第8話


「義人さん、大丈夫ですか?」


「な、なんとかね……」


 昼休みにお弁当袋を手に下げて教室にやって来た静さんが、机に突っ伏してぐったりしている僕を目の当たりにして目を丸くする。

 心配する彼女の言葉に僕はなんとか返事をするが、実際は疲労困憊だ。


「一体何が……?」


「部活動の勧誘ですよ」


「部活の?」


「皆で里崎君を囲んでこう、ばーっとしててすごかったんですっ」


「はあ……?」


 郡山君の端的な、そして与坂さんのまったく要領を得ないに説明に困惑を深める静さん。

 僕は朝の熱烈な部活動勧誘をHRの予鈴によってなんとか回避していた。

 舌打ちしながら去って行くクラスメイトたちに一度は安堵したものの、その後の休み時間にも皆が勧誘に押しかけて来たので僕は休み時間毎に学園内を逃げ回る羽目になったのである。

 この昼休みも静さんが授業にちゃんと出ていたのかと勘繰るくらいの速さで教室に来てくれなかったらどうなっていたことか。

 熱心に仲間に誘ってくれるというのは本来ありがたい話であるはずなのだが、彼らの目的が僕ではないと分かってしまっているとまったく嬉しくなかった。

 自分が静さんを誘うためのでしかないのだと思うと勧誘される当事者であるはずなのに疎外感すら感じる。


「今年は外部入学組が少ないからどの部活も人材確保に必死なんでしょう。少々強引なやつらもいて困ったもんですよ。なあ?」


 郡山君はそう言って肩を竦めると、瀬田君と鳴海さんに向かって同意を求めた。


「そ、そうだよなあ。まったくけしからんやつらだぜ」


「まったく、れいぎをわきまえるべきよね」


 顔を引き攣らせつつなんとか返事をするふたりに、郡山君は愉悦の笑みを浮かべている。

 初対面のに比べたら大分悪い印象も和らいでいる郡山君だけれど、こういう姿を見るとやっぱりちょっとなあと思わなくもない。


「あれっ?一番強引だったのはこのふたもがもが」


 不用意な一言を瀬田君と鳴海さんに阻止されているのを見て不思議そうな静さんに、僕は席を立ちながら声をかける。


「それより早く行こう。ゆっくりしてたらお昼休みが終わっちゃうし」


「そうですね。それでは行きましょうか」


「あっ……」


 おそらく静さんが一緒なら問題ないとは思うが、勧誘攻勢に疲れていた僕はすみやかに教室を離れたかった。

 そんな僕に静さんは否もなく着いてこようとする。

 そんな僕たち……いや、静さんが教室を出ようとした時、思わずといった風に鳴海さんが声を上げる。

 振り返ると何か言葉を探すように口をもごもごと動かす鳴海さんの姿。その後ろでは瀬戸君も何か言いたげな様子でこちらを見ていた。

 静さんはそんなふたりに微笑みを浮かべつつも、丁寧にお辞儀をして教室を出て行った。

 そんな静さんにふたりは一瞬傷ついた様子を見せた後僕のことを鬼の形相で睨んできたので、僕は慌てて教室を出た。

 ふたりの向こうに見えた郡山君が愉快そうだったのが実に忌々しい。

 すぐに静さんの横に並んで歩き出した僕に、静さんがにこやかに話しかけてくる。


「せっかくですから中庭で食べましょうか。造園業者が管理しているのですが中々の見応えがありますよ」


「あ〜うん。それも興味はあるけれど、今日は人の少なそうなところでゆっくりしたいな」


 中庭なんて目立つところで学園一目立つと評判の静さんとお弁当をつつく度胸は僕にはないし。


「まあ!」


 そんな僕の希望に何故か静さんは目を見開いて思わずといった風に声を上げる。


「どうしたの?」


「いえ、義人さんからそのようなご提案をしていただけるとはつゆとも思わず。承知いたしました。あまりこういうやり方はよろしくないのですが、生徒会の権限で保健室の鍵を借りてまいりますっ」


