聖夜、せめて今日は温かく

海湖水

聖夜、せめて今日は温かく

 「随分と料理が上手くなったじゃないか」


 常連のおばさんが僕に声をかけてくる。

 正直、余計なお世話だという気持ちもあるが、同時に自分の料理の腕前が認められたようで嬉しくもある。


 「この料理なら王宮の専属料理人だって夢じゃないんじゃないかい?」

 「バカ、こいつをそんなに調子に乗らせるな。修行を怠って腕が落ちたらどうする」

 「あ、師匠」

 「お前はお前でもっと料理の腕を磨かんか‼︎ほら、厨房へ行くぞ‼︎」


 僕は師匠に首根っこを掴まれて厨房へと引き摺り込まれていった。

 師匠が僕にここまで厳しくするのもわかる。長年過ごした肉親のような僕に成功して欲しいのだろう。

 聖夜に行われる王宮への料理の提出。ここで腕が認められたものは、国王専属の料理人となるチャンスが与えられる。


 「お前はスープは一人前だな。だがメインディッシュがまだまだだ、見た目が足りとらん」

 「ねえ師匠、僕は別に見た目なんて気にしないよ?町の人たちも気にしないし……」

 「王や貴族のような人々は気にされるのだ。自分の見た目と一緒なのだろう」

 「それ、誰かに聞かれたらまずいんじゃ」

 「お前以外聞いとるやつはおらん。何より自分も年だからな。別に命なんぞ惜しくないわ。さあ、メインの修行をするぞ」


 味なら自信があるのだが、見た目をどうにかする、と言う点に関しては、自分はてんでダメだった。

 もともと自分の格好にも注意を払う性格でないこともあるし、基本的にはそのようなセンスが欠如していることもあるのだろう。


 「本当に味なら自信があるんだけどな」

 「……味ではどうにもならんこともある。とりあえずゴミを店の裏に捨ててきなさい」

 

 僕はゴミを持つと店の裏側へと向かった。

 店の裏側へと行くと、1人の少女が立っていた。もうすぐ冬なのに、ぼろを纏っている彼女は僕を黙って見つめていた。

 昼に、失敗作の料理を持って裏側に来た時も、まだ少女はそこにいた。僕が捨てたゴミを漁り、そこらじゅうに散らばらせている。


 「まじかぁ。……お腹空いてる?」


 僕の問いかけに、少女は頷いた。

 僕は手に持っていた料理を少女に与えると、店の中に清掃用具を取りに行った。




 「もう本番か……」

 「包丁は持ったな?材料も持ったな?全部持ったな⁉︎」

 「うん、あるよ。そんなに心配しなくても大丈夫だって……」


 僕は調理器具をつめたリュックサックを背負うと、王宮の方へと歩き始めた。

 今日は聖夜。街中の料理人が夢を手に、料理を生み出す日だ。

 個人的には、かなり自信がある。味は言わずもがな、見た目にもこれまで気を配ってきた。


 「う〜寒い……。今日は温かいスープを作ろうか……」


 僕が震えながら歩いていると、道の端に、かつて料理を与えた少女が立っていた。

 少女は僕を見つけると、目を輝かせて駆け寄ってきた。


 「えーっと、おうきゅうのしけん、がんばって‼︎」

 「……うん、頑張るよ」


 僕はその場を立ち去った後に、あることが頭から離れなくなっていた。自分の幸せとは何なのか。王のために料理を作ることなのだろうか。


 


 「へへへ」

 「なにがへへへじゃ貴様」

 「いや、ごめんって師匠。試験受けなかったのは悪気があったわけじゃないんだよ」

 「じゃあ何だ‼︎やっと王の専属料理人に自らの息子のような弟子がなれるかと思ったのに……なぜ戻ってきたんだ」

 「……僕はさ、町の人たちに料理を作りたいんだよ。それこそ師匠みたいに。


 師匠はなにも答えなかった。

 きっと自分は親不孝、いや、師匠不幸ものだ。師匠の期待を裏切って、今ここに戻ってきた。


 「ずっと考えて気づいた。僕の料理を作る理由は、僕の料理をおいしいって言ってくれる人のためなんだよ。いろんな人に、僕の料理を食べて欲しいんだ。だから、試験は受けなかった」


 師匠はなにも言わなかった。ただ、ため息をつくと、頭をかき、厨房の中へと入っていった。

 僕は背中のリュックサックから料理に使うはずだった食材を取り出すと、厨房に入り、鍋に入れ始めた。

 師匠はそれを見てもなにも言わなかった。ただ、包丁の音が厨房に響いていた。


 「師匠、ごめん」

 「ええわい別に。来年がある。来年までにお前を説得すればいい話だ」


 こちらに振り向いた師匠の目には微かに、だが確かに喜びの感情がこもっていた。




 「ねえ、スープ飲む?」


 僕は道の少女に声をかける。

 寒そうだったから、たったそれだけの理由。だけど、それ以上の理由はいらない。

 せめて、この夜だけは、温かい気持ちで過ごして欲しいから。僕は少女の手を引いて、僕たちの店へと連れていった。

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