2話 妙案

「波!!既読ついてるのに返信ないから心配したんだよ!?」

「ほんとだぞ!」

 朝、教室に入ると、南と米屋が早々に声をかけてきた。私はそれに対してあまり反応を示すことができなかった。

「ごめんごめん」

「波、どうした?目ぶん殴られた?」

南は私の顔を覗き込んで言った。ノンデリかい。

「いや、昨日泣きすぎて朝起きたら目めっちゃ浮腫んでた」

 昨夜、家で泣きながら漫画を見返してたらこの有様です。元から浮腫みやすいのに、さらにそれに拍車がかかった。

「まあ、元気出しなよ」

「うん」

「おーい、ホームルーム始めるぞー」

 担任の先生が教室に入ってくると、南と米屋は自分たちの席に急いで戻って行った。

「ねえねえ、何の話してたの?」

 ペンで私の肩をツンツンと押しながら、隣の席の真央ちゃんが話しかけてきた。

「最愛の人が音信不通になった話」

 真央ちゃんは漫画にそこまで詳しくないのと、『ときドリ』の話をしたことがないため、ごまかした表現で伝えた。

「え?音信不通なの?大丈夫?」

真央ちゃんは心配そうな顔を浮かべた。

「あ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。まあ色々あったけど、生きてることは生きてるから」

「そっかー。急に音信不通になるなんて。まあ事情があるならしょうがないけどさ」

「うん」

 そう。しょうがないんだけどね。

「でも、なみちゃんにも彼氏がいたんだね!」

 なんだなんだ。真央ちゃんの目がキラキラしてる。

「まあ」

「恋バナできたら今度しようね!」

「ああ、うん」

 なんとなく返事すると、真央ちゃんは話すのに満足したのか、正面を向いて、先生の話を聞き始めた。私も、聞こうと思ったものの中々頭に入ってこず、気づいたら話は終わってしまっていた。


 作者の活動休止発表から1日が経とうとしていた。絶賛、精神が不調である。授業中、ふと神崎のセリフを思い出したり、漫画を読んでたときの思い出が脳内を駆け巡ったりで、情緒不安定になることがしょっちゅうだった。そこで、元気のない私を励まそうと、放課後、南と米屋の奢りで学校の近くにあるファミレスで駄弁ることになった。

「前にもこういうことはあったの?」

 南はあちちと言いながらホットコーヒーを飲んで言った。

「いや、今回が初めて」

「初めてだから、いつ復帰するのかも予想が出来ないなー」

「そうなんだよ、ほんとどうしよう。今日もほとんど何も手につかなかったんだから」

本当に何も手につかなかった。これが暫く続いたら本当にやばい。

「時が経つのを待つしかないかもな」

「でも、いつまでも落ち込んでるわけにはいかないよねぇ」

 それぞれが暫く黙り込む時間があった。すると、季節限定の芋のスイーツ全種を貪り食っていた南が声を上げた。

「待って、私、妙案思いついちゃった」

「なに?あそれ一口ちょうだい」

 私はスイーツを一口もらおうとすると、南は皿を守りながら言った。

「妙案とは、ズバリ波が現実世界で彼氏を作ればいいんだよ」

「「なんだって!?」」

 思わず、私と米屋の声が重なった。2人して顔を見合わせたが、米屋はすぐにそらした。そして、米屋はごまかすようにわざとらしい咳払いをして、南に話の続きを求めた。南は待ってましたと言わんばかりに、流暢な説明を始めた。

「自然に忘れるなんて、長らく漫画の世界から出てこなかった波には難しいと思う。そのために、恋人をつくるの。そうすれば、恋人作りに奮闘してるから落ち込んでる暇なんてないでしょ。それに男を忘れるには次の男を探すしかないって言うじゃない」

「俺は反対だ!」

 顔を真っ赤にした米屋が急に叫んだ。客の視線が一気にこちらに集中して、気まずい。

「米屋落ち着けよ」

 南はびっくりしたように言うと、米屋は熱くなった顔を冷ますように、メロンソーダをストローで一気飲みし、ゆっくり話し始めた。

「ご、ごめん。でも俺は反対だ。第一、波はクラスの男子とほぼ喋らないじゃないか。そんな状況から彼氏を作るなんて中々ハードルが高いんじゃないか」

「別に波も神崎しか目になかっただけで、気軽に話せるでしょ。人見知りなわけじゃないし」

「そ、それはそうだけど」

 米屋は狼狽えた様子で言った。

「それに案外波のこと気になってる人もいるし」

「「ええ!?」」

 またしてもハモったな。

「ああ、恋愛的にじゃないよ?波って漫画詳しいから話してみたいって思ってる人が多いみたい。隣の席の男子が言ってた」

「なんだよ、びっくりさせんなよ」

「ほんとだよ、リアル少女漫画のヒロインになっちゃったかと思った」

 そして、南は残りのスイーツを平らげて言った。

「で、波。あんたはどう思うわけ?今のところ何の意見も言ってないけど」

「ぎくっ。バレてましたか」

「ええ。バレてますよ。どう思う?」

「うーん」

 南の意見も実は一理あると思っていた。内心、クラス内にいるカップルだけじゃない、街で見かける恋人を見て、羨ましくは思っていた。神崎に不満があったわけでは決してない。ただ、現実世界の恋愛に興味があった。自らフェードアウトしていて何を言ってるって思われるかもしれないが、このままでいいのだろうかという漠然とした不安があった。しかし、今の現状から彼氏を作るなんて相当なハードルの高さだ。

 でも、

「やってみたい、できるかは別だけど、挑戦してみるのはありだと思う」

「そうこなくっちゃ!」

「波、ほんとにそれでいいのか?」

「米屋!あんたがとやかく言う権利はないよ。波自身が決めたんだから」

 米屋は暫く黙っていた。そして、重い口を開いた。

「わかったよ、協力する」

「よく言った!そうと決まれば、まずは、彼氏にする対象年齢とか、色々決めていこう!」

 南は興奮した様子だった。しかし、それを遮ったのは米屋だった。

「あの、南、もう19時だよ?次の機会にしよう」

 米屋がファミレス内にある時計を指差し言った。もうそんな時間か。

「ほんとだ。じゃあ、2人とも明日の土曜日空いてる?よかったら、話し合わない?」

「俺は空いてるぞ。波は?」

「私も空いてる」

「じゃあ、明日米屋ん家に13時に集合しようぜ」

「ちょっと待て。何で俺ん家なんだよ!」

「いいじゃない。米屋ん家店やってるでしょ。どうせならそこでお昼ご飯食べようよ」

「いいね!」

「ほら、波もそう言ってるよ?多数決的にはこちらが有利だよ」

「わ、わかったよ」

「じゃあ決定ー!」

 これにて、私が彼氏を作るための作戦チームが誕生した。一体何が待ち受けているのやら。

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