「なんで保健室?」


 やたら鼻息の荒い静さんに、僕は思わずツッコミを入れる。


「人が少ないところって提案しといてなんだけど、保健室でお昼ご飯は流石にどうかと思うよ?」


 せっかくのお弁当の臭いに薬品の臭いが混ざりそうだしそもそも利用する人に迷惑だしで、とてもお昼ご飯には適さない場所だと思うのだけれど……。


「あ、ああそうですね。申し訳ございません、段取りを急ぎすぎました。先ずは腹ごしらえからですよね!」


 先ずはもなにも、それ以外の予定はないのだけれど……。


「それでは……やはり中庭に向かいましょう」


「ええ?」


 そんなところどう考えても人気が多いのが目に見えていると思うのだが、静さんは困惑する僕を気にすることなく歩き始める。

 迷っていてもしょうがないので僕は静さんを信じて後を追うことにした。

 静さんに従って歩いていると、予想通りというかなんというか案の定廊下を歩く生徒たちの衆目を集めてしまい気まずさを感じる。

 中にはこちらを苦々しげに見ている生徒もいるが、しかし先ほどまでの熱烈な勧誘に比べれば遠巻きにこちらを見ているだけの彼らは無害だ。

 今朝までの僕であれば彼らの視線に辟易としていただろうに、半日で気の持ちようがここまで変わるとは。

 ……まあ、それだけ青嵐生徒の勧誘が激しかったことの証左なのだろうけれども。

 そんなことを僕がつらつらと考えている間に、静さんは教室棟を抜けて中庭に面したテラスに出た。校舎に沿って作られたテラスにはパラソル付きのテーブルがいくつも設置されていて、生徒達が思い思いに過ごしている。

 中には学園の制服を身に纏いつつも折り目正しく給仕をしているような人がちらほらと見受けられるのだが、あれも静さんのようなどこかの家の従者さんなのだろうか。

 ……ああいや、静さんは自称なのだけれども。

 とにかく、そこはまるでお洒落なカフェのような様相だった。公立中学出身の僕からしたらこんな場所があるのが信じられないが、お金のある私学ならではということだろう。

 静さんは生徒達とすれ違い様に軽く言葉を交わしながらテラスを歩いてく。静さんと話す生徒達の表情は皆明るく友好的で、こういうところを見ると静さんがいかに学園内で人望があるのか理解できるというものだ。

 翻って、静さんの後ろを歩く僕に向けられる視線は非友好的だったりろくでもなさそうな興味の視線だったりとまともなものではなく、人というのは相手によって態度が変わるのだということをまざまざと実感させられる。

 そんな状況の中テラスの真ん中の辺りまで進むとテラスから中庭の中心に伸びる屋根付きの歩廊が設置されていて、中庭の中央に鎮座する建物まで続いていた。

 静さんはそのまま歩廊を通り、その先にある二階建ての建物に向かっていく。

 八角形のその建物の存在は学校見学で訪れたときから気付いていた。当時その建物が気になった僕は帰ってから静さんに教えてもらったのだけれど、確かあれは……。

 建物に辿り着くと、静さんは懐からやたら古めかしい真鍮色のウォード錠を取り出した。


「今時そんな鍵を使ってて大丈夫なの?」


 思わず僕がそんなことを口にすると、静さんはあっさりと答えた。


「大丈夫ですよ。この鍵は見た目とは違って電子キーになっておりますので」


「あ、そう……」


 なんでわざわざそんな造りにしたんだよと言いたかったが、学校の真ん中にこんなモダンな建物を建てる学園なので今さらといえば今さらであった。

 静さんは両開きの扉の前に立つと鍵を扉の鍵穴に差し込んで捻った。ピーという電子音と共に扉のロックが外れる音がする。

 ……別にどうでも良いことであるが、ここまで凝った造りにしたのならば細部までしっかりと造り込んで欲しいと思わずにはいられない。


「義人さん、どうぞ」


 静さんは扉を押し開くと僕を中に招き入れる。

 逆らわずに建屋に入ると、大正モダンなインテリアで彩られた部屋が僕を出迎えた。

 学校の施設とは思えない凝った室内の造形に驚く僕に、静さんがいたずらに成功した子供のような笑みを浮かべて言った。


「ようこそ。青嵐学園高等部の生徒会館へ」

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