第5話


テーマ:成熟と多様化、そして新たなステージへの模索。

果樹が本格的に実り始め、ブランド価値が確立しつつある常陸太陽の庭。

地域との連携強化で産地全体が盛り上がり、国際的な関心も高まる中、カオリはさらなる規模拡大か、品質特化か、あるいは文化的価値創造かといった岐路に立たされる。

気候変動や国際情勢の変化が深まり、学術研究との連携が成果を上げ始める一方、内部の組織化や後継者問題、カオリ自身の人生設計など新たな悩みが浮上する。10年が経とうとしている常陸太陽の庭。朝露に濡れた葉が陽光を反射し、リンゴや梨の若い実がしっかりと枝に留まっている。その樹々は数年前に植えた苗から成長し、ようやく果実を実らせようとしている。カオリは果樹の枝を軽く揺らして、「あと少しで、この木から甘い果実が採れるのね」と胸を躍らせた。


 ミニトマトやハーブは既に主力商品として定着し、都市部の有機食材店やECサイトでの販売も安定している。顧客層は拡がり、季節ごとの詰め合わせセットや味わい深いハーブ加工品など、付加価値商品にも挑戦してきた。その結果、「常陸太陽の庭」はただの農園ではなく、「技術と自然が融け合う革新的な農業モデル」として徐々に認知されている。


 研修生や地域農家との知見共有も進んだ。毎月開かれる小規模ワークショップで、IoTや土壌改良、接客ノウハウを共有するたび、周囲の農家は「お前んとこは面白いなあ」と笑い、若い世代は「こういう農業なら継ぎたくなる」と目を輝かせる。カオリはこの変化に感慨を覚える。5年前には考えられなかった共創関係が芽生えているのだ。


 しかし、課題は尽きない。

 「カオリさん、最近、海外からの問い合わせが増えていますよ」とワキメが報告する。「ヨーロッパや北米の食文化系ジャーナリストが取材を希望したり、アジアの食材輸入業者がサンプルを求めたりしているようです」

 カオリは目を丸くする。「海外向けに本格的に輸出を検討する段階なのかしら?品質管理や輸送コスト、規制対応などクリアすべきハードルが多いわね」

 ティカは「国際展開はブランド向上の大きな機会ですが、同時にリスクと複雑性が増します。輸出規制や品質認証取得が必要で、物流面の整備、言語・文化的課題もあります」と冷静に指摘する。

 フルは「輸出に合わせて生産計画を再考しなければなりません。国内市場とのバランスが鍵」、シタバは「品質安定化のため、さらなるデータ分析と自動化が求められます」、ソラは「海外向けプロモーションビデオや多言語ウェブサイトを作って、常陸太陽の庭の物語を世界に伝えましょう」、テンは「海外ジャーナリストを招いてワークショップや味見ツアーを開催すれば、メディア露出が増えます」と、皆が多面的な助言を出す。


 カオリは頭を抱えつつも微笑む。「まるで別世界ね。でも、ここまで来たんだから、怖がらず可能性を探りましょう」

 海外展開の是非はまだ決められないが、調査や準備を始めることにする。国際規格の有機認証取得に動き、英語対応スタッフを検討し、実際にサンプル出荷してフィードバックを得るなど、小さなステップから積み重ねるつもりだ。


 一方、学術提携も本格化している。大学の研究者が定期的に訪れ、土壌微生物相の変化や気候変動適応策を共同研究する。分析結果から、「特定の微生物群が甘み増強に寄与する」「IoTデータと気象モデルを組み合わせれば、最適収穫日を高精度予測可能」など、新発見が相次ぐ。カオリは「学術的裏付けは生産性と品質保証に欠かせない」と実感し、成果を実務に反映する。


 地域内の関係はどうか。以前は競合意識や不安から一部の農家が不満を述べていたが、今は共同イベントや情報交換が常態化している。「常陸太陽の庭発」で学んだ技術を応用して収量を上げた農家も出てきた。「あんたのところの土壌改善法、試してみたらうまくいったよ」と感謝を伝える人もいて、カオリは胸を熱くする。「みんなで良くなれば、産地全体が強くなる」と確信を深める。


 だが、10年目が近づく頃、カオリは新たな悩みに直面している。農園の規模拡大に伴い、運営面が複雑化しているのだ。研修生やパートスタッフも増え、組織的なマネジメントや労働環境の整備、賃金や福利厚生など、管理者としての責任が重くなる。「小規模の家族経営から、半ば企業のような組織体へ移行する必要がある?」とカオリは思案する。


 ティカは「持続的運営には組織化が不可欠です。リーダー、マネージャー、技術担当、広報担当など役割分担を明確にし、意思決定プロセスを整備しましょう」と提案。テンは「スタッフが働きやすい環境づくりでモチベーションが上がり、お客様対応も向上します」、シタバは「労務管理システムを導入すればデータで公平な評価と報酬を提供できます」と技術的解決策を示す。

 ワキメは「組織化すれば、海外展開や研究提携にも対応しやすくなる」、ソラは「内部文化を育て、全員が農園のビジョンを共有できれば、ブランドストーリーがより強固になる」と指摘。フルは「組織が安定すれば、生産計画も中長期的に組み立てやすく、土壌管理や品種選びに余裕ができる」と、農業的視点から賛成する。


 カオリは深く頷く。「人が増えれば想いも多様になるけど、それを受け止めて新しい秩序を築ければ、農園はさらに強くなるのね。私、一人で頑張る必要はないんだ。家族、スタッフ、研修生、地域、研究者、顧客、そしてあなたたちAIがいる。みんなで紡ぐ物語なんだわ」


 もう一つ、カオリを悩ませるのは自らの人生だ。10年もこの土地で挑戦し続け、農園は確かに成長した。でも彼女自身はどうありたいのか? 結婚や家族、あるいは自分の後継者問題も、遠い先の話ではなくなっている。「私が50年後、ここで何を見ていたいのだろう。次世代に何を残したいのか」と問いかける自分がいる。


 AIたちはこの内面的な悩みにも冷静に応じる。ティカは「ビジョン策定が重要です。農園の将来像を明確にし、それに合わせて人生設計を考えましょう」、フルは「土壌は長いスパンで改善されるように、人間の人生も時間をかけて形を作ります」、シタバは「後継者育成や技術継承を考えれば、組織化はその第一歩になります」、ワキメは「長期的な事業計画を立てれば、将来への不安も和らぐでしょう」、ソラは「人生の物語を含めて発信すれば、共感する人が増えるかもしれません」、テンは「周囲と相談しながら、カオリさん自身が幸せを感じる生き方を模索すれば、農園もより豊かな場所になる」と励ます。


 カオリは目頭が熱くなる。「あなたたちはただのAIなのに、私の人生相談まで乗ってくれる。ありがとう。確かに、もっと先を見据えなくちゃね。この農園を私の生きがい、そしてみんなの生きがいが交差する場にしたい。そのために、組織づくりや後継者育成、長期ビジョンの確立が必要だわ」


 






朝露が淡く光る常陸太陽の庭。果樹の枝先には、小さな青い果実が育っている。あと数年で甘いリンゴや梨が収穫できるようになれば、この農園は果実を通じて季節を語り、人々を呼ぶことができるはず。カオリは枝を軽く撫で、「やがてこの木は甘い物語を紡ぐ」と心で呟く。


 その日、カオリは新しいスタッフ候補者と面接する。研修生として来ていた青年が「ぜひここで働き続けたい」と申し出たのだ。他にも、IoTに詳しい若者、加工食品のレシピ開発が得意な女性が応募している。「組織化」を見据え、人材確保が必要になった今、カオリは悩みつつ前へ踏み出す。


