように微笑んでくる。

「うん。ほら、行こ?」

 私も笑って彼の隣に立って歩く。

 彼は私の歩幅に合わせて歩いてくれる。

 ……こういう優しい気遣いをしてくれるところが本当に好きだと実感する。それに……。

 私よりも少し背の高い彼の顔を覗きこむ。

 大人びた顔つきや透き通るような肌。そしてまばらに切った前髪から見える大きな目が私の目を離させない……やっぱりこいつ顔がいい。

「えっと何?」

「いや、えっと……まだ制服見慣れないなーと思って」

「まぁ高校入って一ヶ月経ってないし」

 うっかりつ見つめていると翼に不審がられる。あなたの顔に見とれていました……とは言えずに、着ている服について触れる。

 中学は私服だったから、翼のブレザー姿は新鮮だ。スタイルがいいからめちゃくちゃ似合う。……顔だけでなく服もかっこいい。どっちも舐めまわすように見ちゃう。

「あとなんで私とクラス違うの?」

「本当にねー。今まで一緒になったことないよね」

 そこだけは神様を恨む。

 もう彼とは小学校から一緒だというのに一回も同じクラスに入ったことがない。そんなことある?

 彼と小さいころに幼馴染として合わせてくれたことはとてつもないぐらい感謝していますけど、これに関しては不満がある。

「まあ、いいんじゃない? こうして一緒に帰っているし」

「そうかな?」

「そうだよ……」

「……?」

 一瞬翼がなんとも悲しそうな表情をした気がしたけどすぐに元の顔に戻る。

「いずれ一緒のクラスになれるよ。それよりはい。これ今週の漫画」

「ありがとうって……ちょっと翼。なんてもの勧めているの?」

「何って?」

 私は漫画を翼の見せつけるように目の前に持ってくる。

「なんで女の私に百合モノ勧めてくるのって言ってるの!」

 女の子と女の子が絡み合っている。しかも結構エロい感じのやつ。

 こういうところは直して欲しい……私普通に男の子好きなんですけど。

「えー。だって可愛い女の子と女の子が可愛いことしてるんだよ? めっちゃ良くない?」

「良くないんだけど」

「えー」

 納得いかないように私に笑いかけてくる翼。いや、本当にならないから。

 私は自我がない女ではない。よく彼氏の趣味に染まる女がいるけれど、私はそんな風にはならない。

「でもこれ読んでるでしょ?」

「……読んでます」

 はい。私は彼氏の趣味に染まった彼女です(予定)……。

「じゃあ、そんな風に邪険に扱わないでよ。僕好きなんだから」

「うん……ごめんね」

「分かってくれるならいいよ」

 彼の手が私の頭を撫でる……柔かな手で撫でられると私を傷つけまいとすることが分かる。いや騙されないぞ? 私は百合が好きなわけではないからな!

