第13話 竜を殺した魔王と封じられた記憶

昔、両親が言っていた。

魔王は危ないから絶対に近づいてはいけないよ、と。

今、私は思い出した。

両親を殺した魔者は、魔王だった。

紫色のきれいなサラサラの髪の毛、深紅の絶望をやどした瞳。

今でもはっきりと思い出せるその姿は、今、目の前にいる魔王と全く同じ見た目だった。違うのは、魔力量くらいだ。

あの時、両親を殺した魔王はすさまじい魔力量を持っていた。その場から一歩たりとも動けなくなるほどの魔力量と存在感。今思い出すだけでも、恐怖で足がすくみそうになる。

でも、今、目の前にいるのは、たいして魔力量のない魔王。

あれだけ膨大な魔力量をどうやって消したのだろうか。

いや、それは今は関係ない。

今は、今は、この魔王を殺さなければ。

私のように、理不尽に両親を奪われる子がもういなくなるように。

私が、魔王を殺すんだ。

それにしても、両親が魔王に近づいてはいけない、といった理由を忘れてしまった。なんだったっけ?

まあ、いいか。

今、大切なのは目の前にいる家族のかたきを打つこと。

私はそう思い、魔王に向けて火を吐いた。

その場に生えている桜の木が全て、燃える。

魔王は燃えただろうか。

そう思い、燃やすのをやめてみると、全く燃えていなかった。

一切燃えていなかった。

いや、よく見ると、傷口だけが燃やされて、血が止まっている。

それ以外の所はどうして、燃えていないのだろうか。

バリアでも展開したのだろうか?

でもそんな魔力、魔王には残っているのか?

先ほどの戦闘でかなり魔力を消費させたはずだ。

「ごめんね、カリス。私はあなたに大人しく殺されることはできない。だってまだ復讐をしていないから。だからね、その代わりに全力で貴方を殺しに行ってあげる。」

魔王はそう言ってほほ笑み、私に向かって錫杖のようなものを向けて、軽く振った。

痛い。

即座に、大きな傷跡が私の胸から腹にかけての部分に現れ、大量に血が流れる。

まずい。このままでは、失血死してしまう。

そう思うが、血が一切止まらない。

人間に戻れば止血できるかもしれないが、人間になると足元には炎しかない。

かといって、人間に戻って空へ浮くほどの魔力も残っていない。

どうすればいいのだろうか。

そんなことを考えていると、魔王はちょこまかとわたしのまわりをうろつき始めた。

よくみると、魔王の足の先から細かい氷のようなものが出ている。

一体何をする気なのだろうか。

とりあえず魔王めがけて炎を吐いてみる。

もちろん魔王は燃えない。

なんだか、魔王の思い通りに動いている気がする。

でも、私に炎を吐かせることで果たせる魔王の目的はなんだ?

そう思いつつ、炎を吐いていると、

「お馬鹿さん。さようなら。」

そう言って、魔王は、

星紫桜華スター・アメジスト・ブロッサム

と、呟いた。

その瞬間、氷でできた魔法陣が浮かび上がる。

なるほど。

私の意識をひきつけつつ、魔王は小さな氷で魔法陣を書いていたのか。

その瞬間、魔法陣から大量の氷が現れ、私の体を貫く。

ああ、やっぱり勝てなかったか。

もうちょっと、魔法を覚えておけば勝てたんだろうか。

いや、もういい。

きっと、生まれたその瞬間から違ったんだ。

生まれた時から、才能のある人間とそうでない人間との間にはいつでも『差』の壁がある。才能のある者とそうでない者は、同じ量の努力をしても得ることができる実力はいつだって才能のある者のほうが多い。だから、いつまで努力してもきっと魔王に私は、追いつけなかったのだろう。

きっと、何度勝負したって私は負けていた。

もう、いいんだ。

疲れちゃったな。

私は、人間の姿に戻り、体が炎へと落ちていく。

しかし、途中で誰かが受け止めた。

ふっ、と目を開けると、魔王だった。

「何か、言い残すことはあるか?」

どうやら、最後に一言だけ言わせてくれるらしい。

優しい魔王サマだ。

うーん、何を言うべきだろうか。

あまり頭が回らない。

そうだ、言うとしたら、

「あなたは昔、私の両親を殺した。私は別にあなたを恨んでいるわけではない。あなたを殺したかったのは、私のほかに家族を殺されるものが出ないようにしたかっただけだ。」

私はそう言って、魔王にほほえんだ。

「そうか。優しいことだ。」

そう言って、魔王は私を離した。

炎へと体がゆっくりと落ちていく。

本当は速いのかもしれないけど。

殺してくれて、ありがとう。魔王。

両親が死んでから、私にはずっと、自分と同じ思いをするものを少しでも減らさなければならない、という義務感が常について回った。

親に守ってもらった命なのだから、そうしなければならないのだ、ということをずっと思っていた。

でも、もう私は死ぬから、その義務は果たさなくてもいい。

もう、いいんだ。

肩の荷が一気に取れた気がした。

私は燃える直前、走馬灯のように、どうして魔王に近づいてはいけないのかを思い出した。それは、母親が竜だったからだ。そして、父親は竜族だった。

竜と竜族。何が違うのか。

それは、竜は純血の竜のことを言い、竜族は人間と竜のハーフの者たちのことを言うのだ。魔王は、魔族に次いで力を持っている竜族や竜を疎ましく思っていた。

だから、魔王は竜や竜族である私の両親を殺したのだろう。

思い出したんだ。

でも、どうして魔王は私を殺さなかったのだろうか。

その時私は幼子だったから、魔王なりの慈悲のつもりだったのだろうか。

本当のことはわからないけど、もういいや。

その時、見た魔王の両親を殺した技がすごく綺麗だったのだけは覚えている。

その時に持っていた錫杖も。

確か、

白虞美人草しろひなげし

って、唱えてその技を出していたっけ。

両親が死んでからもう300年以上、経っているんだなあ。

さようなら、世界。

「白ヒナゲシ_。魔王、また会おうね。」

私はそう言った。

竜は不滅だ。

私がもしも人の血より竜の血を多く継いでいれば、再び私は‘目覚める’だろう。

私は眠りについた。

長い、永い眠りに。再び魔王に相まみえるときは、味方であることを祈って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る