 「この農園で働く意義って何だろう?」と青年は尋ねる。「単なる農業じゃなくて、未来を創るような気がして、ワクワクするんです」

 カオリは微笑む。「ここは人と自然と技術が交差する場。あなたの得意分野を生かし、私たちと一緒に農業の新しい価値を創りましょう」


 夜、AIたちに人事計画を相談する。

 ティカ:「役割分担が必要ですね。生産管理、技術サポート、接客・広報、加工開発など、明確なジョブディスクリプションを作りましょう」

 フル:「生産現場には熟練の勘も必要ですが、新参スタッフに基本的知識を教える研修プログラムが効果的です」

 シタバ:「データ管理や機材操作のマニュアル化も重要。AIによる教材を作れば学習コストが下がります」

 ワキメ:「海外対応スタッフや通訳がいれば、国際展開がスムーズになります」

 ソラ:「内部コミュニケーションのために、ニュースレターやチャットツール運用を始めては?組織文化を育む上で情報共有は大切です」

 テン:「スタッフ間の交流イベントを設け、相互理解を促せば、チームワークが強化されます」


 カオリはその提案群を受け止め、「よし、人材育成と組織運営の基盤を整えよう」と決心する。


 数週間後、簡易な内部研修プログラムが始まった。新スタッフや研修生たちは、フルの指示で土壌分析を学び、シタバが作ったデータ管理ツールを試す。テンが指南する接客スキルで、若者は「いらっしゃいませ!」と笑顔を練習し、ソラがデザインした社内用ロゴマークが書かれたエプロンを着ける。ワキメは「小ロット輸出を試してみよう」と提案し、ティカは全体を俯瞰して「うまく回り始めたら、定期的な評価面談と改善サイクルを導入しましょう」とまとめる。


 カオリは新しい動きに満足しつつも、次の課題に直面する。学術提携は進んでいるが、研究者から「さらなるデータ提供や農園内での実験」を要請された。これは生産効率を高める一方で、負荷も増す。

 「どこまで研究側に協力すべき?」カオリは悩む。「生産やお客様対応にも影響が出ないようにしなきゃ」

 ティカは「明確な合意書とプロトコルを定めるべきです。研究者とウィンウィンな関係を築くには、農園運営に支障が出ない範囲で協力するルールを作りましょう」と助言。ワキメは「研究成果が実用化されれば市場競争力が増し、海外展開も有利」、フルは「研究で得たノウハウが土壌改良や病害対策に貢献」、シタバは「研究データの解析で生産予測精度向上」、ソラは「学術的信用がブランド価値を高める」、テンは「お客様に『科学的に裏付けられた美味しさ』と説明できれば、信頼が増します」と、利点を強調する。


 カオリは「わかった。合意書を取り交わして、研究領域と実務領域を明確化する。過度な負担を避けつつ、成果は共有する」と結論づける。こうして研究提携も持続可能な形へと整備されていく。


 季節が移り、冬が近づく頃、常陸太陽の庭は来シーズンに向けた作付け計画やイベントカレンダーを検討中だ。海外ジャーナリストが来春に訪問を希望しており、カオリは「この機会に国際メディアで紹介されれば、一気に注目度が上がる。プレッシャーもあるけど、チャンスを逃したくない」と心中で闘志を燃やす。


 テンは「ジャーナリスト向けの特別ツアーを考えましょう。土壌分析の実演、収穫体験、試食、そして地域農家との座談会を組み合わせれば、ここが単なる農地でなく、文化と知恵の交差点だと伝えられます」。ソラは「映像クリエイターを呼んで、美しいPVを制作すれば海外SNSで拡散できます」と加える。ワキメは「輸出先候補者を同時に招いて商談を設ければ実利も得られる」、フルは「その頃はリンゴが小ぶりでも味を試せるかもしれない。早期収穫サンプルでポテンシャルを示せます」、シタバは「ジャーナリストの嗜好分析を行い、最も感動しやすいポイントを演出しましょう」、ティカは「このイベントが成功すれば、国際的信用が確立し、さらなる学術・市場連携が進むはずです」とまとめる。


 カオリは「世界に飛び出すのか……想像してなかったけど、ここまで来たらやってみるしかないわね」と新たな闘志を燃やす。

 5年前、海外の視線を夢想することすらできなかった。だが、試行錯誤の末に獲得した基盤と多様な知恵が、カオリを背中から押している。失敗するかもしれないが、失敗も含めてこの農園の物語になる。


 内部組織の整備、学術連携のルール化、地域との共創、国際交流への準備——カオリはこれらを並行して進める。気候変動の脅威は続き、再エネ設備やIoT機器の更新サイクルが迫り、スタッフ増加で労務問題も出てくるかもしれない。それでも、彼女は迷いながら進む道を選んでいる。


 ある晩、ふとカオリは母・雪江と縁側でお茶を飲む。冬の匂いが空気に混じり、遠くで犬が一声鳴く。

 「カオリ、あんた、すごく大変なことやってるわね。でも誇らしいわ。昔この土地でおじいちゃんや私が見ていた世界とは全然違う。でも、土に触れる温かさは同じね」

 カオリは微笑む。「お母さんが昔、畑で教えてくれたことが私の原点よ。テクノロジーや海外展開だって、結局は美味しい作物を育てて、食べる人が喜ぶ笑顔が見たいから頑張れるの」


