第4話反則級

「この公園、昔からよく遊んでいたわよね。懐かしい」


 華の誘いをそのまま受けることにした俺は、華と一緒に自宅近くに公園に立ち寄った。この場所なら何かあったらすぐに家に帰れるだろうし、多少遅くなっても問題ないはずだ。


「小学生の頃は毎日のように来ていたもんな」


「亮太が無理やり外に連れ出したんでしょ? 私は家で遊びたかったのに」


「毎日家で遊んでいたら体が鈍るだろ? 少しでも外で体を動かさないとダメだって思っていたんだよ」


「今とは大違いね」


「うるせえ」


 二人で公園にあるブランコに腰掛ける。幸いこの時間この辺は人通りが少なく、静かで話をするにはもってこいだ。


「こういう時間に二人で公園にいるって何か新鮮だな」


「しかも亮太と一緒というのが少し新鮮かな」


「それも恋人同士になって、な」


 昨日までの自分は果たして想像できただろうか。華が恋人になって、今こうして同じ時間を過ごすことになることを。


「昼間、私にそういう関係になってほしいって言われたとき、偽物とかそういうの抜きにして亮太はどう思った? やっぱり嫌だった?」


「さっきも言ったと思うけど、別に嫌とか思ったりはしなかったよ。華とそういう関係になるのも悪くないと思ったし、何よりそんなことは二度とないと思っていたから」


「それは......あの事があるから?」


 俺はその質問には答えずに、ブランコを漕ぎ始める。


「前からずっと言っているけれど、亮太は何も悪くないのよ? お父さんだって過剰に反応しすぎだし、何より私はもう立ち直れている。だから亮太だけが気を負う必要なんて」


「それでも俺は自分が許せないからいいんだよ。むしろ華の方が俺のことで気を遣う必要ないし、今はストーカーの方の問題を解決しないと駄目だろ?」


「それはそうかもしれない、けど」


「それにさっき華が言ったように今は過去のことは気にせずに華に協力する。今はそれでいい」


「亮太......」


 沈黙だけが俺たちの間に流れる。このままだと折角の時間が勿体なくなってしまうので、俺は別の話を華に振ることにする。


「それより聞きたいんだけど、明日から学校でも付き合っているフリをするんだよな?」


「え、そ、そうだけど何か問題があるの?」


「むしろ問題がない方がおかしいと俺は思うが」


 今日は休みだったので誰かと遭遇することもなかったし、形としてデートをしただけだ。けど明日からは俺達は恋人同士として学校に通うことになる。しかもそれを隠さずに、公にしなければならないのだから問題だらけだ。


「華って学校じゃ別の意味で有名人だろ? いきなり彼氏ができたなんてなったら大騒ぎになるんじゃないのか?」


「私はそれが狙いでもあるからいいんだけど、もしかして亮太自身の心配をしているの?」


「それはな。だってお前今まで多くの男を振ってきたんだろ? なのにいきなり彼氏ができたなんてなったら、その彼氏の俺に矛先が向けられる。何をされるか分からないだろ?」


 偽装作戦において真っ先に思い浮かべたリスクはこれだった。勿論俺だけの問題として考えているのではなく、華にだってもしかしたら何らかの危害が及ぶかもしれない。


 あの氷華に彼氏ができるというのはそれほどに大きな出来事なのだ。


「でもきっと大丈夫よ。何かあったら亮太が守ってくれる」


「随分と他人任せだな」


「だって今までもそうしてきてくれたでしょ? だから私は亮太を信じてる」


 華から向けられる全面的な信頼に、俺の胸が少し痛む。さっきの話に戻るつもりはないが、彼女が信頼してくれた結果生まれた事件が、中学生の時の一件だということを俺は決して忘れていない。


「とりあえず第一の修羅場は間違いなく明日の学校だな。覚悟はしておかないと」


「そうね」


 その後も俺と華は静かな公園で他愛のない話を続け、気が付けば時間も十一時前。


 流石にこれ以上は明日の学校にも影響しそうなので今日はお開きすることになった。


「じゃあ明日、通学も一緒に行くってことでいいんだよな?」


「うん。私が朝迎えに行くから待っていて」


「迎えに行くと言っても隣の家なんだけどな」


 華の家の前まで彼女を送っていった俺は、玄関の前で明日の最終確認をして自分の家に向かって歩き出す。


「あ、亮太。ちょっと待って」


「何だよまだ何か用事が」


 その途中で華が呼び止めてきたので振り返ると、何故か華の顔がすぐに近くにあった。


「え?」


 それに驚く間もなく、彼女の唇が俺の頬に優しい音を立てて押し当てられた。


「今日はありがとう。これはそのお礼。じゃあおやすみなさい」


 あまりに一瞬の出来事に固まっている俺を放置して、彼女は家になかに入って行ってしまう。それから一分くらいボーっとしていた俺はようやく正気に戻ると、自分の家に急いで駆け込んで一言叫んだ。


「今のは反則だろぉ!」


 心の叫びではなく言葉になって出てきた言葉は、誰もいない我が家にむなしく響き渡るのだった。


 ◇

『......だろぉ!』


 家の玄関でボーっとしていた私は、隣の家(亮太の家)から何かの叫び声でようやく我に返った。


(わ、私は何をして)


 自分がたった今亮太にした行為を思い出して体温が急速に上がっていくのを感じる。どうして私はあんな行動をとってしまったのか、私自身分からない。でも自分がしたことを後悔はしていなかった。


(本物の恋人同士ではないのに、どうしてこんな)


「おかえりなさい華。ずいぶん遅かったわね」


 自分の気持ちと行動に混乱していると、お母さんが二階から降りてきて私を出迎えてくれる。


「た、ただいまお母さん」


「あら、どうしたの? そんなに顔を真っ赤にして」


「こ、これはその、ちょっと色々あって」


「亮太君と何かあったの?」


「りょ、りょ、亮太がどうしてここで出てくるの?」


 電話では遅くなるとだけ伝えていたのに、亮太の名前が出てきて私は変に動揺してしまう。


「だって今日も亮太君の家に遊びに行っていたじゃない。だから亮太君と何かあったんでしょ?」


「そ、それは、えっと」


 私は何とか自分の気持ちを落ち着けようと深呼吸しながら靴を脱ぎ玄関を上がり、そのままリビングがある二階へとお母さんと一緒に向かう。


(まずはお母さんにだけは最初に伝えないと。亮太との事)


「あ、あのね、お母さんに話があるの」


 そしてリビングに入ったところでお父さんの姿がないことも確認して、意を決して口を開いた。


「話? 何かしら」


「私、亮太とお付き合いすることになったの」







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