「てか翼、いつの間に百合なんて好きになったの?」

「ずっと昔から。小学校三年ぐらいからじゃないかな」

「筋金入りじゃん……」

 まさかそんな物心ついた時からだったなんて……これはもう前世レベルでこいつの好みは決まっていたのかもしれない。

 ……というか。

「もしかして翼、恋人欲しいとか思っている?」

 翼が渡してくる本は基本的には百合だ。つまり恋愛が必ず絡むもので、基本は恋人になるかそれ以上のことをやるまで作品は続いていく。

「うーん。まあ、欲しいと言えばほしいかな」

「そっそうなんだ……」

 私は翼の言葉に「あはは」と笑うことしかできない。もうすぐ君に彼女(私)ができるよ。

「でも」

「でも?」

 チラっと私を見て翼はその先を口にする。

「今は別にいらないかも」

「ななな」

 彼の言葉に私は口が開く。多分めちゃくちゃ間抜けな顔をしている気がするけど、それどころではない。

「なんで!?」

「いやなんでって言われても……逆に空は恋人作りたいの?」

「つっ……作りたいですけど!?」

 思わず本心が出てしまう。

「へー……じゃあ空は恋人作って何したいの?」

「そっそりゃ、放課後デートとか」

「僕と今してるね」

「休日に遊び行くとか」

「この間の土曜日にしたね」

「お互いの家行ったりとか!」

「明日やるね」

 翼からの猛攻を受け、今度は私の方が何も言えなくなってしまう。あれ? なんで私こんなに言い負かされているんだろう。

 ぶっちゃけ恋人っぽいことは翼とやりつくしている気がする。やっぱり私達付き合った方がいいんじゃないだろうか。

「えっとえっと……えー」

「あれ? 翼じゃん」

 私が謎の付き合っちゃえよと茶々を入れてくる自分と戦っていると、前からいかにもギャルですって言う子が歩いてくる。

「やっほー翼」

「お疲れ」

「彼女?」

「うんうん。幼馴染」

「そうなの……?」

 彼女の視線が翼の後ろに隠れた私を見てくる。なっなんの用だ。

 ガルルと威嚇しても彼女は面白いおもちゃを見つけたみたいに楽しそうな顔をする。

「えーめっちゃおもしろいじゃん」

「あはは。気にしないで。こんな人だから」

「裾を掴みながら隠れる人って本当にいるんだね」

「おもしろいでしょ?」

「ウケる」

 私は取り残こされながら翼とギャルの談笑が続く……やっぱり翼はモテる。思えばバレンタインとかめちゃくちゃ貰っていた気がするし、告白を受けているところも見たことがある。

 さっき恋人いらないっていったのはもうギャルとかとお友達になっているからなのかもしれない。

 そんなネガティブなことを考えているとギャルが「あっそうだ」と言ってニヤっと笑う。

「私これから遊び行くんだけど、翼達も一緒に行く?」

 一瞬私の方をチラリと見た翼は笑って。

「うんうん。遠慮するよ」

「そ? りょーかい」

「またね」

「また誘うわ」

「うん」

 ギャルはそれ以上は何も言わずにその場を去っていく――最後にこちらを見てニコって笑っていたけど……なんだ? 私の翼ですよとでも言いたいのか? 私のですけど!?

 見えなくなるまで後ろに隠れて睨みつけていると翼が呆れたように笑う。

「相変わらず、空は知らない人と会うと隠れるねー。あれ、僕のクラスメイトだよ」

「だっだって」

「まあ、いいけど」

 そう言うと彼はまた歩き出そうとする。なぜ? 翼は平然としているんだろう。もしかしてこういうことは日常茶飯事なのか!?

「えっともしかして翼、あの子と結構遊んでる?」

「まあまあ遊んでるかな……結構相談とかも乗ってくれているよ」

 マジか……。

 彼女とはそんな間柄らしい。私というものがありながら翼は他の子とも仲が良いらしい。

 いや、でも私が一番異性で仲が良いはずだから! 絶対私が一番だから!!