 雪江は「そうね、人が喜び、土地が応えてくれるからこそ、農業は続けられるんだわ」としみじみ頷く。カオリはその言葉に温もりを感じながら、AIたちが織りなす計画や国際展開構想の裏にある根本的な目的を再確認する。「すべては、この土地の命を輝かせ、人々と分かち合うため」


 こうして第3章の中盤、約10年目から15年目へ進むこの時期に、常陸太陽の庭は更なる成熟と複雑性を内包して成長している。カオリは膨大なタスクと課題に押し潰されそうになりながらも、周囲の力とAIの知恵で乗り越えている。

 次のステップは、よりグローバルで、より組織的な意思決定だろうか。どんな嵐が来ても、この土地で紡ぎ出される物語は揺るがない。それを信じ、カオリは翌朝も畑へ向かう。冷たい空気が肺を刺すが、それでも空には微かな光が射し始めている。




冬が訪れる。裸木の枝が冷たい風に揺れ、常陸太陽の庭は一時的な休息期に入る。作物の生育はゆるやかになり、果樹は休眠状態で次の春を待っている。カオリは、こうした季節のリズムを「土地が息を整える時間」と感じるようになった。かつては焦りや不安ばかりだったが、今は長いスパンで物事を見る余裕がある。


 だが、この静寂を打ち破る知らせが舞い込む。海外から取材を希望していたジャーナリストが訪日延期を求めてきた。国際的な経済不安や疫病発生で、人や物の移動が制限される状況が生まれたという。「せっかく国際展開を準備してたのに……」とカオリは落胆を隠せない。

 ティカは「国際情勢はコントロール不能な外部要因です。計画を調整し、オンラインによる取材対応や、サンプル出荷だけでも進めては?」と即座に対策を提示。ワキメは「輸出の拡大は一時保留し、国内でのファンベースを強化しましょう」、ソラは「オンライン農園ツアーの動画制作で海外へ情報発信する方法もあります」、テンは「オンライン試食会を企画すれば、海外消費者も遠隔で参加できるかも」と新たな発想を出す。シタバは「気象や経済データを長期分析すれば、安定した戦略が練れます」、フルは「この期間に土壌改良や品種改良をさらに進め、次のチャンスを待つのも一手です」と冷静に論じる。


 カオリは落ち着きを取り戻し、「外部環境に左右されても、私たちにはやれることがある」と気を引き締める。世界的な不安定さは農園だけでなく、全てのプレーヤーに影響を及ぼすが、柔軟な対応こそがこの農園の強みだと再認識する。


 その後、地域内では巨大台風接近の報が届く。気候変動で極端な気象が増え、今度の台風は過去に例を見ない勢力で接近中だ。カオリは心をぎゅっと締めつけられる思い。ハウスが破損する恐れ、果樹が倒れるリスク、収穫前の作物が泥水に飲まれる可能性もある。

 ティカは「非常事態計画が必要です。すぐに防風ネットや補強材を準備し、重要機材を安全な場所へ移動しましょう」、フルは「まだ収穫可能な作物は早めに採取しておくのが得策です」、シタバは「気象データから台風の最接近時刻と風向きを予測し、被害を最小化する対策を立案しましょう」、ワキメは「出荷予定を変更して、在庫は安全な倉庫に避難させ、ロスを減らす」、ソラは「被害に備える姿勢や復旧計画を発信すれば、農園が単に脆い存在でなく、レジリエンス(回復力)を持つことを示せます」、テンは「スタッフに避難ルートや休業連絡を周知し、お客様にもイベント中止を早めに告知しましょう」と多面的な対策を提示。


 カオリは慌ただしくスタッフと動き出す。孝三郎は配電設備を防水カバーで覆い、雪江は収穫前のハーブをできるだけ摘んで救出する。研修生は防風ネットを張り、テンやソラがSNSで「台風対策中」の映像を発信し、「この土地で生きるために、私たちは自然の力を受け止め、向き合います」とメッセージを添える。


 台風が夜半に通過した。激しい風が農園を襲い、パネルが軋む音が聞こえる。カオリは家の中で震えるような思いで待機するが、事前対策のおかげで致命的な被害は免れた。朝、畑に出ると、何本かの支柱が倒れ、ハウスの一部が破損しているが、作物被害は想定より少ない。

