第1話 天気雨の行方
「ありがとうございました!!」
今日も、試合が終わった。
バスケ部の一年生大会。お隣の中学校との連合チームで、区外の中学校に圧勝した。
「
「もちろん!」
この子は、バスケ部の同じ一年生でクラスメートの、
幼稚園の頃からミニバスをやっていた悠花は、私とは比べ物にならないくらいバスケが得意だ。
私はというと、小学四年生から始めた少々新参者。悠花にはまだまだほど遠いのである。
悠花とは家が近い。ちょうど小学四年生に私のいた小学校へ転校してきて、悠花の影響でバスケを始めた。
「今日の試合さ、確か79-12だったでしょ? もうちょっと点数抑え込めないかな」
悠花はどこまでも高みを目指す。どれだけ圧勝しても改善点を叩き出すし、完敗したら誰よりも情熱的にその試合を語る。
私も悠花のようになりたい。憧れの的だ。
「うーん、ドリブルで抜かれたことはなかったけど、スリーポイントが万全で投げると全部決まるんだよね。もうちょっとマークマンについて行った方がいいのかな?」
マークマンっていうのは、相手のチームの中で『この人につく!』と決めた相手のこと。たまにマークマンから離れることもあるけれど、大体はその人にお世話になる。
「確かに。前回の試合も含めて、マークマンにべったりつくのと、スリーポイントを極める、ってとこかな」
来週は予選決勝だ。そのために万全に備えておかなければいけない。
「予選決勝、確か松野中だよね? さっき言ったこと全部できれば余裕っしょ!」
「そうだね」
元気づけてくれる悠花が、頼もしく見えた。
公園の大きな杉の木の木漏れ日が、私たちを照らした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少ししたところで悠花と別れ、残りの家までの道を歩く。
公園の木を眺めていた、その時。
ザー……
ありえないほど静かに、雨が降り始めた。傘なんて持っていない。
空は晴れている。
——天気雨だ。
何度もテレビで見たことはあったけれど、こうして降られるのは初めてだ。
日光を浴びて暖かいのに、雨が私の身体の表面を冷やしていく。
そして、最後の最後、とても激しい雨が降り、ぎゅっと目を
痛いほど打ちつける雨粒と音が過ぎ去り、目を開けた時。
——え。
目の前が、知らない光景だった。
後ろの公園はそのままだ。でも、木造住宅が並んでいたこの住宅街は、コンクリート製の家が断然、多くなっている。
電柱はガラスでできていて、中の線が透けて見える。頭上を、ドローンが飛んでいた。
——ここ、どこ?
急いでスマホを取り出す。
取り出して……目を疑った。
私が使っていたスマホより少々大きくなった画面。充電コードを指す場所の両隣の穴は、スピーカーのためか大きくなっている。
なに、このスマホ。
とりあえず電源をつける。電源ボタンはいつも通り、横についていた。
12月5日、15時42分。さっきと時刻も合っている。
ロック画面を開こうとして、できなかった。
顔認証ではない。画面の下に横線がひかれてスワイプできるわけでもない。
年数を見ることができない。少なくとも、ここは今じゃない。
それだけは、肌で、耳で、目で感じていた。
やりようがなくて体中のポケットを触る。服装も、学校指定のジャージではない。私服だった。
すると、スカートのポケットに紙切れがあることに気づいた。折りたたまれて分厚くなっている。
そっと、開いた。たった一枚の便箋だ。
『こんにちは。
突然ごめんね。私は19歳のあなた、
きっと急に未来に来て混乱していると思います。ここは6年後の世界です。未来に来ていることは(つまり過去から来たこと)誰にも言わないように。
まず、スマホを見たいよね。昔とは違って、ロック画面の開け方はささやき声で「
未来? ほんとに? ここ、6年後の世界?
混乱している中で、どこか冷静な自分がいた。
どうせそうなんだろうなとは思っていたけれど、こうも未来の自分からの手紙を読むと、生々しい感じがして恐怖心が湧く。
とりあえず、言われたとおりにスマホに話しかける。
囁き声で、
「ASTA」
すると、ロック画面のプリズムが集まり、
これでいいのかな?
『できたかな。そのスマホの中のメモ帳に、自分のこととか人間関係のことが書かれています。パスワードはスマホと同じ。難しいと思うけど、頑張って。』
スマホの中のメモ帳を開く。一番上に出てきたのは、『自分とその人間関係、その他』という題のメモだ。唯一パスワードがかけられているし、きっとこれのことだろう。
『最後に、あなたをここへ飛ばした理由について話します。
きっと、そこで過ごしていけば分かると思う。その世界には一人の男の子がいます。私はその人をとても大切にしていました。お恥ずかしながら、彼氏です。
その人は、ある日突然、津波で死んでしまいました。
私は過去に戻ることができない。だから、未来に飛べたあなたに彼の明日を託します。どうか、どうか、守ってください。お願いします。』
手紙は、それで終わった。
……男の子って誰? 頭上に留まっているドローンは何? 本当にあなたは6年後の私? そもそもここは本当に6年後の世界なの?
疑問はたくさんあったけど、べつにいいかなって、そう思った。
結局はさ、成り行きに身を任せればいいだけじゃん。私、生きてるだけで良くない?
そう思ったら、気が楽に思えてきた。
よしっ。とりあえず、津波に遭わせなければいいんでしょ? いいじゃん。
よしっ。気合い入れて頑張ろう!!
——これが、波乱の毎日の始まりだった……。
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