五
涙茉と結雁は、森の近くにある町を訪れた。
商店街には様々な店があり、多くの人で賑わっていた。団子を頬張る少女たち、親へと華やかな下駄をねだる子ども、着物を眺める老夫婦――そんな人々の合間を縫うように、二人は進んでいく。
「涙茉さん、何か気になるものはありましたか?」
「そう、ですね……わたしは、結雁さんが選んでくれたものなら、何でも嬉しいと言いますか……」
黒髪の毛先をいじりながら、涙茉はぼそぼそと言う。
彼女の隣を歩く結雁が、問う。
「……例えばそれが、
「え」
涙茉は思わず、足を止めた。
結雁は真剣な顔付きで涙茉のことを見つめていた。
涙茉は、知っている。
男が女に簪を贈るのは、求婚を意味するということを。
「あ、ええ、ええと」
涙茉は自らの顔が熱くなっているような気がした。
赤色と緑色の混ざり合う綺麗な結雁の瞳に、動ずる涙茉の姿が映り込んでいる。
だめだとわかっているのに期待してしまう自分を、涙茉は愚かだと感じる。
何か答えなければいけないと思い、涙茉が桜色の唇を開いたときだった。
「――――こんなところにいたのね、涙茉」
もう二度と聞きたくはないと思っていた、声がした。
涙茉は呼吸を忘れながら、その方向を見る。
瑠陽が、いる。
*
かちかちと、震える口内で歯が音を鳴らした。
華やかな着物に身を包んだ瑠陽は、にこにこと笑いながら涙茉へと歩み寄ってくる。
「ずっと探していたのよ? 皆、貴女のことを心配しているわ。さあ、早く、屋敷に帰りましょう」
どうしようもない違和感を、涙茉は覚える。
瑠陽が、やさしい。
どうして?
その疑問の答えを、涙茉はすぐに知ることとなった。
「ところで、貴方は……涙茉の、ご友人ですか?」
甘い香りを漂わせながら、瑠陽は結雁を上目遣いで覗き込んだ。
「とても格好よくて、思わず見惚れてしまいました。お名前は何と仰るのですか? その瞳……本当に、お綺麗です」
瑠陽は、つうと結雁の胸元に人差し指を沿わせる。
その光景を、涙茉は何も言うことができないまま見つめていて。
――――気付けば涙茉は、瑠陽のことを突き飛ばしていた。
大きな音を立てて、瑠陽が地面に転がる。
「奪わっ……ないで……」
涙茉は両手で頭を抱えながら、叫んだ。
「もうこれ以上、わたしから何も、奪わないで! どうか、せめて……結雁さんだけは、奪わないでっ……!」
涙茉の言葉に、瑠陽は呆然と息を吐いて。
それから立ち上がって、涙茉の着物の襟を掴んだ。
「お前……〈蠅〉の分際で、誰に口を聞いているのか、わかっているの」
言い返そうとして、涙茉は気付く。
結雁に、嘘をついたままだった。
か細い声で、涙茉は言う。
「……言わ、ないで」
「は?」
「お願い……〈蠅〉だって、言わないで……」
「……ああ」
瑠陽の口角が、つり上がる。
それから彼女は、結雁へと微笑みかけた。
「もしかしたら、貴方はご存知ないでしょうか? この子はね、〈蠅〉の力を授かったお嬢様なのですよ。ですから……気持ち悪い匂いが、するでしょう?」
涙茉は、ぼろぼろと泣いてしまう。
「ところで、わたくしはね、〈百合の花〉の力を授かったのですよ。ですから、この子よりもずっと、わたくしの方が……」
瑠陽が言い終える前に。
結雁は強い力で、涙茉を瑠陽から引き剥がすと。
涙茉を抱きしめて、その桜色の唇に――優しくくちづけをした。
涙茉は黒く澄んだ目を、見開いた。
結雁は蔑むような目付きで、口をぱくぱくと動かしている瑠陽を見る。
「貴女は……涙茉さんを、気持ち悪い匂いと仰いましたが」
結雁の声は、冷めた温度だった。
「俺にとっては、涙茉さんが、世界で一番いい香りなんです」
そう言って、結雁は瑠陽に見せつけるように、涙茉の頭を撫でる。
「……むしろ俺にとっては、甘ったるい貴女の匂いの方が、気持ち悪い」
夢でも見ているのだろうかと、涙茉は思った。
「もう二度と、涙茉さんに関わらないでください」
結雁はへたり込んだ瑠陽にそう告げると、涙茉の身体をお姫様のように抱きかかえて、去っていった。
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