オークショニア:キャメル
トントン。
休憩中の会場に木槌を叩く軽快な音が響く。参加客が出入りしやすいように、薄らとだけ照らされていた会場が全体が見渡せるほどに明るく照らされる。
「休憩中の参加者の皆さまへご連絡差し上げます。本日の夜会、後半はただいまより15分後に再開いたします。後半にご紹介する商品は商品番号32番からとなっております。参加を希望する方は会場入口にて係員の認証を受け、席へ移動してください。手続は一瞬ですが、開始直前は混雑も予想されますので計画的な対応をお願いいたします」
ステージの上には先刻までオークショニアを務めたネコの姿がない。代わりに2メートルに達する長身の男がマイクを握っている。蝶ネクタイを締めた襟元からは二十センチ以上の首が伸び、白く四角い歯をむき出した見慣れぬ動物の頭が乗っている。
「会場にいらっしゃる皆さまには先んじてご挨拶をさせてください。夜会後半は、キャットに代わり、オークショニア:キャメルが進行を務めさせていただきます。
皆さまのご希望を、そして、他ではみることのできない様々な商品を私キャメルがお預かりさせていただきます。決して後悔はさせません。後半も奇蹟の品々と出会う何物にも代えがたい時間を皆さまと過ごしていきたいと思っております。
それでは、もうしばらくの間、再開までの時間をおくつろぎくださいませ」
キャットに比べるとまどろっこしい話し方をすると、キャメルは恭しく礼をして舞台袖に戻っていく。前列に座っていた客らは噂話を始めるが、それ以外の座席ではキャメルの挨拶など誰も気にしない。
キャットよりも目立つし印象に残る姿をしているのに注目を浴びない。舞台袖に消えていったキャメルの振るまいはとても不思議なものだった。
「あれはラクダのヘルメットだね。首の部分に頭が入ってるんだろうけど、あんな扱いにくいものを被る気がしれない」
会場の最後列で立ち見をしている僕と異なり、シイバは僕の前の列に座りふんぞり返っている。いつの間に手に入れてきたのか右手にはコーラ、左手には揚げた手羽先が入った紙コップを握っている。
「映画館じゃないんだからそれは似合わないと思うよ」
「そうかな。普段は此処でミニシアターやってるんだぜ。それにコーラもチキンもエントランスで配ってる食事のラインナップだ。主催者側が出している以上、ここに似合って当然だろ」
当然だろうか?
「そんなことより、リン。さっきのキャメルの話聞いていたか? 次は32番からだ」
「ええ。確か商品は」
「俺たちはあくまで見張りだから商品が何だって対応は変わらないよ。問題は番号だ。今回の出品リストは59まであるんだぜ」
「それこそ問題?」
「大問題だよ。俺たちの見張り時間がいつまで続くんだって話だよ。かといって慌ててオークションを進めれば、搬入係が粗くなる」
それは問題かもしれない。商品にはこれからも危険なものが混ざっている。
「異常を知らせる仕事が増えるかな」
「全く……君はどこまでも冷めてるな」
そんなことを言われても、商品の異常に対して僕たちが出来ることはほとんどない。
僕達は直接商品を目にしていないがこのオークションに夜会の外の常識は通用しない。このハイテクヘルメットが身を守ってくれるのかすらわからないのだ。
「搬入係みたいに無駄に怯えないのは良いことけど、畏れは棄てるべきものでもないんだぜ。大切なのは付き合い方だ」
「わかってるよ。僕らも配置に戻らないと」
いつもの通り戯けた調子だけど、シイバは僕の身を案じている。
彼は僕が出品される商品を知っている。そう確信して控室で言葉をかけたのだと思う。
でも、僕もシイバも今夜此処での役割は警備スタッフであり、控室を見張るのが仕事だ。それだけの話なら、注意すべきは商品に限られるはずだ。そして、個々の商品はさておき、出品されているモノが僕達の常識から外れて危険であることを僕は知っている。
だから必要以上に畏れはない。心構えはそれで充分だと思う。だから僕はシイバの言葉を有耶無耶な態度でごまかした。けれども、彼は初めて会ったときと変わらない。
おかげで、前半分の見張りをこなすうちに僕のほうがシイバにどう接すればよいのかわからなくなっていた。