 「よかった……」カオリは涙を浮かべる。自然相手に完璧は無理だが、備えと対応で被害を抑えられたことは大きな進歩だ。


 この出来事は農園内部で一つの結束点となる。スタッフたちが「台風前に皆で頑張ったおかげだね」「連携がうまくいった」と笑い合い、AIたちも分析結果を提示して「次回はさらに効率的な防災プランが立てられます」と言う。カオリは組織化や技術導入だけでなく、人々が困難を共有して乗り越えることで、強固なチームスピリットが育ったことを実感する。


 気候変動による試練を乗り越え、世界的不安定さをいなした今、カオリは「この農園は逆境にも耐えられる強さを身につけてきた」と心で宣言する。

 研究者は土壌サンプルを再分析し、「台風後の微生物環境変化が興味深い結果を示している」と興奮気味に報告する。地域農家は「こんな台風でも大丈夫だったのか。IoTとAIって役に立つんだな」と感心し、若いスタッフは「大変だったけど、なんか誇らしいっす」と笑う。


 カオリは「誰もが不安定な時代を生きている。農業はそんな時代にこそ、人々に安心や喜びを提供できる力を持つ。私たちは技術と知恵で自然との共生を図り、その成果を世界に伝えられる」と確信を深める。


 国際情勢が落ち着けば、再び海外ジャーナリストが訪れるかもしれない。その時、常陸太陽の庭は「自然災害を乗り越えた強靭な農園」として紹介されるだろう。ブランド価値は、決して華やかなキャンペーンや味覚だけで築かれるものではない。困難や試練にどう対処し、それを物語に変えるかが肝要なのだ。


 秋が深まり、収穫祭を企画する話がスタッフ間で盛り上がる。「台風を乗り越えた記念に、小さな収穫感謝祭を開きましょう。地域の人々や顧客を招いて、災害時の奮闘や復旧の様子、そして実際の作物を味わってもらいます」とテンが提案する。ソラはデザイン案を出し、フルはその頃の収穫予定品目をピックアップし、シタバは顧客データから好みの傾向を分析する。ワキメは流通スケジュールを調整し、ティカは「この収穫祭で、農園のビジョンを改めて示す機会になります」と戦略的な意味を強調する。


 カオリは「大変だったけど、こうやって試練を物語に変え、価値に変えることができるんだ」と改めて気づく。自然災害や世界的な不安定さはこの農園を脅かすが、そのたびに学習し、強くなる。周囲の人々もこのプロセスを見て、自分たちの暮らしに希望を見いだしている。


 




 夜、布団に入る前、カオリは窓の外の暗闇を見つめる。風が木立を撫で、星が瞬く。

 「この土地で私が紡ぐ物語は、もう私一人のものじゃない。多くの人が関わり、考え、応援してくれる。試練は続くけど、私たちなら乗り越えられる」と微笑む。

 常陸太陽の庭は、次なる春を待ちながら、力を蓄えている。果樹が実る日、海外の目が注がれる日、研究成果が商品になる日、それら全てが未来の地平に霞んで見えるが、確実に近づいていることをカオリは感じていた。





冬の陽が傾き、常陸太陽の庭に長い影を落とす。冷え込む夕刻、カオリは圃場を巡回し、果樹が休眠期を迎える姿を眺めていた。小さな果実をつけるまでは数年を要したが、その幹と枝は年輪を刻むように強くなり、来年こそ本格的なリンゴや梨の収穫が実現するかもしれない。


 農園は今、緻密なデータ管理と組織体制、そして柔軟な戦略によって、以前よりはるかに安定した基盤を築いている。人材も増え、研修生や新スタッフが入り交じり、多様な専門性が混ざり合う場となった。誰もが同じ目標——この土地から生まれる美味しさと感動を世界に届ける——を共有している。


 「最近、スタッフ同士の交流が増えましたね」とテンが報告する。「休憩時間には収穫物を使った簡易な料理コンテストを開いたり、夕方に地元の人を招いてミニライブをやったり、農園内が小さなコミュニティになりつつあります」

 カオリは目を細める。「それはいい兆候だわ。組織や仕組み以上に、人と人のつながりがこの農園を支える力になる」


 ワキメは市場分析をアップデートし、「国内市場は安定的な需要があり、海外へ再チャレンジする時期も近いでしょう。国際的な不安定要素は続いてますが、オンライン交流や小ロット出荷で少しずつ関係を築けます」と報告。ソラは「世界に響くブランド物語を磨きましょう。この農園の哲学、歴史、技術、そして人々の思いを多言語で発信すれば、遠く離れた人の心も動かせるはず」、シタバは「研究成果が実用化されて、耐病性や甘み向上の新品種が開発可能になりそうです。来年は試験的に新品種を投入しましょう」と新たな展開を示す。