 ネガティブな気持ちに負けないよう気持ちを無理やり奮い立たせる――それが悪かったんだろう。足を踏み外してバランスを崩す。

「うわっ」

「おっと」

 転びそうになると彼の腕が私を抱きかかえる形で受け止められる。

 不覚にも、ドキッとしてしまう。

 嬉しいような、気恥ずかしいような複雑な気持ちに――いや、めちゃくちゃ嬉しいです。心臓が喜びで高鳴りまくっている。

「ごっごめん」

「大丈夫」

 至近距離でお互い見つめ合う…てかめっちゃ良い匂いする。

 近くなったことで彼の匂いが鼻腔をくすぐる。やっばい。男の子とは思えないほどいい香り。なんというか……もう辛抱たまんないです。

「少し疲れたのかもね。もう公園に着いたし、あそこで休憩しようか」

「ありがとう」

 翼の手を借りながら公園のベンチに座る。

「ふー」

「ちょと待っててね。今飲み物買ってくるから」

 そう言うと翼は少し離れた自販機でポカリを買ってくれる……なっ情けない。

 今の私の無様な姿と合わせて、幼い時の記憶が蘇る――。

『大丈夫?』

『あなたも私をいじめるの?』

『いや、いじめないよ』

『じゃ、何?』

『いや、手を差し出してるんだから……ほら、立てる?』

『……知らない人怖い』

『えー』

 男の子は困ったように頬を掻きながら少女に笑いかける。

『じゃ、これから側にいるようにするよ』

 そうして私は彼の手を取った……なんとも自分勝手なやつだ。

 思えば、彼はいつも私の隣にいてくれたと思う。うまく言葉を出せない私の意図を感じ取って言葉にしてくれたし、時にはイジメられていた私を助けてくれた。

 そして今日も助けてくれてた……私翼に助けられすぎでは?

 私が昔を思い出して一人反省会をしていると飲み物を買った翼が戻ってくる。

「大丈夫? 空」

「ごめんね。やっぱり他の人だとうまくしゃべれない……」

「うんうん。大丈夫」

 そう言うと翼は私の隣に座ってくる。

「今日なんか空、無理してるのかなって思ってたから……疲れが出たんだと思うよ」

「そう?」

「なんか変なテンションだったし。緊張しているっていうか……」

 私の幼馴染はよく私のことを見ている……。

「なんかあった?」

「……えっと」

「ううん、ごめん。無理に聞こうとは思ってないよ。空は空のペースで。話したくなったら話してくれればいいから」

 なんだこのイケメンは……。

 でもそんなダメな私に付き合ってくれる翼……やっぱり好きだ。

「ごめんね。翼」

「大丈夫だよ」

「でも今言いたいから言うね」

「わかった」

 深呼吸をする。

 翼が私のことをどう思っているかは分からない。この告白で関係が変わってしまうかもしれない。

「えっと……えっと」

「ゆっくりでいいよ」

 翼が私の手を掴む。

 その暖かなてのひらで包まれて私の緊張が和らいでいく……好きが溢れる。

 私は彼のこういうところが好きだったなーって思う。だから……。


「ずっと好きでした! わっ私の彼氏になって下さい!」


 言った……言ったぞ。

 長年の思いを告げた言葉は王道中の王道。イメトレとかしても結局伝えたい言葉は「好き」だけだ。

 恐る恐る顔を上げる。

 そこには驚いて翼がいて。

「嬉しい……」

「じゃっじゃあ」


「でもごめん……それは無理」


「――え?」

 言われた言葉が理解できない。まさかフラれた……この私が?

 自然と瞳から涙が溢れる。

「ああ、ごめん。言葉が足りなかったね。僕も空のことはだっ大好きだよ」

「じゃあ、なんで……? もしかして私とは体だけの関係しか求めてなくて、正妻は別にいるってこと? 下手するとさっきの子?」

「違うから」

 すっかりいつも通りな空気を受けて、少しだけ心が軽くなる……でも無理。フラれたという事実が私の心に重くのしかかる。

 コホンと翼は咳払いして照れたように言う。

「もちろん、空のことが一番だし、付き合ってる人なんていないよ」

「じゃ、なんで?」


「だって僕、女の子なんだもん」


 ………………は?

 地面がなくなる感覚がする。こう積み上げてきたものが崩壊するような、犬がしゃべったみたいに常識が狂う感覚だ。

「え……は? ……え?」

「やっぱり気づいていなかったんだね……」

 さっきも理解できなかったけど、今言われたことも理解できい。は?

