第2話 猫が一斉に発情してるみたいだ

 千枝の父親、駒場こまば哲郎てつおは焦っていた。

 ミサイルが菱沼市上空を通過するとのことで、災害警戒本部が立ち上がり、急遽出勤しなければならなくなったからだ。

 そんなところに、警備員室から苦情の電話に折り返すように依頼があり、着替えながら対応中である。

 哲郎は保健所に勤めている。


「はあ、猫がうるさいんですね。

 一斉に発情してるみたいだ、ですか?なるほど。

 分かります、分かりますよ。それはうるさいですね。夜ですしね。

 お気持ち分かります。

 できるだけ早くご対応させていただきます。

 はい、眠れないですもんねぇ。えぇ。

 ちょっと今、ミサイルが……え?ミサイルです。菱沼市の上を通過するようなので、まずは、安全確保いただいて、ね?

 ええ。猫の件は急ぎます。できるだけ急ぎますけれども……。

 まずは安全を確保させてください、すみません。

 佐藤さまも、頑丈な建物に避難してくださいね。安全第一ですから。

 猫はなんとかしますから、はい。はい。

 承知しました。お約束いたします。

 では、失礼いたします」

「猫の苦情?Jアラート出てるのに?」


 妻の良枝が顔を顰める。


「うん……。

 近所の猫が一斉に発情してるみたいでうるさくて眠れないからなんとかしてくれって。僕も今夜は眠れそうにないんだけどねぇ」


 哲郎は苦笑していたが、それ以上何も詳しいことは言わなかった。


「じゃあ、行ってくる!戸締まり、気を付けて」

「お父さんも気をつけてね。事故起こしちゃいやよ」

「分かってる。まあ、行ってくるわ」


 哲郎が玄関を飛び出していった。

 多分帰ってくるのは明日の夕方以降になるだろうと良枝は思う。


「ミサイルだったら普通に通過してくれればいいんだけど」


 良枝は不安そうに呟いた。

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