大陸両岸大戦記
OSOBA
プロローグ
1891年3月19日、華原地方。
「ゆけぇ!!ゆけぇ!!」
鉄条網と、泥濘。そして、鉄筋コンクリートのトーチカから発せられる大小の弾薬の前に彼ら第23陳湾(チンワン)歩兵連隊はすっかり封じ込められてしまっていた。彼らはみすぼらしい塹壕の中に籠って、上官である李(リ)越(エツ)大尉の命令に煙草を吹かせるだけだ。この、李越大尉というのは今年の四月に士官学校に入学したばっかりの若輩者である。彼が今次大戦に参加していることが表す様に、下士官の人材すら同国軍は不足していた。
「李大尉」
とある男が李越の名を呼び、煙草を口から地面に捨てた。男は李越に向かって数歩前へ進み出る。
「我軍の火力は、敵軍の物に対して著しく劣ります。大尉は『事前砲撃無しの奇襲は敵を狼狽させ、前進することができる』とおっしゃられましたが、この砲声の中でそれを信じておられるのですか」
それは質問というよりは詰問であったと言う方が正確であった。現に李越は彼に言い返す言葉を失ってしまっている。
「ここに居る全員が、我が国の持ちうるどの能力をもってしても敵にかなわぬことを我々は知っています。事実、機関砲という新兵器の前に档安(トウアン)大隊は全滅し、我が軍よりも口径の大きい砲が常に我々に照準を合わせ、我々より潤沢な砲弾を持ってこれを殲滅しています」
そこまで言い終えたところで、けたたましい炸裂音が各人の耳を襲い、次いで泥が顔や体に高速で飛んでくる。水を掛けられたように、体は泥だらけになってしまい、せっかく旗手がもっていた旗もどのものか、判別がつかない。
李大尉はその蒼白になった唇をようやく動かした。
「貴官の言う様に祖国は諸君と私に、訣別を命じているのさ……!」
泥を被った旗が、不意に吹いた突風によって大きく靡いた。
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