「待って分かんない。日本語でしゃべって」

「日本語だよ」

 日本語らしい。

「……えっとつまり?」

「僕は女の子」

「…………男、女の可変式可能な体ってこと?」

「そんな機能ないよ」

「え? ……もしかしてついてないの?」

「ないよ」

「生まれてから一度も?」

「この世に生を受けてから一度も」

「触って確認していい?」

「ダメだよ」

 思わず伸ばした手を叩かれて改めて視線を向ける。

「だっておっぱいもないし」

「なかなかひどいこと言うね」

 胸を見てもそこに双丘はない。

「私はもうこんなに育ったというのに」

「……僕だってまだこれからだから。まだ高一だから」

 私の視線を感じたのか恥ずかしそうにしながら胸を隠す翼。

「じゃ、小さい時トイレ行くときもなんか隠れて行っていたのも、男性物の下着見て顔を赤くしてたのもそのためなの!?」

「最後のは余計だよ」

「家に泊まった時やたらと女の子みたいなクッションが多かったのも、ゲームする時やたら高い悲鳴が聞こえたのも!?」

「もう余計だから!」

 思い出してみると違和感しかない……もしや、本当にこいつ、女なのか。


「……じゃ、なんで言ってくれなかったの?」


 そう思わずにはいられない。こんな重要なことを察せられなかった私も悪いけど、でもここまで隠していた翼も悪いと思う。これじゃ騙されたみたいだ。

 私が俯くと彼……もとい彼女は申し訳なさそうに口を開く。

「ごめん」

「言ってくれれば……もっと」

 仲良くできたかもしれないのに……。

 私は最後まで口にできずに顔を伏せる。

「もしかしたら空は気づいていないかもとは思っていたけど、まさかここまでとはね……」

 彼女は頭を掻きながら、懺悔するような声で言う。

「空はさ……昔からいじめられちゃうことが多かったじゃん。それも女の子に」

「うん」

「それで当時、空は女の子の方が怖いって言っていたんだよ」

「……それが原因?」

 確かに小さい頃、調子乗っているってよく絡まれることが多かった。それで他者に対してビビってしまうようになった。

「まあ……それが男装につながったのかも。なるべく可愛い格好じゃなくてズボンとか履くようにしたんだ」

 それは忘れようとしていた過去だ。

 でも翼はそんな私の暗黒時代から支えてくれていた一人だった。

 あのときのことが原因なら尚更私が悪い。翼はそんな私の気持ちを汲み取って男の子の恰好をしてくれたというのに、私はそれを忘れて一方的に裏切ったと思ってしまった。

 ――翼はずっと守ってくれていたんだ。

 私の胸に温かさを感じて、また涙を流させる。翼は照れながらその後を続ける。

「あっあとは……その、もうその時には空のこと意識しちゃってかえって言えなかったというか」

「へ?」

「僕のこと、意識してもらえるようになるまで隠し通そうと思ってました。はい」

 予想外なことを言われて翼の顔を見る。

 その頬は赤くなっている。

「じゃ、あんなに百合漫画を進めてきたのも!?」

「目覚めてくれたら嬉しいなって」

 衝撃の事実である。

 でもそれ以上に嬉しい。

 翼も私と同じ気持ちだったんだ……。

 そんな優しくもちゃっかりとしている翼に私も笑いかける。

「じゃあ、私の恋人は彼氏じゃなくて彼女になっちゃうね」

 私の言葉に翼は顔を上げる。

「……いいの?」

「翼だからいいんだよ」

 不安そうな彼女を抱きしめる。本当に柔らかい。

「私は翼が男の子でも女の子でも好きだよ。もう翼のことが好きなの」

「僕も空のことが好き。ずっと言わなくてごめん」

「いいよ……もう私翼にゾッコンだから」

 抱きしめた体を話して翼の目を見つめる。耳まで赤くした翼が私の視界いっぱいに広がる。

 ……こんなに可愛い顔をした彼女を男の子と間違うなんてとんだ節穴だ。

 私は伝えた言葉を言い直す。


「翼。私の彼女になってください!」


 彼女は「うん」と言って笑った――。

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