例えば、椅子にふんぞり返る彼を注意すべきかどうか……いや、会ったときからここは変わらないし、先程の話で変化する部分ではないかもしれない。
「リン。配置に戻るんだろ。行こうぜ」
まずは仕事だ。少し考えに耽っているうちに席を立ち出口に向かっているシイバを追いかけ、僕達は控室に戻った。
もっとも戻る途中で少々ごたついて、僕達が控室に戻った頃には開始5分前を切っていた。既に搬入係は動き始めている。
僕とシイバは出入口の横に立ち、取り急ぎ休憩前との部屋の変化を確認した。見張り台に戻るのは報告事項がないと判断してからで遅くない。
後半出品用に並べられたショーケースの前を髭を撫でながら歩くオークショニアのキャットの姿が目に入る。
キャットも急ぎ入ってきた割に手ぶらのスタッフ二人を見つけたらしい。キャットはこちらを向いて数秒立ち止まると、一気に近づいてくる。その勢いはまるで本物の猫だ。シイバがピリッと姿勢を正すのに倣い僕も背筋を伸ばした。
「おや、見かけない顔……05番精算のときのゴタゴタで代打に入ったのが君たちか」
キャットは僕達の前に立ち、ほんの少しだけ首を傾げると、見事僕たちが何者なのかを言い当てた。
「スタッフのこと覚えているんですか?」
「もちろんだとも。接客スタッフから警備スタッフまで、運営側の顔や役割は一通り此処に入っているつもりだよ」
キャットは左耳の横、人間ならこめかみにあたる部分を、黒革のグローブに包まれた左手で軽く叩いてみせた。動きに合わせて軽くウインクをしたので、僕は思わず一歩後ろに下がった。
「新鮮な反応だね。見慣れると誰も驚いてすらくれない」
シイバは何気なく僕の背中に手を回していてくれている。大仰に逃げずにすんだ僕は、照れ隠しのように首を傾げてみせる。
僕らのヘルメットは笑わない。それを知っていて観るキャットの表情は怖い。今、声を出したら震えているに違いない。そして、眼前の人物に声が震える状況だと知られるのが怖い。
「僕らオークショニアはこの夜会を仕切る現地責任者だ。スタッフの顔くらい覚えていないと仕事にならないのさ。君たち二人が警備スタッフの経験を活かして見張りを済ませてくれることを祈っているよ」
キャットは、僕らに対して肩をすくめて猫背を作ると、僕らの周りをくるりと一回りし、改めてにこりと笑ってみせた。
キャメルとキャット。彼らは僕らとは違う立場にいる。僕ら以上に金のかかった装備を渡されてオークションを進行する。彼らの視線は僕らの考えなど当に見透かしているようで、気味が悪い。
キャットが部屋を出ていくまで気を確かに保てていたのは、妙に格式張った挨拶をするシイバのおかげだ。キャットの出ていった控室で、僕はシイバに礼をいった。
お互い様だろ。そう返すシイバは、やっぱり初めに会ったときと変わらなかった。
「前半の部、盛り上がりましたねぇ」
開催時間を告げ袖に戻ったキャメルは、舞台袖で水を飲むキャットに声をかけた。キャットはスーツの襟元を正しながらキャメルに向き直り、にっこりと微笑む。いつだってこの同僚の笑顔は観る者を不快にさせる。観客がこの顔を喜んでいると聴いたときにはなんと趣味の悪いことだろうと思ったものだ。
もっとも、趣味が悪い者でなければこんな催しに顔を出すことはない。その意味では上客達の証だとキャメルは判断した。
「予想以上の売上で、出品者の皆さまも喜んでくれていますよ。惜しむらくはキャメルの仕事が少々増えてしまったことですね」
「構いません。今のところ、この調子なら予定通りに夜会は終わるでしょう。撤収の準備はあなたに任せますからね」
参加者たちにとっての夜会はオークションが終わり、会場を後にするまでだが、キャメルたち主催者にとっては会場の撤収までが夜会である。
気配ひとつも遺さず片づける。努力の積み重ねで、この夜会は続いてきたのだ。
「では、私は後半を盛り上げて参りましょう。求める方に商品を届けるのも私たちの埋設な役割ですからね」
キャメルは大きく伸びをしたのち、服を正すと講堂へ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます