勇者、大きな困難に直面する
異世界に来て初めての食事をなんとか終えたわたしは、早くも精神的に疲れ果てていました。良心と根性を総動員して「不味い」と言うことはどうにか我慢したものの、今から次の食事が憂鬱です。
食事を終えたわたしは用意された客間で休むように王様に言われ、案内役の侍女さんに連れられて客間までやってきました。なんとなくホテルの一室みたいな部屋を想像していたのですが、やたらと広いその部屋はわたしの実家が余裕で収まるほどの面積がありました。一般庶民としてはかえって気疲れしそうです。
でも童話のお姫様が眠るような天蓋つきのベッドには、乙女として正直ちょっとときめきました。
まあ、そこまでは良かったのです。
まさか、この先に恐るべき落とし穴が待ち受けているとは……。
部屋を一通り確認したわたしは、寝る前にお手洗いに行こうと思い侍女さんに案内を頼みました。ちなみにこの侍女さんはわたし専属のお世話係なのだとか。
なんでもご命令下さいと言われてしまいましたが、ずっと年上の大人の人に命令するというのは想像しただけで申し訳ない気分になりそうなので、自分でできることはなるべく自分でしようとは思いますが。
少し歩いた先に小部屋がありました。
どうやらここがお手洗いだそうです。小部屋といってもお手洗いにしては異常なほど広く、五メートル四方ほどの面積がありますが。
しかし、広さは問題ではありません。
いえ正確には、わたしが直面しているより大きな問題に比べたら、たかがトイレが広すぎるくらいは些細なことに感じられます。
ソレは部屋の中央にポツンと置かれていました。熟練の職人の手によるものであろう繊細な花柄の模様が描かれ、見る者の目を楽しませてくれます。
ソレとはすなわち「おまる」なわけですが。
確かに中世風のファンタジー世界に水洗トイレなんてある筈もないので、当然といえば当然でしょう。正直、和式ですら結構抵抗を感じるのによりにもよって「おまる」とは……。
よく見ると、そのすぐ横に手頃な大きさに切られた清潔な布の入った箱が置かれています。事が済んだらコレをトイレットペーパーのように使って拭けということなのでしょう(後日知ったところによると、布を使うのは王族や貴族だけで、庶民は乾いたワラ束で拭いているそうです)。
気が進まないこと甚だしくはありますが、他に選択肢はありません。
勇者の尊厳と評判を守るためにも、わたしは覚悟を決めました。
が、真の難関はこの先に待ち受けていたのです。
なんとか覚悟を決めて用を足そうと決心したわけですが、ここで一つ問題がありました。先程、わたしをここに案内してくれた侍女さんが、部屋から出て行っていないのです。いくら同性とはいえ人に見られながら”する”のはちょっと、いえかなり抵抗があります。
もしかして彼女も用を足したいのでしょうか?
それなら順番を先に譲ってあげたほうがいいかも、なんてこの時の私は呑気にも考えていたのです。この後、彼女があんな恐ろしいことを言うなどとは夢にも思わずに。
侍女さんは言いました。
わたしが用を足した後に綺麗に拭くのが自分の仕事だと。
……はい?
拭く?
何を?
言葉を濁して結論から言いますと、彼女はブツを射出したあとの発射口のメンテナンスをするつもりだったのです。王族や貴族の中でも位の高い人たちは、髪を切ったり身体を洗ったりするのと同じような感覚で、使用人にそういうことをしてもらうのだそうで。
へー、なるほどー。
こっちにはそういう文化があるんですねー。
じゃあ、物は試しで一丁お願いしますよー。
……って、できるわけないじゃないですか!?
この世界の文化にケチをつけるつもりはないけれども、わたしにはそんな恥辱に耐えられる鋼鉄のメンタルは備わっていません。謹んでお断りの言葉を述べました。
しかし、侍女さんはどうやらその言葉からわたしが遠慮をしている、と受け取ったようです。遠慮などせず任せてくださいと、力強く言われてしまいました。
その姿からは汚れ仕事を厭う気持ちなど微塵も感じられず、最高のサービスで客人をもてなすプロとしての誇りすら感じられました。わたしが当事者でなかったら素直に賞賛の念を送っていたことでしょう。
この人、プロ意識が高すぎます。
しかし、こちらにも年頃の女子としてどうしても譲れない一線があるのです。
結局、わたしが半泣きで誠心誠意言葉を尽くして説得することで、どうにか彼女に退室してもらいました。もし出て行ってくれなかったら、半泣きが本気泣きに変わっていたことでしょう。
数日後、わたしは勇者の権力で一流の職人と魔術師を集めてもらい、予算を惜しまず使うことで水洗トイレ型の魔法道具(ウォシュレット付き)の開発に成功しました。
国民の皆さんの血税を私的なことに使うのは非常に心苦しいのですが、どうしても我慢ができなかったのです。
……わたし、異世界まで来ていったい何をしているんでしょう。
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