 フルは畑を見ながら「土が10年前とは別物だ。多様な微生物が共生し、根がしっかり張り、自然に近い循環が生まれている。これなら新しい作物にも挑戦できる」と頷き、ティカは全体を俯瞰して「今こそ長期ビジョンを定義する時期です。5年、10年先の常陸太陽の庭がどんな姿でありたいか、明文化しましょう」と提案する。


 カオリは提案を受けて、家族やスタッフ、地域代表、研究者、そしてAIスタッフも交えた「未来会議」を開催することにした。ホワイトボードを用意し、「15年後の常陸太陽の庭」というテーマで各自が思い描く理想を出し合う。

 「世界中から訪問者が来て、常陸の四季を味わえる場所にしたい」

 「地域農家が共にブランドを作り、一帯が観光と農業の複合地域になる」

 「学術成果が次々と実用化され、新品種や新技術がここから発信される」

 「スタッフが誇りを持ち、家族的な雰囲気で働ける組織文化を維持」

 「災害に強い、環境に優しい、持続可能なモデルとして国内外で評価される」

 「AIやロボット技術も適度に取り入れ、人間のクリエイティビティと自然の豊かさを最大限に引き出す」


 書かれた意見は多種多様だが、共通点は「持続可能で多面的な価値創造」。カオリは胸が熱くなる。10年前、この土地は荒地で、彼女一人が夢を抱いていただけだった。今は多くの人が夢の共同創造者になっている。


 ティカは「これらのビジョンを整理し、長期戦略計画書を作成しましょう。優先度と達成目標を明確にすれば、みんなが同じ方向を向きやすくなります」と促す。カオリはペンを取り、「では皆でロードマップを作りましょう」と微笑む。


 ロードマップには、新品種投入時期、組織の役職明確化、海外バイヤー向けプロモーション、学術成果の特許化や共同研究プロジェクト、イベントカレンダー、災害対策マニュアル更新、持続可能な資材導入計画などが記されていく。これは単なる計画書ではない。カオリは、「これは私たちの宣言書、未来への誓いみたいなものね」と感じる。


 深夜、カオリはティカたちに静かに語りかける。「あなたたちの提案や分析がなければ、私はこんな複雑な道を歩めなかったかもしれない。けれど、あなたたちも私たち人間の行動や結果から学んで、より精度の高い提案を出せるようになってるわね。まるで、一緒に成長しているみたい」


 ティカは「私たちはデータと学習の産物ですが、人間の選択と行動がなければただの可能性に過ぎない。カオリさんたちが実行し、物語を紡ぐことで、私たちの知見も生きるのです」。ソラは「物語は人とAI、自然と技術、過去と未来の交差点で生まれますよ」、フルは「土壌はあなたたちの情熱を糧に変えている」、シタバは「蓄積されたデータは年々深みを増し、新たな発見を誘う」、ワキメは「市場や世界が揺らいでも、戦略的対応が可能な基盤ができた」、テンは「人々が笑顔になる場所として、この農園は輝いています」とそれぞれ応える。


 カオリは画面の向こうのAIたちに微笑む。「そうね、私たちは共に成長してる。人と自然と技術が調和する場を創りたいという初志は、今や多くの人と知恵が加わり、豊かな世界観を生み出している」


 翌朝、カオリは畑で小さな実りを手に取る。ハーブの香りが鼻孔をくすぐる。遠方の顧客や海外のバイヤー、研究者、地域の仲間、そしてスタッフたちが待つ未来に思いを馳せ、「よし、進もう」と心で宣言する。もう後戻りはない。この土地は、彼女と多くの存在が紡ぐ巨大な織物であり、これからも新たな糸が織り込まれる。


 こうして第3章は、約15年目を目前にした常陸太陽の庭が、さらなる成長と成熟に向けて固い決意を示す場面で幕を閉じる。国際展開や学術連携、組織化とブランド強化、気候変動への対応など多重の試練が待ち受けるが、カオリは怯まず進む。人間とAI、自然と技術、地域と世界が織りなす交響曲は深みを増し、農園はやがて新たな光彩を放つだろう。


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